第37話 2日目
「さあ! 予選2日目今日もがんばろー!」
「おおー」
「おお~!」
「おおー?」
トモさんの掛け声に2人が続く中で、俺もそれに乗ったほうがいいのか迷いなんかそれっぽい感じで流すことにした。よくよく考えれば五つ以上も離れた少女たちとテンションが合うはずがない。
今は午前10時。試合開始の2時間前に集合をした。
俺は昨日解散したあともう一度試合のアーカイブを全て見直してから寝たため、起きたのはつい先ほどであった。遅刻するかと思い飛び起きて慌てて顔を洗いパソコンの前に来た。
「3人とも昨日はよく眠れた?」
「テンション上がりすぎて眠れないかと思っていたけど、ベット入ったらすぐに眠れたよ。ただ夢の中でもずっとゲームしてた」
「自分もそんな感じ」
「私もですね」
ゲーマーでなくともあるあるな話ではあるが、これもいわゆるワーカーホリックの類なのだろうか。この状況に陥っていないという人もそうはいないであろう。
「そっか。とりあえず寝不足でなくてよかった」
俺はというと、体力のギリギリまで活動していたため爆睡であった。
俺にとってはこれも意外なことで、いくら疲れている状態であったとは言えここまで爆睡出来るとは思っていなかった。選手時代は同じような生活をしていたものの、不安やプレッシャーなどで布団に入っても頭の中が整理されることはなくずっとぐちゃぐちゃの状態で眠れないなんてざらにあった。
そう考えると今のこの状態がいかに特異であるかが伺える。自分が選手じゃないという、どこか他人事ととらえているためにそうなっているのか、それともそれほどまでに選手たちのことを信頼している末のことなのか。
後者であろう。
「昨日は結構疲れを感じてたけど、朝起きたら万全の状態だった」
「ISAMIがそんな前向きなことを自分から言うなんて珍しい」
あまり、自分から余裕を見せる発言をしないタイプだと思っていたが「万全」とまで言い切るとは。トモさんが言うように、少し意外な一面が見えたような気がした。もしかすると、自分を奮い立たせるためにわざと言っている可能性もあるが、セルフマネジメントもEsports選手にとってはとても大切なことだ。
普段の練習で成長などを感じにくく、スポーツよりも運が絡む場面が多い。学生にはあまり関係がないかもしれないが、基本的に家に引きこもって椅子に座りっぱなしと言うことが多い。そんな状態ではメンタルがやられるのも通常よりも早くて当たり前だ。
「そんなことないよ」
「ISAMIちゃんの自信の表れだよ!」
いつも通り素っ気なく返す。普段からそうだが、志も高く大層なことをやっているISAMIさんだが、それを他の人には悟らせないようにしていると言うか、出来るようになって当然だと本人は思っているようだ。
どんなに高度なことを求められても、それに見合った努力を欠かさないのだから頭が上がらない。
「そうそう! だってトモがいつも通り朝のやること済ませてゲームつけたら、もうISAMIやってたもん!」
トモさんが朝一からやっているだろうと思っていたが、ISAMIさんもどうやら同じだったようだ。エンジンがかかるまでの時間は人それぞれであるが、試合当日に長時間のアップは逆に集中力を乱さないか心配がある。
だからと言って、それを今わざわざ言う必要がないため黙っておく。これが彼女にとっては初の公式戦なのだから、気張って当然だしそれが当たり前だ。やれることは全部やる。その前向きな姿勢があるだけ十分だろう。
「今日もいいスタートが出来そうですね!」
こんな話をしながらも、3人は射撃場で調整をしている。
「そうだね。概ね方針は昨日と同じで試合間で変更があったら伝えるよ」
臨機応変とはいうものの、必ずしも結果論での意見であるため選手が決断した選択に全てをゆだねるつもりだ。そのため俺の仕事はその選択を自信もって行えるようにサポートすることだ。
「トモは調子良さそう」
「私も、ちょっとトラッキングがズレるけど概ねはいつも通り」
「私もバッチリです」
自身を鼓舞する意味も持っているであろうが、それでもトモさんだけでなく他の2人もここまではっきりと自信を口にすることは珍しいことかもしれない。
「1回目のグループで強そうな所ある?」
「ああーっとね。1つプロチームがいるのと、後ストリーマーチームがいる。もう1チームは分からない」
俺は大会情報が送られてくるサーバーに貼られている、リーグ表を見ながら答える。
「やっぱり皆で連勝で上がってくるんだね」
昨日の成績と共に各チームの情報を見るが、本気でプロリーグ入りを目指している人たちから見れば前哨戦に過ぎないようだ。うちのチームが強く調子が良いと思わない方が良いと改めて感じた。
どこも実力があり、自信もある。
そんなチーム同士の戦いになるのだから、今日は一筋縄ではいかないだろう。
「大丈夫! スクリムも調子よかったし今の調子も悪くない。実力通りの力が出せればきっと勝てるよ!」
「うん」
「そうだね!」
最年少でチームを引っ張る少女が、率先して声を出している姿を見て他の2人もそれに続くように力を発揮する。
トモさん1人のワンマンチームにならないようにここまでコーチをしてきたつもりであったが、やはりこういったときに頼ってしまう存在は彼女であった。
俺の発言で一瞬にして緊張が走り出した空気を一蹴してくれた。
「恐らく昨日ほどパターン通りの動きにはならないと思うけど、焦らずに常に冷静にね。無理して戦う場面もきっと出てくると思うけどリグループも忘れないように」
「うん。トモも前に出すぎないように注意しないと」
「そうだね。逆に私は慎重になりすぎないようにしないとな」
「自分はとにかく弾をあてることに意識しないと」
俺がなにか言わなくとも本人たちは既に自分がやらなければいけないことを十分に理解できているようだ。
「まあ、このままアップを続けて試合に臨みますか!」
今日が正念場である。
特に情報がないまま戦うのでは、相性の良し悪しや実力の差が出やすい。今日を勝ち切れることができれば、対戦相手の分析を1週間出来る。そうすれば彼女達に有益な情報や新しい戦術も組むことができる。
その1週間は俺にとっては地獄の1週間になることは分かっているが、それでも今から楽しみでしょうがない。彼女達ならきっと勝ってくれる。そう信じているからこそ俺は俺の出来ることに集中できる。
最弱プロゲーマー、プレイスキル0からの躍進 伊豆クラゲ @izu-kurage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。最弱プロゲーマー、プレイスキル0からの躍進の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます