はまってて、はまる

サカモト

はまってて、はまる

 ことは、彼女と交際を開始する以前に遡る。

 知り合った当時、彼女は別の人と付き合っていた。そのためわたしとは、ずっと学生仲間でしかなかった。はじめから、特別な関係を、はじめることのできない距離の人だった。

 それでも、顔を合わせた際は気兼ねなく世間話の出来る間柄ではあった。気はあった。

わたしの知る限り、彼女はかなりの読書家で、多岐、多種に渡る書籍を読み、その優れた読解力により、深い考察を生産し、かと思うと、まっすぐな人情味あふれる感想を述べてきかせてくれる。

 わたしは何度となく、彼女から、最近の読書について、それから、これまでの読書について、さらにはこれからの読書について話をきいたものだった。

 そういった読書にまつわる話の流れだっただろうか、ある日、彼女がいった。

『わたし、付き合った人の部屋の本棚を見るのが好きなんだ。だってさ、その人の部屋の本棚に並んでいる本を見ると、その人の正体がぜんぶわかる気がするし』

 それをきかされ、なるほど、と思った記憶がある。心のなかで、手を、ぽん、と叩いた。

 その人の本棚におさまる本を見ると、たしかに、その人そのものって感じがする。そうかもしれない。

 さらに彼女はこう話した。

『で、その人の部屋の本棚を見て、この人でいいのかどうかって、わりかし、真剣に考えて決める』

 つまり、その人の本棚の内容が、彼女の中の最終選考になるのか。

 なるほど、と、ふたたび思った。

 むろん、その時は、思っただけだった。

 あの会話から時は流れ、今日に至る。ここまでの経緯は割愛するが、ある時、わたしは彼女と再会を果たして、やがて、我々は公式に交際することとなった。

 そして、今日、彼女がわたしの家へ来るという。

 つまり、わたしの部屋に入ることになる。

 本棚ある、わたしの部屋へ。

 わたしはその本棚は、十年来使っている。白い木製の本棚で、高さは丁度、目線のあたりまであり、四段に仕切られ、文庫から縦に二冊おさめられるほどの奥行きがある。幅は、大人が片手を伸ばして足りるほどだった。本棚には、わたしの十年分の本が、ぎっしりと詰まっている。

 彼女はかつてわたしへいった。

『その人の部屋の本棚に並んでいる本を見ると、その人の正体がぜんぶわかる気がするし』

 その言葉を思い出し、わたしはわたしの本棚を見る。

 本棚の一段目。

 すべて漫画がおさまっている。最近の作品と、好きな過去作品が入っている。

 まあ、いいだろう。

 本棚の二段目、文学書。

 比較的、かたい本が多い。古典があり、でも、最近の作家の本も入っている。エンターテイメント性の高い本も入っている。

 本棚の三段目。

 いや、本棚の三段目はとばそう、四段目。

 写真集が入っている。海外の町並みの写真集や、珍しい動物に特化した写真集もある。洋服の本もある。

 先日、慌てて買ってそろえた本たちだった。なかなかの出費だった。洒落にみえる本は、だいたいが高額だった。

 ただし、捏造したのはこの四段目だけではない、一段目も、二段目も多少捏造した。真実は半分以下でしかない。微調整が入った。

『その人の部屋の本棚に並んでいる本を見ると、その人の正体がぜんぶわかる気がするし』

 あの言葉が頭のなかで反響する。

『で、その人の部屋の本棚を見て、この人でいいのかどうかって、わりかし、真剣に考えて決める』

 まもなく彼女がこの部屋を訪れる。

 審判の時は近い。

 そして、問題は本棚の三段目だった。

 そいつと両目が合う。こちらを見上げて来ていた。

 猫がめり込んでいる。正確には、白い猫が三段目におさめた、本と、本の間に、おさまっている。

 思い返せば、そう、わたしはつい先日まで、人恋しい時間を生きていた。そこで、意をかため、かねてから好きだった猫を飼うことにした。保護猫だった。

 そんなおり、彼女と再会し、それからは幸運のサイコロの目が次々に出るように、あれよあれよと交際に発展した。

 そしていよいよ今日、彼女がこの部屋にやって来ることになり、わたしは慌てて、この本棚の捏造にとりかかった。三段目には難しい本をおさめる予定だった。少しでも知的に見せたい、邪な心に基づき、捏造するつもりだった。ところが、その作業中、猫がぴょんと飛んで、本と本の隙間に入り込んだ、ぐいぐいと入り、はまってしまう。本と本の隙間はそんなに大きくない。実質、猫は本と本の間にめり込んでいる状態だった。そして、猫はそこが気にいったらしい。

 もう動かない。

 常にそこにいる。食事と、生理現象のときにしか、抜け出さない。

 とうぜん、猫がいないその隙に、本の隙間を本で埋めることもできた。でも、猫はいたくそこを気に入っている。

 自身の恋で、猫の居場所を奪っていいのか。葛藤が発生した。そして、そのまま彼女が部屋へやって来る、今日を迎えた。

 繰り返す。

 かつて、彼女はいった。

『わたし、付き合った人の部屋の本棚を見るのが好きなの。だって、その人の本棚に並んでいる本を見ると、その人の正体がぜんぶわかる気がするし』

 この猫がはまっている本棚を見て、彼女はどうなるのか。わたしの正体とは、いったい彼女のなかでどうなるのか。

 ドアベルが鳴る。ついに、その時が来た。

 彼女はシュークリームの藍色の箱を片手に部屋へあがる。視線はすぐに本棚へ。

 三段目に猫がめり込んだ本棚を目にする。

 彼女は、うっ、と短くうめき、よろめいて一歩後退し、それからいった。  

「だめだ、一緒に住みたい」

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