灰色の轍を踏みしめて

赤羽 倫果

灰色の轍を踏みしめて

 203X年の冬、大陸の某国が日本侵略を企てて、師団を送り込んだ。 


 あっという間に、日本全土が戦禍に見舞われて、オレは家族を失った。


 人の流れに身を任せ、行き着いた場所は東北にある某県の山間部である。

 見渡す限り山しかない、田舎の廃校がオレたちの寝床だ。


 ここでの生活にも慣れた頃かな。

 国会議員やエリート官僚、『軍拡反対』を謳う文化人たちが、祖国を捨ててアメリカへ亡命したと聞かされたのは。


 今じゃ自衛隊と警察、猟友会所属のじいさをたちが、『ゲリラ部隊』を編成して応戦していた。


「決行は一週間後だ」

「ああ、わかっている」


 そんなセリフが、あちこちからもれ伝う。


 オレとタメのガキと女子どもは、年少の子たちの面倒を見ていた。


「師団を率いるお偉いさんが、旧駅前ホテルで女とねんごろだって」

「ねんごろって?」


 うーん……。10歳になったばかりの子供に、どう説明したらいいだろうか。

 学校もないから、オレの頭の出来で教えられる範囲もたかが知れたモンだ。


「ねえ」

「ユカリ? どうした」


 新入りのユカリが、オレたちの方にやって来る。


「キタちゃんが、サク兄を呼んでるって」


 ゲリラ部隊長のキタハラさんが、オレを呼んでいるだって? なんかヘマやっちまったかな。


 あの人……正直、苦手なんだよな。

 教室を出て体育館へ向かった。



「サク、遅いぞ」

「悪いな」


 すでに、タメの連中が白い息を吐きながら駄弁っている。うるさい大人がいつ現れるかわからないから、オレはダンマリを貫いた。


「キタやんだ」

 

 だから、言ったこっちゃないのに。

 横一列に並んだオレたちを眺めて、

「お前たちに任務を与える」

 いかついオッさんの口からついて出た言。


 オレはなんとなく、イヤな予感がした。



 ホロつきトラックの荷台に乗って、じゃり道をひたすら下る。


 やがて、姿を表す廃墟の街並み。

 たどり着いたのは、オトコとオンナが『ねんごろ』になる場所だ。


 一人、一人……。仲間が荷台から降ろされる。ミッションをクリア出来るまで、迎えは来ない。


「お前はここだ」


 ダイナマイトとライター、わずかなゼリー飲料を詰めた巾着袋を手渡されたら、ハイさようなら。


 荷台を空にして、トラックは走り去った。


 敵兵がオンナとしけ込む場所に、点火したダイナマイトを仕掛ける。子供騙しな作戦で、成果なんて上がるんだろうか?


「これって、口減らしじゃね?」


 大人たちの言いなりに動いても、生き延びる確率なんて微々たるモン。


「ダイナマイトをどっかに売った方が……。それよりも、捨てて逃げた方がマシ?」


 遠くで唸る爆発音、足元から腹に伝う地響き、誰なのか見当もつかない断末魔。

 

 どうせ死ぬなら、ギリギリまで生き延びてえな。


「よし、決めたぞ」


 トラックの進行先に背を向けて、オレは灰色の轍を蹴った。



 あれから五年が過ぎた。戦中、オレが身を寄せた廃校はすでになく、雑草ばかりの荒地と化していた。

 

 校庭だった場所の片隅にある慰霊碑を見上げれば、

「結局、あそこにいた連中で生き延びたの、オマエとオレだけか……」

 背後から声がかかった。


「まぁ、そうだな」


 声の主の顔を拝むのも面倒くさい。

 誰が建てたかわからないが、『鎮魂』と彫られた文字だけ見つめる。

 

 ミッション放り出して逃げたモノ同士、こんな場所で落ち合うとか、腐れ縁もいいトコか。


「これから何する」


 隣に立ったヤロウの問いに、

「メシ食いに行く?」

 反射的に答えたら、

「オマエの奢りなら」

 と返された。


 ふざけているのかよ。

 まぁ、たまにはそれでもいいか。

 


 







 








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