第20話 約束の異世界(最終話)

 ――日本に戻ってから三ヶ月が過ぎた。


 日本に帰ってきた当初は、おっちゃんとの約束を果たした達成感や母国に帰ってきた安心感があった。

 おっちゃんの孫娘ソフィアも安全な国に逃げ延びたとホッとしていた。


 しかし、現在、俺とソフィアが置かれている状況は良くない。

 仕事が出来ない、収入がない、俺は日本人扱いしてもらえない。

 それで、経済的に苦しい生活が続いている。



 俺は日本に戻ってきたが、住んでいた部屋は既に解約されていた。同じ市に住んでいる両親を尋ねてみたが、俺は既に死亡していて葬式も上げていたそうだ。お骨はお墓に入っている。


 俺自身の姿形は変わっても、ここに存在している。

 それなのに、日本では俺は死亡していて、体は火葬されてしまっている。どうしようもない状況で、俺が俺なのか、わからなくなってしまいそうだった。


 さらに俺の外見は変わってしまった。

 そんな状況では、当たり前だが、両親は俺を息子だと認識してくれなかった。

 いきなり外人が尋ねてきて、父さん、母さんと呼び出したので、悪質ないたずらやテレビのドッキリ番組かと疑っていた。


 俺は家族しか知らない話をして、息子だと証明しようとした。

 子供の頃の話、家族で旅行した話、父と母がケンカした話、既に他界している祖父や祖母の話。


『息子は死んだ』


 父は最後まで信じてくれなかった。

 だが、母は半信半疑で俺を息子だと認めた。記憶と話し方の特徴が同じだと。


 俺の部屋から引き上げた遺品を見せてもらったが、金目の物はない。ギリギリの生活だったから貯金もなかった。

 母から『何か食べろ』と小遣い銭をもらったが、ソフィアと二人で生活する資金には、まったく足りない。



 俺は市役所に相談した。だが、俺とソフィアの見た目は外国人で、パスポートなど身分を証明する物を持っていない。すぐに問題になった。


 困った俺は、おっちゃんの支援をしていた福祉課の職員さんを呼んでもらった。四十歳くらいの女性で福島さんという。

 俺はおっちゃんの部屋を二人で片付けたこと、渡されたダンボールに入っていた短剣や魔方陣が描かれた布のおかげで異世界に行ったと正直に話した。


 福島さんは困惑していたが、おっちゃんの部屋を片付けてダンボールを譲ってもらったことは、俺と福島さん二人しか知らない。福島さんは、俺の存在を認めざるを得なかった。


 市役所としては、俺を外国人として扱うのか、死亡したはずが生きていた日本人として扱うのか頭を抱えてしまった。


 行方不明になっていた人で、家族が死亡届を出したケースなら、扱いは簡単だったらしい。役所のデータ上死亡していただけだから、きちんと手続きを踏めば良い。


 だが、俺の場合はトラックにはねられた遺体がバッチリあって、警察が動いて現場検証も行われた。俺の遺体は病院で間違いなく死亡していると確認され、各種書類も発行され手続き済みだ。


 遺体があったのに、本人が生きている。そんなことを認めるか否か?

 市役所としては、認めることは出来なかった。


 かといって、パスポートを持っていない不法入国、不法滞在の外国人として、俺を扱うか?

 市役所としては、俺が日本語を話し、日本人としての記憶を持っているので、外国人と断じるわけにもいかなかった。

 さらに市役所福祉課の福島さんと母が証言してくれたので、ますます外国人として扱うわけにはいかなくなった。


 市役所は外務省に問い合わせを行った。

 外務省の職員さんと俺とソフィアは面談したが、外務省の職員さんも頭を抱えた。

 ソフィアの見た目はヨーロッパ系だが、話している言葉が全く違う系統の言葉なのだ。

 異世界の言語だから当然だ。


 外務省の職員さんは、個人的には相談に乗るけれど、省庁としては厄介ごとなので関われないと言い残して、それっきりだ。


 こうして俺とソフィアは、非常に宙ぶらりんな立場で、おっちゃんが住んでいた低所得者向け住宅に住むことになった。市役所福祉課の福島さんの尽力で、市から月数万円の経済支援を受けられることになったが、生活は厳しい。


 日本人であって日本人でない俺と、外国人であって、どこの外国人でもないソフィアでは、働こうとしても雇ってくれるところがないのだ。


 先日支援したいという人が現れたが、ソフィアの体目当てだった。ソフィアはショックで、一週間くらい元気がなかった。


「ソーマ。どうした?」


 ソフィアは、たどたどしいが日本語を話せるようになった。


 こちらの世界に戻ってきたら、ソフィアとの意思疎通が出来なくなったのだ。ステータス、スキルなど異世界で行使していた能力が機能しないのだ。


 だが、幸いなことに、おっちゃんの遺品のノートに、日本語とソフィアたちの言葉を記していたい。


 このおっちゃんノートは、市役所福祉課の福島さんが保管をしていて、市には内緒でソフィアに譲ってくれた。不思議な文字が書いてあったので、何となく処分せずに手元に残してあったそうだ。

 ソフィアは、このおっちゃんノートで日本語を学んだ。


 西日が射す低所得者向け住宅の部屋で、俺は畳の上にあぐらをかき、ソフィアは隣にぺたりと座った。二人とも、ボランティアさんからタダでもらった古着のジャージを着ている。お茶を買う金がないので、公園で汲んできた水道水をペットボトルからコップに注ぐ。


 もう、五月の終わりで梅雨が近い。


 無我夢中で走り回った異世界。

 人の命や尊厳が簡単に奪われる残酷な世界。

 最悪の状況から逃れて平和な日本に戻ってきた。


 この国では、少なくとも死の危険はない。

 人として尊重され、健康的な生活を営むことが出来る国だ。


 だが、どうしてなんだ?

 俺の心を支配するのは無力感だけだ。


 西日が目に染みる。


「ソーマ。帰る?」


 ソフィアがそっと優しい声で俺に問いかけた。

 いつの間にか陽が落ちて部屋は暗く、向かいの道路から街灯の光が差し込んでいた。


 俺はソフィアに聞き返した。


「帰る? どこへ?」


「異世界へ」


 暗く静かな部屋で、ソフィアの声が頭に響いた。

 街灯の光が、ソフィアの横顔を照らす。

 俺は息を呑み、目を見開き、かすれた声を上げた。


「出来るのか!?」


 ソフィアが、黙っておっちゃんの短剣を見せた。



 *



 三日後、俺たちは日本から異世界へ旅立った。


 市役所福祉課の福島さんと外務省の職員さんが、見送りに来た。

 二人の目の前で、おっちゃんの短剣を使い異世界へと転移した。


「また、真っ暗だ。ソフィア?」


「はい。ここにいます」


 到着したのは、異世界の地下室。

 グレアム伯爵家の廃墟だ。


 地上に出ると、太陽と風が俺を出迎えた。

 ここはアニスモーン伯爵の領地内で、捕まればタダでは済まないだろう。


 それでも、なぜだか俺は、とてもすがすがしい気持ちになった。


「ソフィア! 行こう!」


「はい!」


 俺とソフィアは、南へ向かう。

 南には、違う国があるという。


 俺とソフィアが幸せになれるのか、生き残ることができるのか、俺にはわからない。

 だが、精一杯生きていこう。


 約束の異世界で。



 ―― 完 ――



◆------------作者より------------◆


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約束の異世界 武蔵野純平 @musashino-jyunpei

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