ドタキャンは罪に問われますか?

ちびまるフォイ

ドタキャンされる側の問題

「ちょっとなによ! 離して!」


「抵抗するな! 逮捕状は出てるんだ!」


「逮捕状!? 私がなにしたっていうのよ!!」


「ドタキャンだ!!」


「はあ!?」


女は留置所に連れて行かれてしまった。

納得できないと抵抗したがまったく無駄だった。


「弁護士よ! 弁護士を呼んで! 話はそれからよ!!」


「おい当番弁護士を……」


「私の専門の弁護士がいるのよ!

 こんなきったない場所にいる弁護士なんて信用できない!

 私専任の弁護士を呼んで! 早く!!」


弁護士と女が会うのは今回がはじめてだった。

やがて留置所にやってきたのはテレビでもよく見る凄腕弁護士だった。


「遅いわよ。どれだけ待たせるのよ」


「時間どおりですが……」


「女性をこんな場所に待たせる事に対して

 あなたはなんの罪悪感も感じないの?

 これだから男は非常識なんだから」


「そこ性別関係ありますか……?」


「口答えしないで。あなたは弁護士、私は雇い主。

 そこの立場を意識して」


「わかりました……。で、なんで逮捕されたんですか?」


「ドタキャンよ。意味わからない」


「ドタキャンというのはですね、

 当日になってから急に予定をキャンセルするーー」


「そうじゃなくて、ドタキャンくらいで逮捕されるのがおかしいって話をしてるのよ!!」


「去年からドタキャン罪が施行されたというのは知らないんですか?」


「知らないわよ! だってSNSでなかったんだもん!」


「まあ……とにかく、ドタキャンはいまじゃ立派な罪なんです。

 それもあなたはかなりドタキャンをしたと聞いていますよ」


「ええそうね」

「なんで強気なんですか……」


「あのね、あなたは男だからわからないでしょうけれど

 女の子はいろいろ当日になって事情が変わるケースがあるのよ」


「……であればドタキャンを許されると?」


「許せないのは男の方に問題があるのよ。

 器のちいさい男の逆恨みで逮捕されるなんてホント最悪」


「ただドタキャンしたことじたいは事実ですし、

 私ができることはあなたの罪を軽くするように立ち回るだけです」


「ちょっと待ってよ! あなたそれでも凄腕なの!?

 警察になんとかいって私の罪を取り下げてよ!!」


「ドタキャンしたのが事実ならそれを覆すことはできませんよ……」


「じゃあなんで高い金払って雇ったのかわからないじゃない! 仕事してよ!」


「仕事はしてますよ! あなたが言ってるのは、

 医者に死者をよみがえらせろってキレてるのと一緒ですよ」


「……私は医者の話なんかしてないじゃない! 話をそらさないで!!」


「なんで通じないんですか!」


たとえ話を解説するというはずかしめをしたことで、

やっと女は自分の置かれている状況を理解した。


「まあわかったわ。それじゃ私のドタキャンがどれだけしょうがなかったかを

 あなたが弁護できれば私の罪は軽くなるのね」


「そうです……。場合よっては見逃されるケースもあるかもしれません」


「そうしてもらわなきゃ困るわ」


「では罪状を確かめたいのですが、この食事会についてドタキャンしたのは?」


「事実よ」


「理由は?」


「なんとなく」


「は?」



「だから! なんとなく嫌になっちゃったのよ!」


「ええ……どう弁護しよう……」


「その日は朝から髪もまとまらなくて最悪だったし

 お気に入りの香水もからっぽで、服も決まらなかったし

 化粧ポーチが見つからなくって時間がかかって遅刻決定で

 なんかそんなことをしてたら、めんどうになっちゃったの」


「で、ドタキャンしたと?」


「むしろ感謝してほしいくらいよ。

 ボロボロの状態で私が行ったとしても失礼でしょう?

 罪にとわれるいわれはないわ」


「相手の男性はコース料理を予約なさってたそうですよ」


「……それが?」


「キャンセル料でコース料理の代金を二重で支払ったうえ、

 あなたが連絡しなかったことで、交通費を二重につかい

 雨の中で待ち続けて風邪をひいたそうですよ」


「あっそ」


「お店はもちろん、相手にも迷惑かけたという自覚は……」


「逆に聞くけど、あなたはアリを踏んづけちゃうことを気にしながら歩いてるの?」


「……理由は私のほうでなんとかします。

 あなたは私の用意した理由を涙を流しながら訴えてもらえますか?」


「なにそれ」


「罪を軽くするためです。協力してください……」


「おかしいじゃない! なんで私が悪いみたいになってるの!」


「いやそれはさすがに……」


「そもそも私がドタキャンしたのが悪いんじゃなくて、

 ドタキャンを許せない社会が悪いのよ!

 いまどきネットショップですらドタキャンできるのよ!?」


「そういう話ではなく……」


「弁護士のあなたがやるべきなのは私に罪を認めさせることじゃない!

 私がどれだけ潔白なのかを証明することよ! そこを間違わないで!」


「……」


「ドタキャンは悪いことじゃない!

 誰しもその日になって気分が変わることはあるもの!

 それを許せないのは、その人のほうに問題があるのよ!!」


「……わかりました」


そうして弁護士は留置所を去って、ついに裁判の日を迎えた。


検察官側はドタキャンがどれだけ悪しき風習であるかを

準備万端にして目を光らせて裁判にのぞんでいた。


しかし、弁護側はというと……。


「被告、弁護士がいないようだが……もう時間なので裁判をはじめてよいかな?」


「ちょっと待ってよ! なんで私の弁護士がいないのよ! ちゃんと約束したのに!!」


焦る女のもとに一通の連絡だけが届いた。




『朝起きたら、髪がまとまらなく、

 弁護士バッチの位置も決まらなくて気分がのらず

 なんだかめんどうになったのでドタキャンします』

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