第34話 お前を殺すその時まで


 ボーンちゃんは人族の国でダグダ救出作戦を実行中に、少しでも長く滞在して欲しいとお願いしてきた。

 その真意を確かめたい。



『ツダが冥界まで連れて行ってくれたおかげで手に入った魂。それが人族の国に行ったことで定着した。これでまともに会話できる』


「口はないからお話はできないけどね」



 ボーンちゃんはデリカシーがないことを言うと怒る。

 顔はないけど、きっと俺よりも鬼らしい顔で怒るのだろうと勝手に想像しておいた。



「ボーンちゃんって呼ぶのも失礼だから本当の名前を教えてよ」


『グリという』


「グリちゃんね。俺は勝手に人族だと思ってるんだけど合ってる?」


『合ってる』


「実は魔王を奇襲した勇者の従者で、首を多種族同盟軍に送り返された人だったりして」


『その通り』



 俺の予想は全部当たっていたらしい。

 初めて彼女の骨を拾った時からおかしいと思っていたんだ。


 それに多種族同盟軍の本部ビルで過去の映像を見せられた時は激怒して俺の中で暴れ回っていたし、冥界では何かをずっと探し回っていたし、やたらと人族の国に滞在したがるし。



「自分の首の在処ありかも分かっているの?」


『おおよその位置だけは。ただ、自分の墓を掘り起こす勇気が出なくて』


「それは確かに嫌だ。場所さえ教えてくれれば、俺が持って帰ってきてあげるよ」


『首が戻ってもくっつく保証はないし、くっついたとしても人間には戻れないと思う。それならない方がいいのかも。自分は魔物を殺すのが仕事だったのに、今ではその魔物の仲間入りだなんて。こんな姿になってまで生き永らえる意味がない』


「じゃあ、あの時――勇者アグナムの一撃から俺を庇わなければ一緒に消滅できたのに」


『それは……』


「まだこの世界に未練があるんだろ? その未練はきっと冥界の奥底にある。違う?」


『そう。……勇者を取り戻したい』



 ボーンちゃん改め、グリちゃんは全身をカタカタ震わせながら膝をついた。



『自分たちは騙されたんだ。勇者ははめられて奇襲に出向いて魔王に殺された。あの子は気づいていたから自分たちだけを逃がして、魔王城に残ったんだ』


「誰に騙された?」


『言えない。箝口かんこうの呪いをかけられていて伝えることはできない。でも、ツダと自分の敵は同じだ』



 つまり、多種族同盟軍の誰かに騙されたということか。


 俺だって本当に元の世界に帰して貰える保証はない。

 それでも信じることしかできないから、こうして諜報活動を続けているのだ。



「初代勇者を取り戻――」



 そこまで言って思い出した。


 多種族同盟軍の女エルフは、初代勇者は死亡したが女神の力で元の世界へ帰還した、と言っていた。



「初代勇者は俺と同じ転生者じゃないのか? なんなら、グリちゃんも?」



 グリちゃんはない首の代わりに肩を傾けた。



『違う。自分も勇者グラもこの世界の住人』



 目の前が真っ白になった。


 俺は嘘をつかれている。

 女神の実績なんて最初からなかったんだ。



「グリちゃん、ゴタゴタが片付いたらまたテグスン国に行こう。絶対に首を手に入れる。頭部がくっついた時、きみが人でなかったとしても俺は拒絶しない。その代わり、喋れるようになっても俺のことは他言しないでね」


『もちろん。自分たちは同じ魔王軍をほうむる者だから』


「初代勇者の魂はどこにある? 肉体は人族に帰していないとクシャ爺が言っていたけど、グリちゃんと同じで魔王国のどこかにあるの?」


『魂の在処ありかは分からない。でも肉体は冥界の更に下で見つけた。あの時はツダが限界で迎えに行けなかったけれど、次は必ず』



 そうか。

 だから、あんなに一心不乱に潜っていたのか。



「それも約束だったな。頭を取り戻したらまた冥界に行こう」



 本当は死ぬほど行きたくないけど、命の恩人の願いなら仕方ない。

 それに初代勇者からも話を聞いて多種族同盟軍が何をしようとしているのかも知りたい。



「じゃあ、グリちゃん。俺はレイラの所に行くけど、部屋で待ってる? これまで通り一緒に行く?」


『共に参ろう。人族の希望が魔王に屈服しないかこの目で監視しなければ』


 

 これで余計な真似ができなくなったな。

 最初からレイラとの間に間違いなんて起こすつもりはないけど、グリちゃんなら俺が欲情した瞬間に内側から殺しにかかってきても不思議ではない。


 俺が一人(正確には二人)で謁見の間に戻ると肘をついていたレイラが立ち上がり、着いてこいと短く言った。



「ここは?」



 案内されたのは魔宮殿の一番奥。

 人通りも少なければ、隔離されているような静寂さのある場所に設けられた平凡な扉の前だった。



「ここはまだ名前のない開かずの部屋。いつか心に決めた人が現れた時に開こうと決めていたの」



 レイラは胸の前に手を当てて答える。

 その姿は年齢相応な少女のようにしか見えなかった。



「ツダならなんて名前をつける?」



 そんなことを突然言われても、何も準備していない。


 これまでに入れてもらった3つの部屋と統一するなら宝石の名前をつけた方がいい。問題は他の部屋でどの宝石の名前が使われているのか。

 そして、この部屋が何を目的として、何の効果がある部屋なのかだ。


 色々と考えることはあったが、俺は直感的に浮かんだ言葉を口に出した。



「ルビーだ」

「やっぱり、ツダとは心が通っているみたい。余もそうしようと思っていた。情熱と愛情のルビーの部屋」



 俺の手を握り、微笑む姿に心臓が跳ねる。



「この部屋には何の効果もない。これから付加するつもりもない。ただ、互いを求め、獣のように絡まり合うだけの部屋」



 それはつまり……。


 その時、心臓を鷲掴みされたような痛みが突き抜けた。


 とっさに足を踏ん張り、倒れそうになる体を支える。



「大丈夫? 想像しちゃった?」

「……そんなところ」



 嘘だ。

 俺の体内でグリちゃんが何かをぶん殴った。


 まるで頭を冷やせ、とでも言いたげに――



「二人でこの部屋に入る日も近いね」



 そんなことになったら、グリちゃんはすぐに出てきて、俺の頭を引っ叩くのだろう。


 続いてレイラは俺の手を引いて魔宮殿のバルコニーに出た。

 そろそろ日が昇る頃だ。



「キキティを懲罰ちょうばつ部隊に配属したのは、俺にドゥエチの動向を探らせるためか?」

「さすがね、ツダ。今の懲罰部隊はあいつの管轄だから余でも口を出せない。変な動きがあれば早めに対処できるようにね」

「キキティも大変な所に就職したもんだ」

「あの女の肩を持つの?」

「まさか。せっかく希望通りに連れて来たんだから、それくらいやってもらわないと困る」



 不機嫌そうになったレイラに微笑みが戻る。



「今から余とツダの関係を発表するね。これでもう後戻りはできない。ずっと、余の理解者として隣に居て」

「あぁ。片時も離れないよ」



 お前を殺すその時まで――



 この日、魔王国全土に二つのことが通達された。


 一つ、3代目魔王レイラルーシス・ジ・ブラッドローズの婿は鬼龍族のツダに正式に決定した。


 一つ、ツダを幻魔四将げんまよんしょうの末席に加え、ツダを中心にして前線を立て直す。



 俺の戦いはまだ始まったばかりだ。


 本当の敵が誰であろうと元の世界に帰るためならどんな手段でも使う。


 たとえ、俺の周りに誰もいなくなったとしても――

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津田くんは元の世界に帰りたい 〜【急募】魔王国に潜入中の俺が鬼人族に成りすましている人間だとバレない方法~ 桜枕 @sakuramakura

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