第33話 結末


「ご苦労だった。それで、どうしてこうなった?」



 魔宮殿に戻り、傷ついたシュガを豹の悪魔でもあり執事長のフルーレにお願いした俺はキキティを連れて謁見の間に向かった。


 待ち構えていた魔王――レイラルーシスが冷ややかな瞳を向けながらそう聞いてきた。


 そんなことは俺が聞きたい。

 なんで、鬼人族を連れて帰ることになってしまったんだ。


 それもこれも直接話を聞きたいと言い出したシャナダが悪い。



「この子の説明は後でしますから、まずはご報告をお聞きください」



 俺はオーガ族の居住区でシャナダと喧嘩になったこと、族長の奪還を頼まれて人族の国に出向いたこと、無事にダグダを救出したこと、人族の勇者と交戦したことを報告した。


 この場にはキキティも居るから勇者アグナムと接触したことは伏せておいた。

 レイラにも勇者イグニスタンの聖剣が人族の手に渡ったことは隠しておきたかったから丁度いい。



「シャナダの角を折ったのか。相変わらず、酷いことをするな」



 レイラは自分の角を撫でながら告げる。



「ツダの角も折られたのか? 随分と小さくなってしまったな」

「それが……」



 カチューシャのことをなんて説明するべきか悩みながら答えた。



「見栄を張って立派な角を偽装していたのですが、偽装用の角を壊されてしまって。それで、カッとしてやっちゃいました」

「やっちゃったなら仕方ないな。貴重な戦力だったが、協調性のない奴は戦場で混乱を招く。シャナダに関して良い評判は聞かなかったから良い機会だろう」



 俺としてはお咎めなしだとありがたい。



「それにダグダが生きていたとはな。あれは2代目魔王に仕えた四天王の一人だ。とっくに殺されたと思っていた」

「戦士としては死んだも同然かと。手足は朽ち果て、まともに拳を握ることも立つこともできません」

「心と頭がひしゃげていなければいい。人族は甘いな。余なら真っ先に人格を破壊する」

「と、いうと?」

「ダグダは戦術と戦略に長ける人材だ。腕っぷしにも自信はあっただろうが、今では息子の方が強いのではないか」



 あの威圧感でもシャナダより弱いのか。

 となると、あれは火事場の馬鹿力みたいなものだったのかな。



「アガダ、オルダ、シャナダを失ったが、ダグダが戻った。それにツダが鬼龍族として完成したのならむしろプラスだろう。余としては満足だ」



 ご機嫌な様で安心したのも束の間で、レイラはまたしても眉間に皺を寄せた。



「人族の勇者だが、ツダから見てどうだった?」

「並の魔物なら太刀打ちできないでしょうね。幻魔四将げんまよんしょうクラスで同等か一人では足りないか」

「そこまでとはな。やはり、聖魔法を使うのか?」

「はい。"勇者の一撃"でダークドラゴンがやられました。クシャリカーナ曰く、真の勇者ではないとのことですが、俺からすれば脅威でした」



 レイラは結んでいた手を解いて問う。



「勝てそうか?」



 スパイの身としてはあの勇者とラゲクやドゥエチ、そうしてもう一人の幻魔四将げんまよんしょうを戦わせたい。

 だが、そうすると俺の聖剣を破壊されかねない。


 つまり、答えは一つしかなかった。



「勝ちます。俺以外の奴に任せるつもりはありません。俺が唾を付けたんですから」



 こう言うしかない。

 絶対に奴を倒して聖剣ゼラを取り戻す。


 聖剣さえあれば、俺は勇者になれる。

 そして、魔王をこの手で殺すことができる。


 魔王国の情報収集なんてまどろっこしいことはせずに、決着をつけて、堂々と多種族同盟軍の剣聖たちの前に戻れるのだ。


 そうすれば、問答無用で俺を元の世界に帰してくれるだろう。



「頼もしいよ、ツダ」



 珍しい。

 俺と二人きりではないのに魔王が微笑んだ。


 その姿にキキティが見惚れていた。



「余やダークドラゴン、そこの鬼人族と同じように二本の角を持つ者は多くいるが、ツダのように三本角は見たことがない」

「俺も自分の側頭部から二本の角が生えていることに気づきませんでした。三本角トライデントというそうです」

「ほぅ。ツダの魔力が変化したのは、その角のおかげか?」

「さぁ、どうでしょうか」



 確かに感情の起伏によって龍化して、荒々しい魔力をコントロールできるようになったのはつい最近だ。


 以前の俺は爪の一本でも龍化しようものなら、ダークドラゴンの魔力に飲み込まれ、見境なく破壊の限りを尽くしていた。



「魔王軍は安泰だな。では、本題に入ろう。その鬼人族はなんだ?」



 俺の中では本題は終わってこれからが蛇足なのだが、レイラの中では違うらしい。



「鬼人族の中のキキ一族の娘だそうです」

「キキ? オルダの身内か」

「お初にお目にかかります。魔王、レイラルーシス様。キキ一族のキキティと申します」

「なぜ、ツダと共にいる?」

「はっ。ツダ様がわたくしに復讐のきっかけを与えてくださると」



 言ってないぞ。

 むしろ逆だ。勝手に復讐を始めないように監視するために連れてきたのだ。



「あぁ、あの勇者の……」

「はい。この手で一家郎党根絶やしにしてご覧に入れましょう」



 レイラがちらりと俺を見た。

 俺は静かに頷き、眉根を寄せて心の中でつぶやく。



 後で説明すると言ってるだろ、と――



「貴様の目的はどうでもいい。ツダ、この者の肩書きはなんだ?」



 さっきの微笑みはどこへやら。

 レイラは魔王らしいオーラを放ちながら、俺たちを交互に睨んだ。



「肩書き? 特にないけど」

「専属メイドはカイナであろう。メイド見習いにでもするつもりか?」

「いや。シュガと同じ扱いではいけませんか?」

「あれは契約悪魔だから同格というわけにはいかぬ。その女にも役目を与えなくてはならない。そいつの存在意義を示しなさい」



 魔宮殿のルールは、存在意義を示し続けることだ。

 それが出来なくなった時にどうなるのか知らないが、そもそも存在価値のないものを雇わないということなのだろう。



「何か得意なことはあるか?」

「拷問でしょうか」



 こえぇよ。

 即答で拷問が出てくるなんて、いくら美人でも引くわ。



「どんな者であったとしても拷問できるのだな?」

「もちろんでございます」

「たとえそれが恋い焦がれる者であったとしても? 慕う者であったとしても? 主人と認めた者であったとしても?」

「ご命令とあらば」



 キキティは嘘をついていない。

 確固たる覚悟を持ってここに立っている。


 レイラはしばらく目を閉じてから決意したように口を開いた。



「貴様を懲罰ちょうばつ部隊所属とする。励め」

「はっ」



 懲罰部隊となれば、文官扱いの俺とは真逆の立場に位置する。



「話は終わりだ」



 レイラが短く言い放ち、キキティを連れて謁見の間から出て行こうとした俺の頭の中に声が聞こえた。



『30分後ここで』



 相引きするにはもってこいの魔法だ。


 謁見の間を出て、廊下を歩いていた俺たちは別れ道に差し掛かって足を止めた。



「右に曲がれば俺の仕事場に出て、左に曲がれば懲罰部隊の宿舎に着く。もう連絡は済んでいるはずだから行ってみろよ」

「一人でですか?」

「うん。俺、そっち側に行ったことないし、行くつもりもないし」

「わたし初めて魔宮殿に来たのに?」

「ガキじゃないんだから。俺はシュガの様子を見てくる」



 ぶつぶつ言いながら3歩進んでは俺を振り向くキキティが廊下を曲がるまで見送り、フルーレの元へ向かう。


 シュガは魔力を消費し過ぎただけで、魔力を与えれば完治するらしい。

 レイラの魔素が満たされた魔宮殿であれば回復も早いそうだから、このまま療養させればいいとのことだった。


 俺は残った問題の解決の糸口を探るために自室に入り、床に座る。

 そして、呼びかけた。



「ボーンちゃん、ちょっと話をしようか」



 俺の胸から伸びた手。そして、腕、肩、肋骨と順番に体を出し、遂に全身が現世に出てきた。

 初めて掴まり立ちをする赤子のように立ち上がった首のない骨。


 その骨格標本は初めて見つけたときと同じだった。

 あの時はうつ伏せで横たわっていたっけ。


 すると、俺の頭の中に文字が描かれた。



『ジロジロ見るな、恥ずかしい』


「形の良い骨盤だね」



 肉も皮膚も顔もない骨にセクハラという概念があるのかは分からないけれど、彼女にとっては不愉快だったらしい。


 問答無用で頭をしばかれた俺はその場にうずくまり、謝罪した。

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