第16話 Dawnd of ominated world

 


「本当にこれで良かったのでしょうか」

 振り向くと燃え盛るレシーア邸があった。


 この場所は周囲から隔離されている山の上であり、夜明け前のこの時間帯。誰か気が付くのも時間がかかる。

 使用済みの人体や痕跡になりそうな血痕は全て焼き付くし、朝になれば屋敷は廃材の山と化しているだろう。


「いいんじゃない? 賊に襲われた私達は命からがら逃げてきた、お母様が時間を稼いでくれたお陰で馬の準備が整い、レシーア領中央都市に向かった」


 それが事実だと言わんばかりにルカはこてんと荷馬車で横になりながらタブレット端末を弄る。

 彼女は何事も知る事を優先にしている。それ故に地球で以前分解したタブレット端末を記憶頼りでこの場に再現する事が出来たのだ。


 勿論常人には出来るはずがない。いくら分解していたとはいえ、設計図のないプラモデルをパーツの作成も行いながら組み上げることは到底不可能。更に短時間でシステムをゼロから仕上げる離れ業をやってのけるのは、呉島瑠楓レベルの頭脳を以て初めて成し遂げられる技である。


「いえ、そういう意味では⋯⋯」

「⋯⋯ふぅん? つまりは今回の一件は間違いだった、と?」

「あ、いえ⋯⋯その⋯⋯」


 スクワールの歯切れの悪さについて思考を巡らせるルカだったが、よくわからなかった。

 彼女は天才ではあるが、全能では無い。知りたいという欲求の強いルカだが、この時この場所ではあまり興味をそそられない。


「よかった、よくなかったっていうのは後々明らかになるもの。私は現状に満足しているわ。目的も定まったし、多くのデータと実物が手に入った。これ以上を求めるのは野暮といえものだと思わない?」


「確かにそうですが⋯⋯殺しても良かったのか、と⋯⋯」

「ああ⋯⋯。別にいいと思うけど。貴女がしたかった事をしただけでしょ。復讐っていうのが貴女の中でどれだけ大きかったのかは自分しかわからない。実は思ったよりも小さかったって後悔するのは⋯⋯ちょっと贅沢よ」


「贅沢⋯⋯ですか?」

 ルカの価値観は特殊かもしれないと自分でも感じているが、それが間違っているかと言われれば別の話だ。


「やりたい事をして、面白くなかった、達成感がなかった、なんて贅沢でしょ。やる事成し遂げてその感想は贅沢者の言い分ね」

「ルカ様はどうでしょう? そういう時はありましたか?」

「ないわよ。基本的に必要な事以外しないもの。面白かったかは二の次だし、ある程度成果が出ればいいと思っているだけ」


 そもそも、ルカにとっては世界の全てが面白いと感じてしまう。知る事、知らない事様々だが、何事も面白いと感じるような感性をしている。


「⋯⋯事を起こしたことに後悔しているのなら、後で反省しましょうか」

「反省してどうしろと?」

「次は間違えないようにしましょう。あのタイミングで良かったのか、事前に兵力の確認は出来たのか。色々あるでしょう?」


「そういう後悔では⋯⋯ないのですが⋯⋯」

「⋯⋯そうなの? ならそれは自分で折り合いを付けなきゃいけないタイプかしら。次の実験まで時間をあげるからそれまでには引きずらないようにして頂戴?」

「⋯⋯かしこまりました」


 スクワールにはやって欲しい事がたくさんある。目的の為に彼女を確保した以上、今後に支障が出てしまうのは良くないと考えている。


「ルカ様は優しくないですね」

「そうかしら。逆に聞くけど、貴女は慰めや心配が必要なくらい弱い子なの?」

「いえ、私は弱くありません」


「なら必要ないじゃない」

 成否はともあれ、今回の首謀者はスクワールだった。

 その胆力や行動力を見ればなど無いとわかる。


「今後の事だけど、中央のレシーア本家に向かいましょう。あそこなら親戚もいるそうだし」

「かしこまりました」


 ガタガタと車輪が地を食む音がルカの耳に入ってくる。


 馬車は整備されていない山道を進んでいる。


 枕のない硬い木の荷台に頭を当てて寝転がる。


 星空を隠す防水布の幌。


「嫌いじゃない」

「⋯⋯⋯⋯?」

「ゆっくりするのは嫌いじゃないわ。貴女はどう?」

「あんなことがあった後でゆっくり出来る程、私は心臓が強くありませんよ。ただ、私も長らく休暇を貰っていませんがそういうのは好きかも知れません」


 ルカがチラリと横目でスクワールの表情を窺うと、小さく笑っているように見えた。

「そう。なら実家に着いたら少しだけ休みをあげる」

「三時間ほどですか?」

「あら、とんだブラック営業ね私の研究は。ちゃんと数日あげるから安心して頂戴」


 ふふっ、とルカが笑うとスクワールも笑顔を零す。

「そうですね、そうでしたか」

「?」

に居るよりも、きっとルカ様といた方が楽しいと思った次第です」


「これから何度も身体を弄くり回す予定なのだけれど、それでも?」

「ええ。ちっぽけで下らない憎悪はあの炎に置いてきました」


 その道に後悔は無い。


 悪魔と取引をした時点で自分の道は決まっていた。


 それでもスクワールはこの道でいいと思った。


 ルカが創る新しい世界の始まりが、日の出と共に訪れる予感がしている。


 そんなスクワールを見て、ルカは呟いた。



「ふふっ。やっぱり貴女は面白いくらいになのね」



 無色だからこそ、何色にも染めやすい。


 からっぽだからこそ満たしやすい。


 復讐という憎悪が詰まっていたスクワールに、ルカの期待を注いだ。


「それは悪いことじゃない」


 世界が正しく回る為には、全員が為政者であってはならない。


 歯車、器、操縦者。各々が役割を正しく遂行しなければ効率良く世界は動かない。



「最初に出逢えたのが貴女で良かったわ」

「それは何よりです」



 世界の夜明け。


 歴史の転換点。


 全ての始まりの夜。


 遅かれ早かれ訪れるはずだった事象が、彼女によって急速に齎されることになる。



 それを夜明けと言わずして、何と呼ぶのだろうか。


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元天才科学者が歩む合理的で理性的な異世界錬成 @kou2741

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