第15話 私とは何か

 



 ふと気が付くと私は少し硬いベッドの上にいた。

 どこか少し感覚が、というより頭が痛い⋯⋯とは少し違うような、とにかく普段とは違う事は明らかだった。


「はぁい。よく眠れたかしら? ⋯⋯ふぅん、問題無さそうね」

「ルカ様⋯⋯?」

 虚ろとはまた違った、ぽっかりと穴が空いたような瞳で私を覗くルカ様は明らかに上機嫌。謎の板で何かを確認しながら、私を交互に眺めるている。


「うん、うん。体調に変化は無し。脳波のパラメータも基準通り。魔力の流れも⋯⋯まあお母様と彼らに比べたらお察しではあるけれど、それは後々調整しましょうか」


 ふと、自分が今服を着ていない事にきがついた。何やら乳頭部分や頭部に銀色の円盤がくっついており、両腕両足には数本の針が刺さっている。


「あぁ、このタブレット端末が気になるのね。貴女の身体の数値を知る為に一から作ってプログラミングしたの。魔力なんて知らないから即興ではあるけれど、一応二時間で組めるだけ組んで、一時間で検証したっていうのが事のあらまし」


「屋敷にいた他の方は⋯⋯?」

「ん? 全部検証用に取っておいてるわ。特にあの二人は貴重だから」

 と、言って指を向けた方向には穴が空いた肉の塊があった。


 時折蠢く肉塊に気味の悪さを覚えるが、何故かすぐに収まる。

 そしてその隣にはガシャンガシャンと鎖で繋がれた手足を一生懸命動かすペパー様とチェルノ・レシーアがいた。


 そして


「魔術師二人。私の兄と首謀者の生体データはもう暫く大事に使わせてもらいたい所」

 魔術師は既にただの肉塊に変わってしまったが、もう何も思わない。

 むしろ納得の気持ち。


「個人的に面白いのが、魔術師の適性がある人は脳の形が普通の人とは違うって事。所謂演算機関、魔術式を読み取って起動する為の部位が備わっているみたい。魔術師と普通の人の違いはそこ。それはわかっていたけれど⋯⋯人によってその性能には差があるようね。人の器官だから当然と言えば当然なのだけれど⋯⋯」


 ルカ様がご機嫌にタブレット端末なるものに映っているものを見せるが、私には何なのかがわからない。脳と呼ばれるものなのだろうか。

「何はともあれ人類から逸脱していないから、この世界では人なのでしょうね」


 それからゆっくりと私に付けられていた針や円盤が外されていく。

 外した所から傷は塞がり、円盤が張り付いていた乳頭部分からは感じた事の無い感覚が生まれるが、すぐに収まる。


「痛みが無い⋯⋯?」

「ああそう。痛覚、というより一定の強い衝撃や感覚があると自動的に沈静化するようにしているの。この世界、何気に物騒だからあって損は無い思って」

「それは⋯⋯感謝します⋯⋯?」


 なんと答えればいいのだろうか。

「それよりも⋯⋯お兄様」

 ルカ様がペパー様の口を形成しなおす。

「っぱっ⋯⋯。ルカ⋯⋯お前⋯⋯」


「悪いけどお兄様との会話に興味は無いの。もう貴方の記憶データは全部ここに書き出しちゃったから」

「⋯⋯は?」

「全部タブレット端末に書き出したのよ。だから興味無い。何が言いたいかなんて性格と記憶から算出できるもの」


 と、ルカ様は振り向いて私に目を向けた。

「何か彼に言いたいことはあるかしら?」

「⋯⋯いえ、特に⋯⋯」

 ペパー様はあまり私とは関わる事がなかった。だからか分からないが、特に何か伝えたい事などというのは無い。

「そう。ならいいわ」


 ピン、と人差し指で小突かれたペパー様はミチミチという音を立てながら肉塊に成り果てる。

「サンプルとしては悪くないのよ。でも、再現の手本ならここにいる」

 と言って親指を向けたのは意識の無いチェルノ・レシーア。


「チェルノ⋯⋯レシーア⋯⋯」

「あら、憎いの?」

「それは⋯⋯はい」

 母を殺された。それは覆りの無い事実。彼女には死が相応しい。


 と、考えていると、ルカ様は面白いものを見るように私の顔を眺めていた。

「⋯⋯意識の混濁は無い。なるほど、ちゃんと調整は成功しているみたいね」

「混濁⋯⋯調整⋯⋯?」

「まあ、少し試してみましょうか」


 ルカ様が私に触れると、勝手に身体が動いて服を着始める。

 そしてそのまま衣服を着終えると、今度は頭に触れる。

「全身の神経操作を私が代行してみたけれど、いいわね。命令すればそれらが終わるまで暫く残り続けるのは興味深い」


 そして私は左手を開きチェルノ・レシーアへと向けさせられた。

「さてと⋯⋯えっと確か⋯⋯"炎槍フレイムランス"」

「えっ、ルカさ⋯⋯」


 次の瞬間、虚空に形成された炎が一本の槍を形作り、チェルノ・レシーアに向けて射出される。

 その豪炎は瞬く間にチェルノ・レシーアを焼かんと燃え広がっていく。


「ルカ様⋯⋯? なぜ私は⋯⋯」

 魔術を使えるのですか、とは口から出なかった。

 驚きの余り何も出なかった、という方が正しい。

「何故って言われても、私が調整したからよ」


 調整⋯⋯。

「魔術師三人の肉体を元に、一般人であるスクワールの肉体を作りかえたという方が正しいかしら。錬金術を使えば肉体の情報や構成を弄る事も容易い」

「つまり、今私は⋯⋯」


「ええ。ペパー・レシーア、チェルノ・レシーア、それと⋯⋯なんて言ったかしら、あーペンラントね。彼の魔術を扱えるわ。脳の構造も作り替えたし、貴女一人でも使えるはずよ」


「しかし、私には魔術を使った経験が⋯⋯」

「ないわね。でも大丈夫」


 すっすー、と指でタブレット端末を操作しながら、何事もないかのように答える。

「貴女の脳には既に記憶がある。魔術を使用した、チェルノ・レシーアの記憶、ペパー・レシーアの記憶がね。思い出せないけれど、使った時の記憶は既に貴女の頭の中に入っている。潜在記憶として貴女のになっている」


「えっ⋯⋯つまり⋯⋯」

「貴女は魔術が使える。脳も肉体も魔術師のものよ。四人分の記憶が組み込まれてはいるけれど、スクワールは魔術師になったの」


 私の中に奇妙な感情が押し寄せてくる。

 いや、これは⋯⋯。

「怖いの?」

「い、いえ⋯⋯」


 私は一歩後退る。ルカ様とは逆、チェルノ・レシーアがいる方向へと。

 確かに血潮に流れる魔力を知覚できる。脳が魔術の使い方を。今手に入れた力を使い慣れているかのように使いこなす事が出来るだろう。


 存在しない記憶のはずなのに、存在していたかのように。


 の経験として、魔術を振りかざす事が出来る。


 だからこそ恐ろしいのだ。ルカ様は私を作り替えた。ぶっつけ本番もいい所だ。それで尚完璧に今の私を作り上げた。


 そして私にはわからない。今の私は本当に私なのだろうか。


 ここで目が覚めた時に初めて気が付いた違和感の正体。


 四人の経験と記憶が混ざり合った私は、本当に⋯⋯。


「貴女は貴女。でしょう? スクワール」


 私の内心が見通されているように語り掛けてくる。


「例え別の記憶があろうとも、貴女の肉体なのだから貴女なの。貴女でなければいけないの」


「私でなければ⋯⋯?」


「そうよ。凡人スクワールが進化する事に意味がある。新しい人類のモデルケース、その最初の姿。だから貴女は貴女でなければならない」


 表情、口調も変わらず、視線すらこちらに向けていない。


 それなのに心の底から溢れ出てくる恐怖の感情。


 何故かはわからない。いや、わからない事がわからないのかもしれない。


「チェルノもペパーも。必要な命。人の進化の礎になった。スクワールは人の進化の先頭を行く。初歩の初歩。スタートラインには立てていないけれど、上出来ね」


 コンコンと指でタブレット端末を叩く。

「記憶は回収済み。力はスクワールが引き出せる。遺伝出来るかは置いておいて、とりあえずは事を終わらせるとしましょうか」


 タブレット端末から光が消え、ルカ様が私の方への歩いてくる。

「最後に貴女の願いを叶えるとしましょう」

 ポン、と私の肩に手を当てると。


「貴女はチェルノ・レシーアを恨んでいた。憎み、敵を討ちたいと願っていた。そしてソレが今目の前にいる」


 囁くように。誘うように。


「今貴女には力がある。有象無象を踏み潰せる力。新たな人類と呼ばれるに相応しい力が。オマケに目の前には鎖に繋がれた動けない憎悪の対象」


 笑うように。謳うように。


「約束通り彼女を殺しても良かったけれど、貴女の手で殺せるならそっちの方がいいと思って。それに⋯⋯」


 語りかけてくる。


「自分の手で殺せるっていうイメージは、とても大切な事。今後、生殺与奪を躊躇う事を減らしておくのは悪くないと思うの」


 私はその言葉に気味の悪さを感じていた。


 脳に絡み付くような、呪言のように身体を縛るような。


 言葉の魔力。異物。ハッキリ言って気持ち悪い。


 でもこれで分かった。


「以前仰っていました。『何一つ持っていない存在が、どこまで行けるのか。新品同然の真っ白なキャンバスだからこそ意味がある』と。それはつまり、私が魔術師でも無いスクワール凡人だから。人類という種が進化した象徴となる、という意味だったのですね」


「ちゃんと覚えてくれていて嬉しいわ。聡明で私と出会えた運のいい旧人類だった貴女だからこそ、先に進むする意味があった」


「それは⋯⋯ふふっ。ならば私を無能として産んだ何も与えなかったお母様に感謝するべきですね」


 これまで母に与えられた愛情も、思い出も、記憶すら意味を成さない。


 この身は人類の進化の礎になるだけの、単なる繋ぎ。


 それを本気で行うルカ様は、ハッキリ言って変人だ。


 でも目の前のチェルノは違う。


 繋ぎにすらなれない、進化の過程で使われるだけの小道具。


 いや、人類という単位で見ればただのランチに過ぎない。


 チェルノを消費し、人類という『個』はまたひとつ成長した。


 その結果が私。


 この考え方が間違っているのか、合っているのか。


 それは進み続ければわかるのだろう。



「"炎槍フレイムランス"」


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