第14話 レシーア邸襲撃事件 呉島瑠楓という科学者
「私は私なりに目的を果たしに来たの」
ルカがその場に姿を現した時、この場の二人はかつてないほど困惑していた。
五歳の少女がアルスマキアでも最上位の魔術師二人の前に、ペンラントとは違う思惑を持っている。
その異質過ぎる事象は理解し難いものがあるのだ。
「お客様に手荒な真似をするお母様も問題だけれど、作法もなってないお客様側も側よね。まあ、私としてはなんでもいいのだけれど」
スタスタと部屋に入るルカの後をスクワールが続く。
「ま、まて! お前は⋯⋯、いや、ここに来るまでにいた私の仲間は⋯⋯」
「え? ちゃんと保管してあるから安心して?」
と、ポケットからビー玉サイズ程度のピンク色の球をひとつ取り出し、ソレをペンラントの顔の真横を通るようにスナップして投げる。
その瞬間、その球体にかかる重力を全てスナップ時に発生するエネルギーへと錬成し、超豪速球とも呼ぶべき速度が生まれ⋯⋯。
ドン、という衝撃と共にピンク色の球体は割れること無く壁へと激突し、鈍い音を立てて屋敷を揺らす。
「⋯⋯!?」
「人と質量は変わらないから、まあこうなるわよね。その人はもう死んじゃったけど、他の人は生かしてるわ」
目を丸くしたペンラントは唖然としながらも口を紡ぐ。
「⋯⋯こ、これが⋯⋯人だと⋯⋯?」
質量は変わらない。ベクトルを錬成しているとはいえ、その勢いと衝撃はルカのコントロールを離れた瞬間正常に戻る。
だが、それでも掛かった力がピタリとその瞬間全てが正常に戻る訳では無い。その手を離れたとしても、勢いは物理法則に従って緩やかに元に戻る。
「ええ。人だったもの、ね。他の人は今の所使用用途が乏しいから生きてはいるくらいの認識でいて欲しいわ。何に使うかは検討中」
そしてそのままルカは拳銃を引き抜き。
ペンラントの足を狙い撃つ。
ドパン、という空間を揺らす音と衝撃と共にマグナム弾が膝から下を吹き飛ばしてしまった。
「さっきの球、私が干渉している間は手から話しても状態は続いていたのを見るに、一度捻じ曲げてしまえばそれが暫く続くと見てもいいのかしら?」
ルカが『人だった球』は人の肉体をミキサーしグズグズにした後圧縮して作成していたのだ。その為ポケットに入れて持ち歩く時、質量、つまりは重さは変わらない。
それ故にルカはその物体にかかる重力をある程度中和し軽くしていたのだ。
「でもあなたはまだ使用価値がある。魔術師を弄ったことは無かったから。えぇ、使わせてもらうわ。でも、それは一部だけでいい」
コツンと倒れ伏すペンラントの脚につま先を当て、手足を錬成して取り外し、声帯を埋めて声を出せなくする。
「-----!」
「聞こえないわよ」
更に二度つま先で突き、口と耳を肉で埋める。
勿論気道を確保する為に鼻だけは残し、更には目を肉で弾き出す。
「-----!!!!」
「あらごめんなさい、最初にやっておくべきだったわ」
忘れていたと言わんばかりに錬成で痛覚の機能を停止させ、完全な無力化に成功する。
「よし。これで二人目。スクワールはコレを地下に持って行ってくれる?」
「かしこまりました」
「重いから気を付けてね」
スクワールに命令を下し、もはやペンラントだったものと言いたくなるようなモノを運び出す。
「さてとお母様。失礼なお客様を連れ出した所で、本題に入りましょうか」
ニコニコと振り向くルカを見たチェルノは、初めて凛とした表情を崩す。
「ルカ⋯⋯いえ、貴女は⋯⋯何者⋯⋯?」
「⋯⋯?」
その質問に瞬きしながら、ルカは首を傾げる。
「ルカの身体に⋯⋯そもそも誰なの⋯⋯?」
「誰、ね。それなら自己紹介でもしようかしら。人格と言うのであれば、
クルリとリボルバー拳銃を仕舞い、チェルノの瞳を覗く。
「呉島瑠楓。科学者よ」
「⋯⋯科学者?」
「そう。未知を探求し、明かし、歴史の糧とする生き物。或は⋯⋯その意味を見つけ出す人々の名」
チェルノは少女一人が放つ気迫に当てられ、一歩下がる。
「そして私はその歴史を肥やしたいと思っているの」
「歴史を⋯⋯肥やす⋯⋯?」
「多くのものを食べれば食べる程、より早く。より多くのものが見つけやすくなる。まあ、太らせるのよ」
何を言っているんだ、とチェルノは思ってしまった。
「意味なんて考える必要なんてない。私が必要だと考えたからそれでいい」
「⋯⋯随分自分勝手に考えるのね」
「あらお母様、そんな風に育てた覚えは無いと仰⋯⋯」
「私を母と呼ばないで!」
怒声が響く。すでに誰も声を上げる事の出来なくなったこの屋敷に。
「あら気に触ったかしら。どちらにせよやる事は変わらない。未知を明かす為にあなたには人類の贄になってもらう」
「⋯⋯どうして、それを望むの?」
「⋯⋯? 変な事を聞くのね」
そして拳銃を引き抜き、虚空から銃弾を生成。
「趣味よ」
ドパン、という銃声が部屋に響く。
「っ! アイ⋯⋯っぁ!」
チェルノは氷の盾を魔法で形成しようとするものの、銃弾の速度に追い付ける訳もなく、左足に被弾。
「歴史の開拓、加速、そして探求。これら全ては私の趣味」
とことこと部屋を周りながら銃口を向けるルカ。
「⋯⋯"
その手に持つ武器をチェルノは知らない。
それでもその武器が無ければルカは驚異では無いと判断した彼女は虚空から風属性を纏う不可視の刃を生成。
射出された刃は拳銃に傷を付け、そのままルカの腕を落とす。
「あら」
断面から鮮血が溢れる様を眺めがらも、まるで何事も無かったかのように拾い上げ、くっ付ける。
「応用幅が広いとやれる事が多くて助かるわ」
「⋯⋯痛くはないの?」
「無い。一時的に痛覚の無い身体にしてしまえばいいだけだし結構簡単なのよ」
「そこまでして、貴女は何を望むの?」
「⋯⋯二度同じ説明をするつもりは無いから、端折らせてもらうけど⋯⋯これが私の生きる意味なの。豊かに暮らしたいというのは、誰しも望むことでしょ? それだけの事」
ドパン
と再び銃口から炎が飛び散る。
「まあ私の場合は建前だけど」
「たて⋯⋯まえ⋯⋯?」
残った右足を弾丸で吹き飛び、チェルノは地面に倒れ伏す。
「そっ。ただ私は未知を解き明かしたいだけ。その辺りは他人の欲求、感情、欲望とかまあ色々を建前に使わせて貰っているだけ」
「貴女は⋯⋯狂っている⋯⋯」
「そうかしら。まあ、わからないならわかってもらう必要なんてないわ。それにしても⋯⋯」
ルカはチラリとチェルノを見て小さく笑う。
「決闘するまでもなく、あなたは弱っていたのね」
「ル⋯⋯カ⋯⋯」
「四肢と腹。もう立っているのも難しいと言うのに、立派じゃない」
肩や太ももからはだくだくと鮮血が溢れ、腹部は血液で布が滲んでいた。
「でもそうじゃなきゃ困るのだけれど」
ルカは手を伸ばしてチェルノの額に触れる。
「必要なのよ、あなたは」
彼女の痛覚を切り、意識を閉ざす。
倒れるチェルノを抱え、部屋の出口へと足を向けた。
「知識はあっても身体は貧弱だから、楽出来てよかった」
ふふん、と機嫌良く鼻を鳴らす。
わからないことをそのままにしておくのは、彼女のポリシーに反する。
「魔術師の身体は普通と何が違うのかしら。楽しみだわ」
ルカ・レシーア。
いや、呉島瑠楓の心は。
初めて開ける玩具箱を開ける前のようなワクワクに満ち溢れていた。
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