第5話 祖国、滅びる 〈追放サイド〉

「上手く……いったみたいですね」


 王座の御簾が開き、中から僧侶がふらりと歩み出てきた。王座に座った王は、既に死んでいた。


「ジン、あんたの王の真似、上出来だったわよ。魔法で声帯模写してるから、当たり前といえばそうだけど」


 ニーナはジンの方を向いて、にやりと笑った。


「ねえ見た? 私が蹴り飛ばした時のカナタの顔……傑作だったわ! 何も信じられない、みたいな顔しちゃって……」


 アハハッと高笑いする声が、次第に泣き声に変わっていく。


「私だって……私だって最後くらい、抱きしめてもらいたかったっ……! でもそうしたら、体温が変だってバレちゃうから……」


 泣き崩れるニーナに、体を引き摺るようにしてマリアンヌが近づく。そっと触れた肩は、氷のように冷たかった。


「ニーナさん、頑張りましたね。おかげで彼は二度と戻って来ずに、幸せになれますよ。スキルを失った彼だけが、私達の唯一の希望です」


 ケホケホと咳き込み、マリアンヌは口に手を当てる。真っ赤な血が流れ出てくるのを、血の目立たない黒いハンカチで拭った。


「私達の最後の魔力をかき集めて、彼に『幸運』の魔法をかけましたから……。今頃素敵なお嫁さん候補などと出会って、無事に隣国に入国していますよ」


「ふんっ、ムカつくわね。ムカつくし、悔しい……私が、カナタのお嫁さんになりたかったのに……」


 再び泣き出したニーナを、マリアンヌが優しく抱きしめる。


「マリア、あんただって……。あんたの夢だって、叶わなかった……」


「しょうがありませんよ。魔力の少ない子供達は、いの一番に亡くなってしまいましたから……。孤児院なんて、建てようがありません……」


「大丈夫。私達の夢は、カナタが全部叶えてくれますよ。幸せな結婚をして、子供達を育てて、世界の遺跡を巡って、美味しい酒を飲んで……」


 ジンが目を閉じながら、薄く微笑む。


「魔王討伐のため、魔力の多いメンバーの寄せ集めで出来たパーティでしたが……最後に仲間に嫌われて終わるなんて、損な役回りでしたね」


 僧侶は膝に手をついて、やっとの思いで立ち上がる。


「ああ、魔力も尽きましたし、死に場所を探しましょうか。一度、このふかふかのソファに座ってみたかったんですよね……」


「王座なんて……怒られるわよ」


「怒られるも何も……私達以外、みんな死んでしまったではありませんか。──ハハッ、でも残念ながら、王を引き摺り下ろす力も残っていないようです」


 王座から王を退かすのを諦め、ジンはその場に座り込む。


「最後くらい、柔らかい場所で眠りたかったなぁ。ああ……でも、眠い……。ガスターが戻ってくるまで、もつでしょうか。あの人……ああ見えて、寂しがり屋だから」


「……誰が、寂しがり屋、だって?」


 扉を両腕で押し開け、ガスターが入ってきた。空いた隙間から部屋に滑り込むと、扉にもたれかかってドサリと座り込む。肩で息をしながら剣を抱え込み、天を仰いで笑みを浮かべた。


「カナタは、ちゃんと隣国の前に置いてきたぞ。これで、最後の任務完了だ」


「あんた、優しい言葉とかかけなかったでしょうね。みんな我慢したんだから……」


「……」


「ちょっと!? 戻ってきちゃったらどうするのよ! 守ったはずの人たちが、みんな死んで……そんな状況を知ったら、優しいあいつがどうなるか……」


「大丈夫ですよ、ニーナさん。カナタさんには、この国の名を口にすることも、耳にすることも出来ない魔法をかけましたから……ここに戻る事も、噂話を聞くこともないでしょう」


「マリア……あんた本当に優秀ね」


「……恐れ入ります」


 二人は、震える体を温め合うかのように抱きしめ合った。だがしかし、最早相手の体温を感じることも、出来なくなっていた。


「マリア……私たち、頑張ったわよね。アイツが目覚めるまで、三年……何とか生き延びて……。それに、こんな最低最悪な別れ方をしたんだから……私たちのこと、全部忘れて、幸せにならないと……許さない、から……」


 ニーナの声が小さく、穏やかになっていく。他の三人の呼吸も、静かに、終わりに向かっていた。


「ええ、きっと。──さあ皆さん、祈りましょう。カナタさんの、幸せを。そして、願わくば……二度とこの地を……踏まぬことを……」


 その言葉を最後に、王国は静寂に包まれた。


 幸せになった元勇者が、名の言えぬ祖国を訪れるまで……。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あとがき


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 ハピエンと善人しか書いたことがない作者が、流行りの「追放」「ざまぁ」をテーマに書いたらどうなるかな?という、実験的な作品でした。


 短編の中にちっちゃい伏線をちまちま詰め込めましたので、少しでも驚いていただけましたら幸いです。

 (感想や評価等いただけますと、泣いて喜びます……!)


 最後に自作の宣伝で恐縮ですが……。


 こちらはハッピーエンド保証の、

「神が推す!悪役令嬢に仕立て上げられた聖女は、攻略対象者たちを“救済”します!」という長編を連載中ですので、気になった方は覗いていただけますと嬉しいです。


https://kakuyomu.jp/works/16817330650781770436


 改めまして……お読みいただきまして、ありがとうございました!

 



 

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【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた きなこもちこ @kinako_mochiko

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