第4話 勇者、祖国に帰る

「な……なんだよ、これ……」


 祖国に帰った俺は、あまりの光景に絶句していた。


 ・・・・・

  

 魔法の効力で国の名前が告げられない俺は、一人で馬を駆け祖国へと向かった。苦い思い出は時と共に少しずつ薄れていて、久々の故郷に胸が高鳴ってしまう。

 

 最初に違和感を覚えたのは、王都へと入る検問だった。いつも三人ほどが常駐していた門には誰も居らず、やけに廃れている。

 俺が暮らしていた時代は入国待ちの列が出来ていたものだが、他に旅人や商人も見当たらない。嫌な胸騒ぎを覚えながら、ゆっくりと王都への門をくぐった。


 ・・・・・

 

「嘘……だろ」


 王都の城下町は、見る影もないほど荒廃していた。


 綺麗に舗装されていた石畳は、雑草が石を持ち上げデコボコになっていた。街の名物だった美しい木造の建物群は雨晒しになって風化し、窓が割れている家もある。


 それに、人が一人も見当たらない。以前までは行商人や露店で賑わっていたのに、不気味なほどに静まり返っている。


 俺は震える足を引き摺りながら、行きつけだった酒屋に向かった。蝶番の外れたドアは半開きになり、風で僅かに揺れている。


「マ……マスター!!」


 カウンターの奥に見慣れた服装の姿が見え、初めて遭遇出来た人の影に、縋るように駆け寄った。

 肩に手をかけると、はぐらりと傾き、派手な音を立てて崩れ落ちた。


「ヒッ……」


 床に散らばったそれは、いつものハンチング帽とベストを着た、真っ白な骸骨だった。バラバラになった白い骨達に、脳の処理が追いつかず息が止まる。


 思わず後退ると戸棚にぶつかり、酒瓶が落ちて砕け散った。動揺したまま、俺はアルコールの香りのする水溜りの中に手を浸し、ガラスの破片を拾い集めようとする。


「これは……」


 とろりとした琥珀色の酒が流れていった先に、古い新聞が落ちていた。拾い上げて見ると、俺がこの国の魔王を討伐した直後の日付のものだった。


 そこには「不審な死 相次ぐ」と大きな見出しが踊っていた。続いて「魔王、最後の置き土産か」の文字が目に入る。


 ドッドッと音を立てる心臓の音がうるさい。ぐにゃりと視界が歪み、倒れ込むように近くの椅子に腰掛ける。


 新聞には、信じられない話が書かれていた。


 国中で、原因不明の死が相次いでいること。どうやらそれは討伐された魔王が、自らの命を犠牲にして放った最後の呪いではないかということ。

 

 魔力の少ない人間……小さな子供や高齢者が次々と倒れていく中で、他国から移住してきた者達には何も影響がないこと。

 どうやら呪いは……この国の住人なら誰でも持つ、「スキル」に反応して、発動していること。


 俺は新聞をカウンターに叩きつけ、店を飛び出した。力の限り手足を振るい、王城へと向かう。


 ──そんな……そんなはずはない。信じられない。信じたくない。


 息は切れ、酸素が脳にいかなくなり、思考が鈍る。

 ああ、それで良い。何も、何も考えたくはない。


 石畳から飛び出した石に躓き、受け身も取らず派手に転倒した。手のひらに、真っ赤な血が滲む。色の無いこの国で、俺の赤だけが生命を感じさせた。


「はっ……はは。冗談だろ、こんなの」


 力の入らない膝に手を置き、乾いた笑い声をあげたが、誰も応える者はいない。

 一度止まったら再び走り出すことは出来ず、ふらふらと亡者のような足取りで、城へと足を踏み入れた。


 ・・・・・


 城の中は最後に見た時と大差なく、赤や金の美しい色が保たれている。先ほどまでの光景が、やはり嘘だったのではないかと……頭に信じ込ませながら、謁見室の扉に手をかけた。


 大きな扉は僅かに開くが、中で何かが引っかかっているようだ。

 俺は最後の力を振り絞り、全体重をかけてドアを押す。ギギィッ……と鈍い音を立てて開いた謁見室には、大きく光が差し込んでいた。


「……ガスター」


 俺はもう、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。

 

 全身見慣れない黒い服に身を包んでいるが、五年も一緒に旅をした彼の剣を見違えるはずもない。手合わせの時に俺が付けた剣の持ち手の深い傷を、滲む視界でぼんやりと見つめる。


 ガスターは、白い骨となっていた。


 ドアにもたれかかり剣を抱きながら力尽きている彼に、俺は触れることが出来なかった。立ち尽くしたまま、ゆっくりと首を動かし……広間に目を向けた。


「ニーナ……マリア……」


 二人は、お互いを抱きしめるように倒れていた。

 最後……俺を追放する時に着ていた服だ。


「ニーナ、またそんな薄着をして……風邪をひいてしまうと、いつも言っているじゃないか」


 ふらふらと二人の亡骸に近づき、がくりと膝をつく。

 落ちた涙が白い骨に染み込んで、あっという間に消えていった。


「嘘だと、嘘だと言ってくれよ、マリア。夢でも良い、それなら早く醒めてくれ……頼むよ……」


 前を向くと、王座には白骨化した王が座っており、足元にジンと思しき骸骨が横たわっている。


「ああ……何も、何の意味も無かったんだな。これを俺に見せないために、みんなは……」


 冷たい大理石の床にうずくまり、拳を打ち付けて慟哭する。

 

「幸せになって、みんなを見返してやろうって……馬鹿みたいに仲間を憎んで、生きてきたんだ。何で、何で俺だけ、生きてるんだよ!!!」


 静まり返った大広間に、俺の叫び声だけが響き渡っていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


次回、追放する側のエピローグで完結です。

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