第3話 勇者、幸せになる

 一度だけ……かつての仲間に裏切られたことを、リコリスに漏らしたことがある。


・・・・・

 

 魔物討伐の為フルミナ中を旅していたが、王都に戻った際にはリコリスの働く宿場を必ず訪れることにしていた。

 

 その日大きな討伐を終えた俺は、ギルドを出たその足で宿場に向かう。

 久々に手強い魔物で、俺達が向かった時には既に付近の村に大きな被害が出ていた。血と死の匂いが漂う戦地から帰り、早くリコリスの生き生きとした笑顔が見たかったのだ。

 

「お帰りなさい、カナタ! ……って、すごいボロボロじゃない! ほら急いで、シャワー、ごはん、ベッドだよ!」


「待ってくれ! 自分で脱げるから……」


 汚れた服を脱がせようとするリコリスを必死で止めてシャワーを浴び、宿場の一階で食事をとる。


「ねえ、今回はどんな冒険だった?」


 テーブルに頬杖をついて、リコリスは俺が食事をするのをニコニコと見つめている。お腹が空いているので口いっぱいに頬張りたいが……そんなに見られると、食べづらい。


「そうだな……今回は古代遺跡の城跡の地下に、暗闇で光る水晶の洞窟があって……」


 俺は旅の中の「楽しい冒険」部分だけを、彼女に語ることにしていた。目を輝かせて話を聞くリコリスには、残酷で辛い死の匂いを感じさせたくなかった。

 

 彼女は丸い目をもっと丸く見開いたり、リス耳をピンと立てたり、祈るように指を組んでぎゅっと目を瞑ったり……コロコロと表情を変えながら、真剣に俺の話を聞いている。


「はあ……今回も、すごい冒険だったねえ……。お腹いっぱい」


 話を聞き終えると、リコリスは自分のお腹をぽんぽんと叩きながら、満足気にため息をついた。


「冒険話で、何でお腹いっぱいになるんだ」


「うふっ、冒険したい欲が満たされたのです。……でも、まだ面白い話隠してるんじゃない? ほれほれ〜」


 イタズラな目をしながら、リコリスは俺の脇腹をつついて話の続きを催促してくる。


「もうないって! それに、満足したんじゃなかったのか?」


「今度は別腹! デザートに、もっとハラハラするお話なーい?」


「じゃあ、昔の冒険の話を……」


 疲れた体にお酒も入り、思考が鈍っていたのかもしれない。リコリスをもっと楽しませてやろうと良い気になり、俺は祖国時代の冒険話をし始めてしまった。


 話を終える頃にはすっかり酩酊し、かつての仲間に裏切られ、祖国を追放されたことを口走っていた。

 言った瞬間頭が冴え切り、どうして言ってしまったのか……と、後悔する。

 ──酔いよ、せめて最後まで覚めないでくれ……。

 

 どんな顔をしたら良いのか分からず、テーブルに突っ伏して、眠ったフリをした。


 耳だけをそばだて反応を伺うが、何も聞こえない。

 急に黙り込んだリコリスが気になりこっそり目を向けると、彼女は声を堪えて泣いていた。

 

 見てはいけないものを見てしまったように感じて、俺は慌てて寝たふりに戻る。色んな意味でドキドキと鳴る心臓の音だけが、体に響いた。


 しばらくすると「つらかったね……」と啜り泣きながら、リコリスは俺の頭を撫で始めた。突っ伏している俺の腕に彼女の温かい涙の滴が落ちて、じんわりと広がる。

 

 ──自分の代わりに、涙を流してくれる人がいる。

 

 そのありがたさが、仲間に裏切られた俺には良く分かった。この人は、スキルも身分も関係なく、自分を大事にしてくれているのだ……。


 この人は、きっと俺を裏切らない。もう一度、人を信じて生きられるかもしれない。

 

 俺はリコリスを、大事にしていこうと誓った。


・・・・・・・・・・


 十年後。俺はリコリスと結婚して、三人の子供にまで恵まれていた。これ以上ないほど幸せで、時々この生活が怖くなるほどだ。


 俺の所属していた冒険者パーティは数年前、この国の魔王を倒すことに成功していた。

 

 その後の王との謁見は、祖国でのトラウマが蘇り心臓が止まりそうなほど緊張したが……。大いに褒められ賞与を貰ったばかりでなく、なんと大臣として雇用されたのだ。


 大臣とは名ばかりで、実際は騎士団の指導役をしているが……王はそれで良いらしい。魔王討伐の労いを、何とか形にしたいんだとか。

 ドワーフのバッカスを始め、他のパーティメンバーも何らかの役職に就いている。


 気の良い王は領地もくれようとしたが、丁重にお断りをした。俺には、小さな暮らしの方が合っているのだ。今はリコリスが働く宿場の近くに家を建て、家族五人で慎ましく暮らしている。


 十数年フルミナで暮らしてきたが、不思議と祖国の噂は耳にしなかった。聞きたくないからと、耳が勝手にシャットアウトしているのかもしれない。


「ねーえ? パパはどんな国で生まれたの?」


 リコリスに似て聞きたがりの子供達が、俺の膝に縋って尋ねる。


「うーん……遠い昔すぎて、もう忘れちゃったよ」


「ええ〜? そんなのやだぁ! パパの子供の時の話、聞きたーい!」


「私も聞きたいな。辛いこともあったけど……楽しいこともたくさんあったんじゃない?」


 リコリスが洗い物の手を止め、タオルで手を拭きながら尋ねる。すっかり母親の顔となった彼女だが、その微笑みは出会った頃よりも美しいと感じる。


「そうだな……でも本当に、思い出せないんだよ」


 祖国の記憶は、時間が経つにつれてもやがかかったように朧げになっていた。


 一度、里帰りをしても良いかもしれない。

 

 祖国を出て十数年……髪型や服装を変えていけば、俺だと分かる者もいないだろう。珍しい名前でもないし、フルミナの大臣と名乗れば、検問も通れるはずだ。

 マリアにかけられた魔法も、効力が薄れてきていることを感じる。


 最後に俺を気遣ってくれたガスター。彼がやっているだろう酒場に、こっそり顔を出してみようか。

 

「スキルが無くても、幸せになったぞ。俺は今結婚して、可愛い子供もいて、隣国の大臣をしているんだ」


 そう言ったら彼は、どんな顔をするだろう。

 仕返しのようで気は向かないが、彼らがした仕打ちと比べてみれば、可愛いものだ。ガスターとなら、また笑って酒を飲み交わせるかもしれない。


 ──ああ俺は、自分の幸福にすっかり浸ってしまっていた。祖国に行った自分が、どんな目に遭うのかも知らずに。


 



 

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