音
西しまこ
第1話
いつも、音が薄いベールの向こうから聞こえてくる。私はそれにただ反応する。
お父さん、ごはんですよ。
ああ、うん。
お醤油、要りますか?
いりたまごと言えば、るりはいりたまご作れるようになったねえ。
お醤油、かけちゃいますね。
チャイは知っとるぞ。ミルクティみたいなやつだろう。お昼休みに飲んだんだ。
なるべくこぼさないように食べてくださいね。
サイは動物園にいたかなあ。昨日、行っただろ、動物園。お前、覚えているか?
昨日もその前も動物園になんて、言っていませんよ。……食べれますか?
ああ、うん。その前、焼肉食べに行ったねえ。たくさん食べたよ。
外食なんて、しばらくしていませんよ。
そういえば、あの外套、どこに仕舞った? 黒いやつ。あれ、暖かいんだ。
外套……コートですか? コートはたぶん、クローゼットにありますよ。
蟻が部屋に入って来たんか? それは大変だ。砂糖でも置いてあったのか?
砂糖なんて置いていませんよ。蟻も入ってきていません。……ああ、こぼれた。
佐藤さんちの娘さんの結婚式はきれいだったねえ。
ああ、きれいでしたねえ。でももう何年も前のことですよ。
前野さんていうのはな、去年新入社員で入って来た女の子のことだよ。
そうなんですか。でも、あなた、仕事を辞めてだいぶ立ちますよ。
鱒寿司食べに行ったとき、お前はいなかっただろう?
ええ、鱒寿司なんて、食べたことありませんよ。
千円札は伊藤博文に決まっとるだろ!
……食べ終わりました?
ああ、うん。
いつもそうだ。
薄いベールの向こう側からの音に一生懸命に応える。でも、なんとなくうまくいっていない気もする。だけど、薄いベールがあることを悟られてはいけないと強く思う。
私はいつも懸命に音に応える。
あらゆる音は薄いベールの向こう側にあって、私のイメージと結びつけるのがとても難しい。
音がする 聞き覚えのある音をイメージする イメージしたことを口にする
私は正解しているのだろうか。――分からない。
……眠くなってきた。
近頃、寝てばかりいる気がする。
了
☆いままでのショートショート☆
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音 西しまこ @nishi-shima
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★84 エッセイ・ノンフィクション 連載中 128話
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