食べすぎるとバカになる


大陸共通歴3512年7月15日/木曜日


今朝もそれぞれの朝の勤行ごんぎょうを終えてグランビルの食堂で一日の予定を話しつつ朝食を摂り終える。

まず、雅達四人は冒険者ギルド王国本部に赴き本部長であるべへモードに挨拶をし、道中での目ぼしい討伐依頼などを請けようという腹積もりだ。

その後、グランビルに戻り次第、出発できる者から出発してしまうという流れに落ち着いた。

前日に梅酒を作ったそばから呑み干してしまうということを晩まで繰り返した結果、都合をつけてはポータルでこちらへ戻り個別で漬物講習の続きを行うことにしてはいる。

出発まで残ることになるAIを始めとした女性陣には王都にある迷宮ダンジョンの遠隔調査を指示した。

迷宮ダンジョンと聞いてソフィアはじめAI達は俄然、やる気を見せてドローンを大量に派遣し嬉々として情報収集に勤しみ始めてしまった。

雅達四人はそんな女性陣を残して冒険者ギルド王国本部へと向かった。

「なんかよ。ソフィアがすげえやる気出してんじゃねえかよ。クールっつうのが第一印象だったけどよ・・・あのテンションはなんなんだ?」

「降下してから、性格の変化が顕著だよな。あんな感じじゃなかったはずなんだが・・・」

龍も雅も困惑気味だ。

「より個性がはっきりしてきたよね。アサヒちゃんなんて言葉遣いまで変わっちゃってどことなくドジっ娘キャラみたいになってきてるしさ」

「アテナ君だってさぁ、女王様キャラの色が濃くなってない? まぁ、作戦行動に支障がないなら今のままでいいんじゃないかと僕は思うけどねぇ」

ラーシュの言葉にそれもそうだなと3人は同意した。

本部に到着し受付に向かうとすぐにベヘモートの執務室に呼ばれ、軽く挨拶を済ませた。

べへモードの風貌はというと身長は2.5メートルに達しようかという大男で着用しているシャツは筋肉で今にもはち切れんばかりに見える。

銀髪のオールバックで目鼻立ちはくっきりしており、対峙した者に威風堂々という印象を持たせる西洋顔だ。

ずっと静かに微笑みながら語るが、その目ははっきりと歴戦の勇士といった鋭さがある。

タイミングが良かったのか悪かったのか、彼はこの後王城へ向かわねばならず長くなると予想された会談も、ただ封印を解くことを強く念押しされたぐらいで然程の時間もかからずに終わってしまった。

一階に戻り、それぞれが目指す方角での依頼を物色することにする。

西を目指すリアムたちクリネップスはアンヴァルド領に

戻りゴースティンの街をも通過することになる。

そのクリネップスにはアーガスからの指名依頼が出ておりベヘモートから直々に請けるよう要請があった。

ラーシュ達ファプリーズは、王都から湖畔沿いの街道を使って北上する事を決めているが運良くクァンタスという商人の護衛依頼を請けることができた。

東へ向かう龍と南下する雅の2パーティーはシローヴィア伯爵領までは同じ街道ルートを行くことになってはいるも道中での依頼は一見も見つからなかった。

「そう都合良くは行かねえもんだな。ネヴェルフィア男爵領の街まで300キロちょいだし・・・いっその事行っちまうか・・・雅、お前らはどうするよ?」

視界に映る時計を確認すると10時を少し回ったところだ。

仮に11時にグランビルを出て時速50キロを遵守し走行したとしても夕方までには到着可能だ。

そう考えた雅は龍の考えに乗った。

「そうだな。戻り次第、さっさと出発してしまおう。お前らは、依頼者に会ってくるのか?」

「うん、僕はこれからアーガスさんに会ってこようかと思ってるよ。ラーシュはどんすんの?」

「僕もここからすぐ近くの場所みたいからさぁ、会ってくるよぉ。出るんなら気をつけることなんかないかもしらんけどさぁ、二人共気を付けてねぇ」

「まあ、ポータル使って戻ってくることも多くなりそうだけどよ。とりあえず、お前らも気を付けてな」

四人はギルドを出てそれぞれ別行動を開始した。

雅と龍は、グランビルに戻るとすぐにAI達から迷宮ダンジョンの調査結果を中途のログは転送されてきているにも拘わらず聞かされることになった。

迷宮の名は特に捻りもなく第ニ王都迷宮である。

第一迷宮は、69年前に顕現し踏破されることなくたった3日で消失したとの事だった。

その5年後、同じ場所に顕現した第二は消滅することなく現存し、すでに53層まで踏破されている。

49層までに現れる所謂、雑魚敵は大鼠にゴブリン、屍鬼、オーガが主で25層にトロールが配されているという。

50層には火属性の鋼鉄巨人ゴーレムが門番として立ちはだかるのだが、水もしくは氷といった弱点さえ気づくことができれば簡単に攻略可能である。

続く51層にはそこに水属性を持つ鋼鉄巨人ゴーレムが加わり二体同時攻略が必要となる。

さらに52層では風属性の鋼鉄巨人ゴーレム、53層で土属性の鋼鉄巨人ゴーレムが加わり、難易度が上がっていくとのことだ。

問題の54層ではその4体に雷の属性を持つ鋼鉄巨人ゴーレムが加わり、その雷への対処が課題となっているとの事だ。

「雷への対処つったら避雷針みてえなもんで雷撃を受けなきゃいいんじゃねえのか?」

「対象の動きは緩慢だし造り物である以上、先制してヤツの許容値以上の雷撃を加えて破綻させることができそうだけどな」

『一理あるよねぇ。まあ、そこは対峙した時に実行してみてって感じじゃないかなぁと僕は思うけどねぇ』

聞いていたのかラーシュが横槍を入れると同じくリアムも発言した。

『僕は重力制御魔術で動きを封じたらなんとでもなると思うよ』

「まあ、今すぐに攻略するわけでもないからな。まず俺たちのやるべき事に取り掛かることが先決だ、いいな」

移動中は魔の森にいるグランダッドリーたちにシュミレートさせることにし話を打ち切る。

ソフィア、エリーゼ、ミユキ、ユキの四人に支度をさせ残る3人に留守を任せて食堂から出る。

尚、まだ残っているリアムとラーシュに添島達への釘刺しを頼んである。

女性陣がシタクヲ済ませいよいよ出発と相成った。

グランビル正面玄関の車寄に出ると同時に乗り物全般好きな龍は、移動用にグランドローバー・アタッカー110のV8ガソリン仕様モデルをサブスペースから顕現させる。

発売当初は日本仕様はラインナップされずラーシュに頼んでアメリカ仕様をレプリケーションしたものである為、左ハンドルだ。

更にエンジンはガソリン仕様から水素仕様へと変更して折り、アクセルオフした時に発生するバラバラというバブリング音も再現している。

「お前、相変わらず乗り物好きだよな」

特に乗り物に拘りのない雅は呆れたように言いつつLAVを顕現させた。

「まあな。好きすぎてよ、もう何台入っているか俺もわかんねえよ。んじゃま、さっさと行こうぜ」

ニカッと笑いながら答えて龍は運転席に乗り込む。

それぞれ乗り込み終えると車寄せから発車し、そのまま街道を進みネヴェルフィア男爵領唯一の街シューシュに向かう。

何のトラブルもなく王族領の東隣領、スタイランド侯爵領内を流れるザク川に差し掛かったのは約2時間後で時計は13時を回ろうかというところだ。

「龍、腹減ってねえか? そろそろ昼飯にしないか?」

「そうだな。この先のアーレファイルンの街に昼過ぎまでに着きたかったんだけどな。この感じじゃ到着しても店なんか開いてねえだろうし、ここでなんか食うか?」

ザク川の畔に車両を止め、一行はこの場で昼食を摂ることにした。

「あの車・・・音は凄かったが乗り心地はいいし快適だったな。ところで何を食うんだ・・・食べるの? 空腹が極まっているぞ」

ユキの問いに答えず川面を見据えて思案する龍。

「流れるに例えるなら、流しそう麺なんてどうだ、龍?」

「流しそう麺か・・・アリだな、それ」

それならと二人がそれぞれサプスペースから取り出したものは、トウシシャの家族の流しそうめん器とひやひや流しそうめん器だった。

家族の流しそうめん器は高いところからスライダーで流れ落ち、中央に薬味の皿があるシックな黒の桶に溜まるのでザルが不要で便利だ。

もう一つのひやひや流しそうめん器は回転して流れるのだが素麺が流れながら涼しげに光るというギミック付きのものであり、初見であるユキやエリーゼは興味津々といったところだ。

鍋に湯を沸かして素麺を一束ずつ入れ、箸でかき混ぜ火を止めて蓋をして約5分ほど放置。

水に晒しながらヌメリをしっかり取り、冷水の入った鍋に入れ替えよく冷やす。

さらにサブスベースからラーシュから分けてもらったよく冷えた麺つゆを取り出す。

ラーシュ曰く、うどんや素麺など小麦粉から作られる麺はあっさりとした淡白な味わいなので、出汁の香りが強い汁がよく合い、蕎麦には蕎麦が持つ力強い風味に負けないような醤油の味わいをしっかり利かせた舐めると少し辛味を感じるぐらいが丁度いいということだ。

麺つゆと同時に薬味もそれぞれ茗荷や大葉、白髪ネギの千切り、わけぎの小口切りに刻み海苔、本わさびを揃えた。

「龍、その緑の辛いやつあんまり入れるなよ? あれはひどかったぞ・・・わ」

「お前が食ったあの寿司は、涙巻きつってちゃんとした巻寿司だ。ま、今回は汁に少しだけ入れて風味を楽しめや」

素麺初体験のユキとエリーゼはフォークで器用に掬っては麺つゆの器に入れて食べ進める。

ユキは刻み海苔を気に入り、エリーゼは本わさびの鼻にツンと抜ける爽やかさが気に入ったようでシンプルに素麺の味を楽しんでいる。

ミユキは大葉、ソフィアは白髪ネギが好みらしく素麺を掬っては薬味を追加して味わっている。

雅が箸を休めると茗荷が一番だと呟いた。

「やっぱりこの茗荷の苦味がなんとも言えないな。ガキの頃さ、食いすぎると馬鹿になると言われたけど実は大脳皮質を刺激する働きがあるアルフアピネンのおかげで集中力が高まるんだよな

「食いすぎると馬鹿になるってな、確かお釈迦様のお弟子さんの話だよな? 寺の倅としちゃなかなか縁のある話じゃねえか」

龍のこの応答をきっかけにユキの知識欲に火が付き、説明しろとしきりに乞うので雅はそれに応えた。

お弟子さんの名は周利槃特しゅりはんどく

彼は物忘れの名人であり、自分の名前すら覚えられなかったので名前を書いた札、すなわち茗荷を首からいつも下げていたという。

その彼が亡くなったあと、お墓から生えてきた植物の事を彼がいつも下げていた札にちなんでミョウガと名付け、彼の墓から生えてきたのだから、食べると馬鹿になるという話が生まれた。

が、その生えてきたのは実は生姜、こちらの世界ではニンガだったという説もあるのだと説明すると、その話を真剣な表情で聞いていたユキはまた一つ新しい知識を得たという満足げな表情を浮かべた。

「さて、お茶を済ませたらさっさとシューシュの街を目指そう」

食後のお茶をして出発すると街道には車列もなく、また盗賊の類にも遭遇することなくシューシュの街に到着したのは17時少し前で、門番に勧められた宿の【草癒亭】へと無事に投宿した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転移者支援クラン トゥ・アース運営日誌補足 NEO @tightloop

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ