漬け物仕事~おまけの梅酒~



大陸共通歴3512年7月14日/水曜日


それぞれの朝勤行ごんぎょうを終えて最後にビルへと戻ってきたラーシュをオダルが待っていた。

「ラーシュの旦那、待ってたんすよ」

「どうしたのぉ? 中に入って待ってても良かったのにぃ」

オダルの話では漬物仕事に興味を覚えたのだが門外漢の自分が入ってもいいものかと思っていたの事だ。

ちょうどそこに人数分の弁当を携えたロアリとガランがやってきた。

「兄さん、なんでいるのよ?」

「ああ…なんだ…その。興味あってよ」

弁当の内容はというと草竜卵の厚焼き玉子、七色光鱒の塩焼、タコ型腸詰め、家畜芋とナグーの肉じゃが、漬物としてつぶ瓜の浅漬けがキレイに並べられた幕の内弁当だと説明を受ける。

「教えられたとおり味付は濃い目にしてます。お昼に評価してくださいね」

「漬物はまだ浅漬けしか漬かってないんです。それでね、ロアリのやつが品書きの写真…ですか? 特にあの赤いのをどうしても作りたいと聞かなくて。それを聞いて私もどうせなら徹底的にと…ね」

「あの赤いのはぁ…これだよぉ梅干しってやつ。プルルの木ってあるじゃん? あの木の実を漬けたやつだよぉ」

「本当ですかい?! でもプルルの木の実ってあの熟すと黄色くなるやつっすよね? 本当にこんな赤いやつになるんすか…?」

食堂に行くとすでにほかのメンバーは待っており、そこには中谷夫妻の姿もあった。

「おはよう。オダルもいるのか、梅仕事とか漬物の漬け方に興味あるのか?」

「おはようございます。ええ、ちょっと興味がわいたんでさヒジリの旦那」

龍がその場にいる全員に聞こえるように挨拶をする。

「おはようさん、そうそう卵の手配もできるようにしてる最中だからよ。暫く我慢してくんな」

それを聞いて草竜の卵を代用しているロアリとガランは一気に破顔した。

「ねえ、カレシ。梅仕事ってなんの仕事するの?」

「梅仕事っていうのはさぁ。梅干しを漬ける作業のことを言うんだよぉ。時期が一ヶ月ずれてるけどねぇ。季節の行事のように扱われることも多いからだねぇ」

梅仕事というのはその年の5月から8月にかけて収穫した梅を使って保存食を作ることをいい、梅干しに限って言うわけではなく梅酒やシロップ、ジャムなども該当する。

「梅酒も作りたいかも〜」

「アサヒ君、梅酒は最後のおまけだな」

「だけどもよ。梅干しもしば漬けも赤しそを使うよな? やっぱり大原のヤツを使うんだろ?」

「そうだねぇ。ここはリアムのしば漬けから始めよっかぁ」

龍のこの問いかけには理由がある。

しば漬けは京都の大原が発祥だということだからだ。

龍が短絡的に京料理人の経験を持つリアムに振ったが話をふられたリアムも乗り気で返答する。

「大原の寂光院に出家した中宮、建礼門院さま…ああたいらの徳子さまに、赤紫蘇と塩で漬けた茄子を里の人が差し入れたら、その鮮やかな紫で彩りが美しくて喜んでさ。の葉漬けでしば漬って呼んだって話があるくらいだからね」

大原は紫蘇の産地であり古くから自然と保存食の材料にも使われていたことも関係するだろう。

スーパーで見られる胡瓜きゅうり茗荷みょうがの入ったものや緑色をしたしば漬けは調味液に漬けて酸味のある味付けをした調と呼ばれ、元々と呼ばれていた物は赤紫蘇と茄子と塩を材料とした乳酸発酵によってできる物でありと呼ばれ、区別されている。

「リアム、せっかくだからすぐき漬けと千枚漬けも披露したらどうだ?」

雅も悪ノリしたかのように提案したもののロアリとガラン夫妻はレシピが増えると知って大喜びの状態になった。

「それじゃあ、一番目はね。使うのはこれ。といっても下漬けの段階からだけどね」

リアムがサブスペースから取り出したのは茄子を2本、茗荷、キュウリ、生姜と塩だ。

取り出した野菜を水洗いし手始めに茄子のヘタを切り落としてから縦半分に切り、縦に6〜8等分に切ったのち、長さを半分にして水にさらしてみせると次に、生姜をせん切りにして茗荷は乾いた根元を少し切り落としてから、縦に4〜6等分に切ってみせる。

きゅうりは両端を切り落として、縦半分に切り、5〜6ミリ幅の斜め切りにしてみせてロアリとガランに同じように作業をさせる。

「茄子の水気を切ったら、すべての野菜をボウルに合わせて。そこに下漬け用の塩を加え、全体にまぶすように混ぜてね」

「まぶし終わりましたけど、この後はどうしたらいいんですか?」

ロアリが次に工程をリアムに問うと野菜の入ったボウルに平皿と重石を乗せてサブスペースに入れると時間を経過させてすぐに取り出す。

「重石は野菜の2倍程度の重さで乗せて冷蔵で漬けてね。半日程度で水が上がってくるからね。この水気を出すのが美味しくなるポイントね」

用意した40枚ほどの赤しその太い茎を手で除いてからよく洗って水気を切りるとボウルに入れて分量の塩をまぶしてよくもみ込む。

「アクを出すために一度ぎゅっときつくしぼっておいてね」

「おい、リアム。味醂を煮切っておいたからよ」

龍に礼をいうと下漬した野菜に煮切った味醂と酢を赤しそを合わせていく。

ロアリ夫婦に向き直り、これで本漬が完了したことを伝えるが、漬けていく途中で色や風味むらをなくすために、1〜2度途中で全体を混ぜるとよいと付け加え、2日後くらいには全体に色もなじみ。保存期間の目安は冷蔵庫で10日〜2週間ほどと説明した。

「すぐき漬や千枚漬けもいいけど、赤しそつながりで先に梅干しを教えたほうがいいんじゃないか?」

「それもそうだねぇ。それじゃあ梅干しといきますかぁ」

雅がなぜかサブスペースからごろごろと青梅を取り出すと、まずは洗う前に梅の黒いヘソを1つずつ取り除きはじめたので周りの者も見よう見まねで同じ作業をしていく。

洗ったら梅の実の水気を完全に取り除くため布巾で拭いていく。

梅の酸にプラスチックは弱いため、ラーシュは陶器製の壺を用意した。

「壺とか落し蓋、重石はちゃんと消毒してねぇ。それじゃあ、下漬けするよぉ」

今回は塩味をしっかりと感じる梅干しにするため梅の重量に対して18%の塩で漬ける。

容器の底に塩を薄くふるとラーシュはロアリに梅を並べるように指示した。

ロアリが並べ終えるとそこに全体にしっかり塩をふってまた並べるようにとガランに指示する。

これを繰り返して落し蓋をする前に梅が平になるように並べ替え最後の塩をふると落し蓋をした。今回漬けた梅1㎏にたいして2倍の重さの重石を乗せる。

「ホコリが入らないように気をつけてねぇ。これから2日ぐらい経つと梅から壺の半分くらい水分がでてくるけどそれを梅酢っていうのさぁ。3日分短縮するよぉ」

重石を半分ほどの重さのものに変えてサブスペースに壺を取込み時間を早める。

再び取り出し壺の中を皆にみせるとまたサブスペースに取り込みすぐにまた壺を取り出し蓋を開けた。

「ね、梅酢に梅が浸かりきってるでしょぉ? ここまでだいたい5日間ね」

「でも赤くないですよね?」

ラーシュがガランの疑問を受け、壺の中から1カップ、約200mlの梅酢を掬い取った。

「じゃーん。ここからが赤くする作業だよぉ」

梅の重量に対して最低10%ほど用意すれば事足りるが、今回は紫蘇の色と風味をしっかりつけたいので重量に対して2割つまり200gの赤紫蘇を取り出し枝から摘み取っていく。

摘み取った葉をため水の中で洗って汚れを落としざる上げして水気をしっかりと切り、さらに生活魔術のそよ風を当てて少し乾かし気味にした。

赤紫蘇200gに対して18%の塩36gを用意し、大きなボウルに赤しそを入れて塩の半量を加えてしっかりもみ込んでアクを出していく。

さらに赤紫蘇をきつく絞りアクを抜き捨てて、ボウルに戻し残りの塩を入れてほぐしながら揉み込み再度絞るとまたアクが出てきた。

別のボウルに絞った赤紫蘇を入れて先程の梅酢をボウルに加えてほぐし始めると見る見るうちに梅酢が赤くなっていく。

「もしかしてこれも一緒に漬けるから赤くなるというのかしら」

「そのとおりだよぉ。ここから一ヶ月ぐらいは漬けるねぇ」

「結構、かかるもんなんですね」

壺の中に赤紫蘇を入れてほぐしさらに赤くなった梅酢を戻し馴染ませる。

再び梅全体が梅酢にしっかり浸かるくらいの重石をのせサブスペースに取り込み時短し壺を取り出した。

「これが一ヶ月後の姿だよぉ。これを三日間天日干しするのさぁ。三日三晩の土用干しってやつだねぇ」

通常なら梅雨明けの晴れ間の見通しがある3日間を利用する作業だ。

大きめの平らな梅干し専用のザルの上に漬かって赤くなった梅を等間隔で並べて以く。日当りのよいところで途中2~3回ほど上下を返して干し、夜は室内に取り込む。これを3日間連続して行うと教える。

「赤紫蘇はどうするの〜?」

「これは別のざるに干してゆかりにしようかぁ。あ、ゆかりってのはさぁ、ご飯にふりかけると美味しいんだよねぇ」

「保存はどのくらい効くんですか?」

「食べごろは塩が馴染んだ3ヶ月後から始まってこういう容器に入れて日の当たらない場所で常温保存すれば何年かは保つよぉ」

密封できるガラス瓶を使うようロアリに渡した。

「そんなに保つなんてすごいわ。今から楽しみです!」

掻い摘んで教えてしまったがロアリとガランは二人とも真剣に聞いていたので大丈夫だろう。

「録画しといたから大丈夫だよ〜。ねえ〜、梅酒は〜?」

「俺はそっちが楽しみだぜ、ラーシュの旦那」

戦闘ではなくただの酒造りだが酒と聞いてオダルも黙っていられなかったようでやる気を漲らせている。

「梅酒は俺もがんこ楽しみだに」

「ほかの漬物は後にして梅酒作りにしようか」

ラーシュが取り出した酒は果実酒用のホワイトリカーつまり焼酎とブランデー。それ以外にも日本酒や白ワイン、ジン、ウォッカまで並んでいる。

ホワイトリカーでつくる梅酒はあっさりしていて飲みやすいのに対し、日本酒で漬ける梅酒はまろやかで旨味がある。白ワインで漬ければさっぱりかつまろやかで飲みやすくなり、ジンで漬けると味わいはキリっとシャープになる事が多く、また用いられるボタニカルにより香りや風味の変化が楽しめる。

ウォッカであればキリっとした風味になるジンとは違い、日本酒で漬けた場合と同様にまろやか、かつトロリとした口当たりを楽しめる梅酒になる。

取り出した梅は、完熟した黄色い梅ではなくまだ青々とした梅だ。

完熟した梅で作ろうとすると実が潰れやすく、エキスが濁ったり発酵過多になってしまったりと難易度が高く青梅の方が失敗が少ない。

続いて取り出したのはだった。

「ねえ、彼氏。なんで粉の砂糖じゃないの?」

「溶けやすい砂糖を使うと梅がもっと固くなっちゃって梅の味がでなくなっちゃうのさぁ」

溶けやすい砂糖やグラニュー糖を使用した場合、梅はいきなり糖度の高い液に漬けられることになる。そのため浸透圧により糖度を合わせようと急激に梅の水分は外へ出され、硬くしなびてしまうのだ。

対して、氷砂糖の場合はどうか?

漬けたばかりの氷砂糖がそれほど溶けていない状態では、浸漬液の糖度は梅の糖度より薄い。そのため浸透圧により水分やアルコール分が梅の中に移動し梅が少し膨らむ。その後、氷砂糖が少しずつ溶け出し梅の実よりも浸漬液の糖度が濃くなると、今度は逆に梅の実からエキスや芳香成分と結びついたアルコールや水分がゆっくりと放出される。

こうした2段階の浸透圧の働きで、梅の中の水分と浸漬液がゆっくり入れ替わることによって、香り豊かなコクのある美味しい梅酒へと変化していくのだ。

梅の酸味と香りを十分に浸漬液の方に引き出すためには、ごく薄い糖度の液から少しずつ濃くしていくことが望ましく、ゆっくり溶ける氷砂糖が適しているというわけである。

「飲み頃になるまで3か月から半年ほどかかるけどねぇ。今回はオマケですぐに飲めるようにするよぉ」

そう言いラーシュは定番の果実酒用の焼酎を選択。

そのほかの者は思い思いに日本酒、ウォッカ、ブランデー、白ワイン、ジンを選んでいる。

「氷砂糖の量は梅の重さの半分なら甘さ控えめになるからねぇ。甘めが良ければ8割ぐらいかなぁ。その前に」

青梅を洗う前には必ず4時間水さらしにしてアクを抜くこと。そして水分を拭き取ること。青梅を1日かけて天日干しすること。この三点は必ず作業に入れるようにラーシュは教えた。

一個だけ皆でおさらいのようにへそを取る作業をする。

ガラス容器に先に梅を入れて氷砂糖を乗せるを交互に繰り返す。そこに静かに酒を注ぎ終えたらしっかりとフタを閉め、冷暗所で保管。

「氷砂糖が溶けるまで週に数回程度、容器を動かして中の糖分を均一にすることを忘れずにねぇ。今日は半年分ぐらい進めちゃうけどねぇ」

サブスペースから出し入れして熟成させた。

オダルが待ちきれずに懇願するかのように味見をしたいと迫る。

当然、皆、期待に胸膨らませているのだ。

「それでは味見という酒盛りとしようか?」

雅のこの言葉とともに皆、出来立ての梅酒を口に運ぶとそのまま宴会となってしまったのは言うまでもない。

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