昭和世代

一行はクランビルに戻り食堂で朝食を摂りつつ今日一日の予定を話し合うことにした。

ユキとシラユキの竜姉妹が供物として用意した肉料理のミートボールのホワイトソース煮とオリーブオイルとレモン果汁でマリネにした羊肉を紙で包んで蒸し焼きにしたクレフティコを希望したので、ヤンソンさんの誘惑やタラモサラダといった供物として用意した他の料理も併せて用意した。

雅や他の者はリンゴンベリーを入れたオートミールとヨーグルト、トーストだけの軽めの食事で済ませることにした。

ソフィアがコーヒーを注ぎながら、王都の財務局と法務局の登記管理担当者と消防の立入検査の担当者をアーガスが連れてくると皆に改めて伝える。

「この世界でも登記はあるんだね、やっぱり」

「そりゃぁ、そうだろうねぇ。国だって税収は少しでも欲しいだろうしねぇ」

王国民の所得にかかる税は消費税と所得税があり、その仕組みは累進課税ではなく源泉徴収が原則だ。

「来客は代表者の俺が対応すればいいしギルドで依頼を受けるのは確定だけど、これからすぐに別行動するべきかそれとも暫く留まるべきかお前らはどう思う?」

雅のこの問いかけにほかの三人は口を揃えて焦る必要はないと答えた。

「まあ、僕らの名前を売るならここで依頼を数件、受けておくべきとは思うけどね」

「確かにこのビルだけじゃ、すぐにごくごく当たり前の風景になっちまって話になんねえもんな」

その後、すぐに出ることにしようかと雅が皆に言うとシラユキと話していたアサヒが思い出したかのように口を開いた。

「あ~! そういえば~昨夜~、ロアリさん達が~卵を使った料理を教えてもらってないし~、お漬物の漬け方も知りたいって呟いてたよね~」

「そうそう。なんかすごく残念そうに呟いていたよねぇ」

「あの二人、かなり気合が入ってやがるよな。せっかくだしよ、教えてやろうや」

「こっちの漬物は浅漬けとピクルスが基本だよね。ピクルスは三杯酢漬にも似ていると思うけど、まろやかな柔らかい味がして僕は結構好きだよ。甘さも控えめだしね」

こちらの世界にないものとして、梅干し、糠漬け、沢庵や壷漬の類や味噌漬けなどが皆の口から挙がった。

そんな話で盛り上がっているとアーガスが登記管理担当者と立入検査官を引き連れて来訪した。

「こちらの世界では所有者が申請するんじゃなく担当者が来るんだな」

「申請し忘れがなくっていいんじゃないのぉ? 全員で対応する必要もないし登記は雅に任せるとして消防検査の立ち合いは僕がやろうかぁ? あ、はいこれデータねぇ」

ラーシュが建物図面と各階の平面図に床面積や構造の表記が丁寧に記された書類を雅に渡す。

神殿や社寺はすべて遮蔽魔術にホログラムも仕込んでありただの雑木林にしか見えないようになっていて気づけないはずだ。

「必要なのかね…こんな詳細な書類」

「まあ、あって損はねえんじゃねえのか。ならよ俺とリアムはここの冒険者ギルドを冷やかしてくるか、いい依頼あったら何件かクラン名義で受けてくるわ」

「あんまりいい依頼がなかったらダンジョン攻略なんてのも良さそうだよね。あ、食堂の人間以外の土蜘蛛と影狼の面子は、全員外出させたから安心していいよ」

ダンジョンというキーワードを聞いた途端、AI達は目を輝かせたがすぐに雅に制される。

「そうか。ありがとうリアム。それとダンジョン攻略はあくまでも目ぼしい依頼がなければ…の話だからな、諸君」

アーガス達がリナルと名付けた受付AIに案内され食堂へと上がってきたので対応する。

「アーガスさん、ようこそ。今日はよろしくお願いします」

「タダシさん、こちらこそ朝から乗り込んできて申し訳ない。こちらこそよろしくお願いします。あ、弁当ですが好評でして契約しようかという方向で話が進んでいますよ」

「そうですか! 良かった! それを聞いたらあの二人も喜びますよ!」

ラーシュは来訪者に軽く挨拶をすると検査官を案内するため早々に席を外した。

龍とリアムはギルド受付をしていたエリーゼを連れて王都の冒険者ギルドへと向かった。

アーガスと同行してきたカムリと名乗った担当官は既に現地測量を専用の魔動機ですべて終えていると言い、つつがなくビル二棟と両アジトの登記の手続きが完了し無事に権利書を手に入れた。

小一時間程度で完了したわけだが同じようなタイミングで消防検査も負えたようでラーシュが担当官を連れて戻ってきた。

「こっちも終わったよぉ。アスターさん、火災報知器とか消火器とか何個か試作しておくから明日、また来てくれるぅ?」

ビル内に設けられた見たこともない火災警報器や消火設備を目の当たりにした担当官は王都の各施設にも取り入れるべきだと興奮気味なのに対してカムリは飄々とした態度を崩さないでいるが興味津々といった感じで目の色が変わっているのは誰の目にも明らかだった。

カムリと最後にアスターと名乗った立入検査官は次の場所に向かわねばならないと言いアーガスを残し去っていった。

「タダシさん、お疲れさまでした。店のほうに顔を出そうと思うので私も失礼しますよ」

「すんなり事が運んだのはアーガスさんのおかげですよ、ありがとうございます。なあラーシュ、どうせなら俺らも彼らの店で食うか?」

丁度、そこへリアムと龍が戻ってきた。

その後ろにはアジア人、それも日本人と思しき中年夫婦の姿があった。

「ただいま。ベヘモートさんにも会えなかったし、依頼も奉仕活動くらいしかなかったよ。まあ一応何件かは依頼票をもらってきたから目を通しておいて。そんなことよりもさ、なあ龍」

「ああ、皆。後ろのお二人さんは中谷さんつってよ。昭和60年の天竜市から転移したらしいんだよ」

「二人とも、ほらほら座ってくださいねぇ」

リアムに席を案内され中谷夫妻はおずおずと遠慮がちに座った。

「なにか飲み物でもだしましょうか?」

「いえ、お構いなく」

「天竜市つったらよ、春野町だよな…。中谷さん、春野茶でいいすか?」

食堂の棚から急須と人数分の湯呑を出して龍がミユキたちAIに指示を出して淹れ始めるとほどなくして夫妻の前に差し出される。

「どうぞ、お召し上がりください」

「まさか日本茶が飲めるとは思わなかったよ…。うまい…」

「本当に美味しいわね…。でも、これからどうしたらいいのかしら…」

夫妻の名は中谷・健司けんじといい昭和3年生まれの57歳、妻のほうは昭和6年生まれの54歳で静子しずこといって平静17年の浜松市に編入される前の天竜市二俣町で子宝に恵まれず夫婦水入らずで干し椎茸などの乾物も扱う酒屋を営んでおり、町の中を流れる二俣川の川沿いを散歩していた時に転移に巻き込まれたといった。

「目の前に突然、現れたんだよ。第一発見者が僕らでよかったと思うよ、ケンさん」

「未だに信じられねえけえがよ…本当なんだよなぁ。あんたらに声かけてもらわにゃ路頭に迷っていたところだに」

二人にまずは流人ながれびとの身分証明書の発行をしてこの世界でいうところの住民登録をしようということになった。

続けてラーシュが二人の魔力量と適正を鑑定するも、残念ながら魔力生成ができず元の世界への帰還は叶わないという結果になった。

「単刀直入に言うけどぉ、お二人とも天竜に戻れる可能性はぁ…ゼロに近いねぇ」

「そうですか…。おい! 静子!」

帰還は不可能と聞いた瞬間、相当なショックを受けたのだろう静子が気を失ってしまった。

すぐにサブスペースから簡易ベッドを取り出し静子を横にさせる。

「あっちゃぁ、直接的すぎたかなぁ」

ラーシュが後悔気味にぼやくと健司がそれを制した。

「いや、いつかは知る事になるんだしね…。だから気にせんでください」

「そう言ってもらえるとこちらとしても助かりますよ」

ショックを受けているも気丈に振舞っているのがありありとわかる。

そこにサヴァンの来訪があり、リナルが彼を連れてきた。

「店らしい物件がスラムの外れに突然現れたらしいんすよ。看板の字は読めねえが酒や乾物が並んでるらしいんで旦那方ならわかると思いましてね。ウチの若いのが今、抑えてんで被害は出てねえです」

「僕とラーシュが行ったほうが良さそうだね」

「ありがとうお手柄だ、サヴァン。二人とも頼む。中谷さんも一緒に行かれますか?」

雅が健司に問いかけるとすぐに同行の意を示したのでまだ気を失って横になっている静子を残してサヴァンを含めた四人は確認のために離席した。

四人が出かけて10分ほどしたところで静子が目を覚ました。

「ごめんなさいね。荒唐無稽すぎてショックで…。あら、あの人はどうしたのかしら?」

「静子さん、健司さんは今、ウチの者と出かけています。どうやらあなたがたのお店もこちらの世界に転移したようですよ」

「そうなの? 家とお店があってもこれからどうしたら…」

まだ、不安が勝るようで青い顔をしたままだ。

すると、そこにリアムから連絡が入った。

「雅、やっぱり二人の店だったよ。敷地の空きスペースに建物を転移させちゃっていいよね?」

雅は了承するとともにすぐにAIに座標を確認しリアムに連絡するよう指示するとミユキとアテナが表へと出ていきしばらくすると戻ってくる。

静子を含めた残りのメンバーは窓際に移動し敷地内の様子を見ているとミユキとアテナが戻ってきたのと同時に中谷商店と看板が掲げられた建坪が7坪ほどの店舗併用住宅が転移し姿を現した。

店先にはビールとジュース、煙草の自動販売機も並んでいる。

「あ! あれは私たちの家です! 何で?」

「静子さん、後ほど健司さんにも話しますが、申し訳ないんですけどあなたがたの家はこの後別の場所に保管します。それで隣のビルの一室を提供します。それでビルの一階部分に商品を移して暫くはそこで商売するというのはどうでしょう?」

「家を保管? 商いの件は…そうですね…帰れない以上はこちらでなにかしら稼いでいかないとなりませんから…でも、仕入れもできないし…主人とも話さないと」

「雅、話を急ぎすぎだぜ? とりあえず先に物件確認しながらあいつらが帰ってくるのを待っていようぜ」

事の次第を静観していたアーガスに快諾を得ると全員、物件確認のために表へ出た。

物件の前にいくとすでに突然現れた物件をソエジマ組や土蜘蛛、影狼の若衆が遠巻きではあるが恐る恐る様子を伺っていた。

「旦那方、いきなり出てきたあの店みてえなのは何なんすか?」

「ああ、あれは俺たちの世界から来た建物だよ、俺たちのビルと似たようなもんだ」

そのやり取りを尻目に静子は施錠して中に入っていくと店内をぐるりと見渡し少し安堵した表情を見せた。

「これ夕日酒造の窪田じゃねえか。確か、昭和60年のリリースだったんだよな、この酒」

「その辺はリアムが詳しいだろうな」

店内をあらためて見渡すと酒類と乾物に乾きものやスナック菓子にチョコレートなどの菓子類、菓子パンや煙草が整然と並べられている。

「この年までエイトスターって200円だったんだよな。61年に20円値上がりしたけどよ。それが3倍、5倍、10倍って値上がりするとはな」

「ガルビーの野球チップスにガールのカレーがけにチーズがけ、うすーいしおあじなんてのも並んでいるな」

シラユキとユキを見やると干し椎茸を見てミユキに何に使うか説明を求めそれに応える。

「主な使い方はお出汁を取る事に使うんですよ。水で戻して煮物にしたり炊き込みご飯にして食べたりね。肉厚ななんてとっても美味しいのよ」

「そう言われると食べてみたくなるもんだのう…わ」

するとそこに困惑した表情の静子が戻ってきた

「異常とかは何もないけれど部屋の電器つけたら灯りがついたんですよ。何でかしら?」

「ああ、ここの電源を取れるように復旧させたんですよ、冷蔵物のビールやご自宅の生鮮品なんかダメにしたら勿体ないですから」

「まあ! 電気を通してくれたんですね! でもどうやって…?」

自家発電している電気を分配しているだけだと端的に伝えると視慣れた自宅を確認できたことで安堵したらしく静子の顔色に生気が戻ってきている。

「静子さん、エイトスター一箱もらえねえ? はい、これ2千円ね」

「え? 200円よ?」

「ああ、俺らのいた年代では2千円だったんすよ」

そんなやり取りをしているところに出かけていた者たちの乗ったエアラブが戻ってきた。

その後ろには健司が配達で使っている月産のサントラックが止まった。

「お、サントラじゃねえか。いい車だよな」

「A12エンジンもいいしパーツも豊富だし何よりFRっていうのがいいよな」

健司は車から降りるや否や、静子に駆け寄る。

「静子、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫だから心配いらないわよ。家の無事も確認できたし」

「店を見た時にはホッとしたけえが、お前が無事な事のほうがよっぽど安心するだに」

エアラブをサブスペースに仕舞ったリアムとラーシュも二人の様子を見てにこやかな表情を浮かべている。

「だるまにドリス、レッド、スーパーミッカ、それにガミュ、赤玉バンチってじつに昭和だね」

「プラッスィは米屋でよく売られていたからさぁ、さすがに置いてないよねぇ」

二人がやり取りしている間に、雅は静子に言ったことを健司に伝えると健司は暫く思案したものの雅の提案を了承し専用ビルの一室に居を構えることにした。

部屋の構成をラーシュが主導して改装し、元の自宅を再現しつつリビングやダイニングを広めにし、キッチンも静子の要望を最大限考慮しつつ作り替えた。

快適性や利便性は段違いのものとなり、二人にも満足してもらえたところで昼食にしようと隣のロアリとガランが営む食堂へと赴いた。

「皆さん、いらっしゃい! アーガス様もよくいらしてくれました。さ、どうぞ中へ」

「おい、静子。あの人が話した言葉よ、日本語だったよな?」

「そう聞こえたけど日本語とは違う口の動きをしていたわよ」

二人とも言語技能スキルを持っているようで大陸共通語と言われるこちらの言葉を理解しているようだ。

「さすがに彼らは日本語を話していないですよ。二人とも言語技能スキルを持っているようですね」

「そ…そうなんですか…。たまげたな…でも、言葉がわかるのはありがたいな、静子」

案内されたテーブル席に着席するとメニュー表の文字も読めるようで並んでいるメニューに馴染のある料理がならんでいて驚きを隠せずにいる。

「こりゃ驚きだに。生姜焼き定食に、唐揚げとかトンカツとかならんでるじゃねえか。別世界に来たはずなのにどうなってんだ?」

「あら、オムライスなんてのもあるわね。松菱百貨店のを始めて食べてからずっと好きなのよね」

健司は焼肉定食、静子はオムライスを選ぶと他の者も思い思いに食べたいものを選ぶ。

「ロアリさん、これで頼むよ。そういや漬物の漬け方を知りたいんだって聞いたけど?」

「ええ。今は食堂で出すものも弁当に出すものもうちで漬けたものを使っているんですけど幕ノ内でしたっけ。あの丸くて赤い漬物だけじゃなくて添え物もできるだけ同じく揃えたいんです。それにまだまだ教わっていない料理もありますので吸収したいなと」

「今夜も営業すんだろ? つうか明日も営業するんだろうし教えるとしても別の日のほうがいいんじゃねえか?」

龍のその疑問にロアリは明日は身内に弁当は届けるが店は臨時休業にすると即答した。

「すごい気合だねぇ。ていうか新しく仲間になった二人だよぉ。ケンジさんとシズコさん夫妻、乾物屋と酒屋営む予定だからさぁ、よろしくねぇ」

ロアリと中谷夫妻はそれぞれ自己紹介を交わしお酒の事や漬物なら私たちも手伝うと息巻いた。

ロアリが席を離れて厨房のほうへ行き少し落ち着いた静子を含めた皆が談笑し始める。

しばらく黙って考え込んでいた健司が静子に思いついた考えを話す。

「酒屋じゃなくて立ち飲み屋なんてのもいいかもしれねえな。缶とかビニールパックなんてこの世界にねえだろ? だったら直接売るんじゃなくて乾きものや菓子なんて皿に出して捌けばいいんじゃねえか」

そこに料理を運んできたロアリが名案だと言わんばかりに健司に提案した。

「それならウチにお菓子類を卸してくれれば捌くし、お酒も提供できるようになりますし!」

「でも、在庫は限られているし売値がこっちと違うんだよね…そこが問題だな」

健司も静子もどうしたものかと考えあぐねているところにラーシュとリアムが助け舟を出す。

「こっちの通貨基準は日本と変わらないから安心してねぇ。それに卸値じゃなくて売値で卸せばいいよぉ」

「在庫の問題も今ある在庫をサンプルで一つずつ貰えたら、こっちで調達して二人に渡すから問題ないですよ」

ただ通貨価値が二人のいた昭和60年と差異があることが懸念されるため、後ほどすり合わせをすることとした。

ロアリがオーダーしたものの残りを運んできた。

「ソエジマさん達は美味しいと仰ってくださったけど、後ほどお師匠がたの感想を教えてくださいね。それと明日は休みにしたのでガラン共々お願いします!」

「ロアリさん、後ほど話があるのでガランさんにもそう伝えておいてください」

契約の件だろうと皆、察知したが門外漢であるので口をはさむことを控えた。

食事は概ね好評だった。

概ねというのはやはり卵料理に関するものでふんわりした感じが足らず卵の味も控えめで物足りなかったというものだった。

オダルたちが評判を流布しているおかげか絶え間なく新規の客が足を運び今までに味わったことのない料理を口にして口々にうまかったと帰っていく様をみていると安泰だろうと誰もが感じた。

「さて、ビルに戻る前に二人の登録を済ませてからすり合わせしようか。アーガスさんは彼らに話しがあるんですよね? なんだか随分お待たせしてしまって申し訳ない」

「いえ、なかなか見られない光景を目の当たりにしましたし昼食をここでとるつもりでしたから問題ないですよ。それと流人ながれびとの登録ならここから数分北に歩くと詰所がありますからそこで登録可能ですよ」

「ありがとさんよ、アーガスさん。また時間できたら遊びにきてくれや、酒でも飲もうぜ」

「ええ、また近いうちに」

店にアーガスを残し二人の登録を済ませ通貨価値と物価水準のすり合わせを行いその日一日を終えた。


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