四社詣
大陸共通歴3512年7月13日/火曜日
早朝に起床した一行は、朝食を摂る前に敷地内の鬼門となる北東へと向かった。
そこには、東北守護神であり欲界の第六天に住む天神、シヴァ神(仏教でいう大自在天)もしくはルドラ(忿怒の火神・風神)である
ソフィアとエリーゼが奉納南無伊舎那天とイーの梵字の書かれたのぼり旗を御堂の両脇の地面に刺して立てると、雅がオン・ロダラヤ・ソワカと伊舎那天の真言を21度唱えて法力を込める。
「空気が変わった気がするわ」
ローラと共に色とりどりの花や果物を供えたミーナが呟く。
「伊舎那天様そのものの力を込めたわけではないけど御加護は、得られると思うよ。次は…ラーシュの番でいいか?」
「そうだねぇ、行きますかぁ」
南隣にはサヴァンやオダルたち影狼のアジトがありオダルの妹、ロアリ夫婦が店を構えているが、まだ仕込みの時間にもなっていないようで人気はない。
真北にはノルウェー西部の主要都市オシュタに近いオーサ村で発見された長さ14メートル、幅8メートルで、高さは最大12メートルに及ぶオーディンと、トールやフレイヤなど主要な十二神を祀る神の家が建つ。
「さすがにのぼり旗はないよね、ラーシュ」
「ルーン文字とアルファベットでっていっても縦書きにするわけにもいかないからねぇ」
アサヒとシラユキがスウェーデンの伝統的な
「ねえカレシ、このお肉料理なんだけど美味しそうよね」
「コケモモのソースのちょっとした酸味が合わって美味しいんだよねぇ」
古竜姉妹のほうは花より団子のようでミートボールに興味津々だ。
ラーシュが魔力を神殿内に行渡らせると神殿内の空気が一機に変わった。
「やっぱり、空気というか…いえ、これは神気よね」
「力強い気でありますな。そして、どことなく人の気にも通じているような感じも致します」
ミーナやローラ、ハルロの三人は、ラーシュや雅たちに及ばないものの確かに神気を感じ取っている。
「フレイヤって女神様は美と愛を司ってるんだけどさぁ、欲望のままに行動する奔放な女神って言われているからねぇ。神様達の人間臭さみたいなとこを感じているんだと思うよぉ」
「トール神も短期だって言われているよな」
「そうだね。オリュンポス十二神もアフロディテとアポロンの双子神の喧嘩の話もあったりするし。次は逆時計周りになるけど、僕の番でいいかい?」
「問題ねえよ。裏鬼門のこともあるしな」
巡る順序を決めた一行は、敷地内の真西へと向かう。
神の家の西、つまり北西部にはアクニとスヴェーズィたち土蜘蛛のかなり広い模擬演習場を備えているアジトがあるが、未だ敷地内中央部には適当な広さの公園を作れるほどの余裕がある。
その南隣にギリシャの首都アテネに存在するアテナイのアクロポリスへの聖なる入り口として白い大理石と青い大理石で建設された美しい
この前門は、神殿と関係性を強めるという意図で神殿と同じ幅で設計されている。
外周面の柱は、礎盤がなく日本の法隆寺の金堂や五重塔の円柱にも見られる柱身と同じくエンタシスという技法を用いた膨らみを持った柱身に簡素な柱頭をもつドリス式のものだ。
出入り口を繋ぐ中央の通路の柱だけは礎盤がつき、渦巻き装飾の柱頭をもつイオニア式で建造された柱が使われている。
神殿内に入ると、ストックから供物の料理を出していく。
ギリシャでは神のお酒と呼ばれるワイン醸造の工程で潰したブドウやレーズンの残滓にセリ科の多年草である
「おお。この肉も美味そう…ぞ…だわ。変態、これも食べないのかえ…かしら?」
「これは十二神に捧げる供物だからね。食べたいなら後でね」
リアムは
すると呼応するようにミーナとローラ、ハルロの異界三人組の魔力が溢れ出す。
溢れた魔力はリアムの込めた魔力のもとへと流れていくと十二神の像を取り囲むように15の異なる色の大きな光と、さらにその周りに72の小さ目な光が現れた。
「な…何なの? 変わったのは神気だけじゃない…温かくて優しい光が…」
三人が狼狽するなか、得心したようにラーシュが口を開く。
「なるほどぉ。十五代天使だけじゃなくて九大天使の三天使も揃って七十二守護天使まで御光臨とはねぇ…これは予想外だったよぉ」
聖書や外典で登場する第九位天使長の聖ミカエル、聖ラファエル、聖ガブリエルの三大天使に外典に登場するウリエルが加わると四大天使に、チャミュエル、ザドキエル、ジョフィエル、 サンダルフォン、ハニエル、メタトロン、アリエル、アズラエル、ラジエルを加えた大天使が十五大天使と言われ、また先述の三大天使に、ハニエル、メタトロン、ラジエル、ビナエル、ヘズディエル、カマエルを加えると一年間を9つに区切った期間に誕生した者をそれぞれ守護する九大天使と呼ばれる。
そして更に一年間を72の期間で区切りそれぞれの期間に誕生した者を守護する天使たちまで異界の地でありながら加護を授けてくれた事はこの場にいるすべての者にとって予想外の事であった。
「なんかよ、すげぇ恵まれてんな。俺ら…」
「これは…ここまで力を貸すのだから、お前ら遊んでないで最後まできっちりやり通せってことなんだろうな…」
「だろうね。ミーナ達も僕ら並みに力が増したようだし」
異界の三人も自身から湧き上がる魔力とこれまでにないような身体の活性化を感じておりリアムの言葉に同意する。
「さてさてぇ、次は裏鬼門だねぇ」
天使の光が馴染み消えると神殿内の神気も落ち着いた。
一行は神殿を出て
ソフィアとエリーゼが鬼門と同じく奉納南無羅刹天とニ・ニリの梵字の書かれたのぼり旗を御堂の両脇の地面に刺して立てると、同じく雅が真言を21度唱え法力を込めていく。
「オン・アラキャシャ・サヂハタヤ・ソワカ」
すると鬼門の伊舎那天と同じく御堂に力が宿る。
「お線香だけで御堂には供物はしないのね?」
「無信心ではいられないぞ? もしそうなら羅刹天様に食われるからな」
「なぜぞ…なの?」
「そりゃあよ、なんせ羅刹天様の好物は人の生き肝なんだからよ」
羅刹天が羅刹と呼ばれる鬼神の頭領であり男性の姿が
その鬼神が仏教に帰依し、逆に凶悪な煩悩を食い尽くす善神として仏法の守護を行い、八方天、そして十二天の一尊として西南方つまり裏鬼門を守護することになった。
観音経では、航海中に暴風に遭って羅刹の島に漂着したら、自ずと全員が食い殺されることになるが、漂着した人の中に一人でも観世音菩薩に祈る者が現れれば羅刹を遠ざけ漂着した全員が無事帰還できる事になるという話がある。
「これだけ御加護をいただいているんですもの。無信心でいられるほど恩知らずはここにはいないはずよ」
ミーナは皆に聞こえるようにいうと東隣に聳え立つ仁王門を見ている。
その御堂から見た東の敷地は圧巻と言ってもよいほどのものだ。
「悪いな、次は回るところが多いぞ」
「気にすんな。俺んとこも結構、
一行は、阿吽の金剛力士像が安置される仁王門を抜け、次に増長天・広目天・多聞天(毘沙門天)・持国天の四天王が安置される中門をくぐり抜けて、境内に入る。すると眼前に薬師如来を祀る金堂が飛び込んできた。
「まずは
「右手で柄杓を持って左手を洗って、右手を洗う。次に左手で水を口に運んですすぐ。最後に左手を洗い流すして終わりだ」
一連の行動をしながら
雅を筆頭に常香炉に線香を上げていく。
「ユキ、シラユキ、さっきの
龍が常香炉の一部分を指差し二人に見せた。
「わあ、本当ね。でもリュウちゃん、
「な…ねえリュウ、この御方にも名前はあるのかえ…かしら?」
龍が様々な動物と交わることで生まれた龍生九子の第五子で、
金堂のその奥を見やると御影堂が建ち、東に視線をやれば真言密教のシンボルである根本大塔が目に入る。
根本大塔の内陣は胎蔵界の大日如来、四方に金剛界四仏である
根本大塔の隣には愛染明王を祀る愛染堂が視え、その愛染堂の向かいには不動明王とその眷属である八大童子を祀る不動堂が建つ。
愛染堂から
そして東端に本尊の
視線を西に向けると准胝観音を祀る准胝堂、孔雀明王を祀る孔雀堂、そして金剛界大日如来と胎蔵界4仏を祀る西塔が建ち並び、境内中央には三鈷杵のように木の葉が3本になっていることから三鈷の松と呼ばれる大き目の松の木までが植えられている。
全ての御堂で経を唱え法力を込め終えたのは二時間ほど経ってのことだったが、一行は特に疲れた様子も見せることなく龍の希望で最後にまわした八大龍王社に向かう。
祀られている龍王神は、千手観音の眷属である二十八部衆の一尊で歓喜の意味を持つ
亜歓喜という意味を持ち、釈迦如来の誕生の際に甘露を降らせて祝福したと言われる難陀の弟にあたる
大海という意味を持ち、恵みの雨を降らせて人々を飢餓から救ったといわれる竜宮城に棲む
この世の中心にある
視毒という意味を持ち、その意味の通り、凝視した相手を絶命させる力で人々を惑わす邪鬼を退治するという役目を担う
ヒマラヤの北にある
人々に信仰心を芽生えさせる役目を担い、阿修羅が須弥山に海水を押し寄せながら侵攻してきた際に、その身を踊らせて海水を押し戻し帝釈天を守護したという大力の意味を持つ、慈悲深さが特徴の
青蓮華という意味を持ち、仏教世界のすべての土地神に降雨の指示を出す青い蓮華が咲く美しい池に棲む
「オン・メイキャ・シャニエイ・ソワカ」
ここでは雅だけではなく龍神より加護を授かっている龍も加わり真言を21度唱えた後、龍神祝詞を奏上した。
「
祝詞を奏上している最中、龍や雅だけではなく、ユキとシラユキにも竜気がさらに強大になるという変化が起き、二人は誰に教わるでもなく八大龍王の真言を一心に唱えて続けていたが、奏上が終わると二人とも糸が切れたかのように気を失いその場に崩れ落ちたが暫くすると気を取り戻したのか起き上がった。
「ユキ、シラユキ! 大丈夫なの?」
「あ、うん。大丈夫だから、ごめんねえ」
「あなた達、人が変わったかのように御真言を唱え続けていたわよ」
「そうなのか…だったの? 大丈夫よ、心配かけて済まぬ…ごめんなさい。でも前よりも強くなった気がするぞ…わ」
一行は二人の無事を確認すると東の神社へと向かった。
壇上伽藍の東隣りにソエジマビル、
最後にスパイラルタワーズの裏手に場所までくると笠木と島木の両端がそりあがり曲線になっている明神鳥居の両脇に鳥居を持つ奈良県桜井市三輪の大神神社のような三輪鳥居が立ち、東京都品川区北品川の品川神社の双龍鳥居と同じく左右の柱には昇り龍、降り龍が浮かび上がるように彫られている。
龍が一行を鳥居の前に止まるように言い、深めに頭を下げながら
「神の
三輪鳥居をくぐり抜けた境内には、清廉な水を湛えた
修祓の儀である。
「
まず、神座である本殿を祓い、次に伊勢神宮の神嘗祭の
次に
降神の儀に移るのだが、ここでは龍が降神詞もなく加護を受けている八百万神の祓戸四神の神力を本殿へと込めていく。
本殿の空気が変わったことを確認すると
「
「龍、これで祓戸神社はオーケーなんだよな。けどなんで俺が斎主なんだ?」
「お前、階級も上だし俺らのリーダーだしよ、坊さんだからいいじゃねえか」
「まあ…いいか。この後も外宮、内宮、奥宮とあるんだろ? 次行こうぜ」
外宮に向かって歩きだすとミーナが供物に関して興味を覚えたのか龍に問うた。
「確か、神社と言うのよね。こちらでは、料理ではなく生米や御塩をお供えするのね」
「今回はもみ殻をとった
「菓子は昔、くだもの」と呼ばれて木の実を意味していたんだよね、確か」
「そうだぜ。干し柿みてえによ、菓子は果子であり、果物がすなわち菓子であったからでよ。時代が進むにつれて例えば…うめえ棒みてえな人工の菓子が出てきて菓子と果物が区別されるようなったっつうこったな」
「成程ね、豊穣や安寧を願うのは万国共通でも、それぞれの神様や仏様によって違うのね」
「そういうことだろうねぇ。人も神様も同じってことなんじゃぁないのかなぁって思うよねぇ」
この後、外宮、内宮、奥宮、残りの摂社にも同様に神力を込め各々、祝詞の奏上を行っていった。
勿論のことだが、稲荷神社には稲荷祝詞を、九頭龍神社には龍神祝詞を奏上したことは言うまでもない。
「さて、俺たちも朝飯とするか」
「我…私も、もうおなかが空いてたまらんぞ…じゃなくてたまらないわ」
「結構おいしそうなお供え物もあったもんね、お姉ちゃん」
一行はクランビルに戻って神の家と神殿に献上したものと同じメニューいただくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます