第4話 【SIDE冬夜】その眼鏡、僕の前以外では外しちゃダメだよ?
「もう! もう! 最初から言ってくれたらよかったじゃないですかぁ!
「ごめ、ちょっと、お腹、くるし……ふっは!」
こ、呼吸が……息がっ!
悪いけど、悪いんだけど!
この子、おもしろすぎる!
「ご、めん! 今、止め……げほっ! げほ!」
しまった、むせた!
く、苦し……。
「だ、大丈夫です、か?」
そうっと。
そうっと、背中をさすられている。
ビクリ。
予想外のことに、身体がこわばった。
ビクリ。
手が離れていった。
違うんだ。
イヤな訳じゃない。
「……ごめんなさい。夜がむせた時、いつもお母さんやお姉ちゃんがこうしてくれて。すごく
「……違う、んだ。体がビックリしただけ。イヤじゃないんだ」
すぐにそらされた瞳の奥にある何かに、胸がざわつく。この表情を、この目を、僕は身近で見たことがある。
「そうなんですか? それならよかったです」
ホッと胸を撫で下ろす彼女。
でも、その瞳の奥の色は、変わらない。
「勘違いさせてごめ……げほ! ごほごほっ!」
「無理に話すからですよ! さすります!」
彼女の手がまた、優しく僕の背中を上下する。
ごめんね。
この
●
大滝さんは、話がある、と言った僕に付き合ってくれている。売店にパンを買いに行った僕を、待っていてくれた。律儀な子なんだろう。
僕は、告白ゲームを止めたくて、ここに来ただけなのに。
自分のウソに、また胸が痛む。
そして、なぜか。
表情がコロコロと変わる、
●
「その時にですね! 真っ黒クロスケがよろよろ近づいてきたんです! 心配するじゃないですか!」
「うんうん」
猫のことを生き生きと話をするようになった大滝さん。本当に猫が大好きなんだろうなあ。
「それで手を差し出したら、夜の顔に『にゃあああ!』ってしがみついてきたんですよ! 朝から、にゃあときゃあ! の大合唱ですよ!」
「あはは!」
「ここは同情するところですよ! 笑うところではありません!」
一人分スキマがあいたベンチに腰かけた大滝さんが、両手を上下に振りかざして悔しさをアピールしている。
この子は、感情の表現が豊かだ。
頬を赤くして、顔いっぱいに笑う。
はにかんでうつむいて、唇を尖らせる。
自分が言いたいことは、人差し指を立てて。
僕が話している時には、懸命に目を合わせる。
残念そうな顔。
しょんぼり顔。
恥ずかしそうに。髪をクルクルと指に巻く。
目を大きく開けて、驚く。
ずっと、見ていたくなる。
ずっと、話をしていたい。
そんな風に思ってしまう、僕がいる。
そして。
今日の朝も、今も。
今まで見かけた、朝に猫と遊んでいた時も。
この子が友達にあいさつをされたところを見た事がない。
でも。
事情はわからないけれど、誰かとこうして話をしたかったんじゃないのだろうか。
「それでですね……ああ! 洞院先輩! 話、聞いてましたか? ……私ばかりがお話をして、つまらない、です、よね」
泣きそうな顔でチラチラと見上げる、そのしぐさと表情に慌てる。
胸がざわつく。
「コロコロ変わる大滝さんの表情が楽しくて、考え事。ごめんね」
「お、女の子の顔をじっくり見たら、メッ! なのですよ?!」
「人差し指!ごめんなさい、許して下さい」
「むう。ごめんなさいはポイして、夜にお説教をさせて下さい」
「ポイしたらダメ!」
あ、また。
顔いっぱいに笑った。
笑った。
「洞院、先輩? 右手どうかなさいましたか?」
「え? 右…………!! ああ、時間を見ようと思ってたんだ!」
袖をめくって右手にあるはずのないスマートウォッチを探すふりをして、すぐに左手の袖を慌ててめくる。
「こっちか!」
「ふふふ、洞院先輩は左
「そういうことを言う大滝さんには、これが必要かな!」
「あ! 人差し指、マネしないで下さい!」
僕、今。
頭を撫でようとしてなかったか?!
大滝さんの表情を見る。
腕を上下に振って、あっかんべえをしている。
よかった、気づいてない。
冷や汗が出てくる。
大滝さんに
……嫌われるかと、思った?
僕はこの子に、嫌われたくない?
「あ、洞院先輩。もうすぐ、お昼休み終わってしまいますね……」
スマホを見た大滝さんが僕を見上げてくる。
そんな時間なのか!
●
「あの先輩。お話のことなんですけれども……」
しまった!
ちょっと会話して、告白ゲームの邪魔をしたかっただけなのに、楽しくて何も考えてなかった!
どうする!
何て言う?!
大滝さんともっと話したい。
でも、ここでヘタなことを言ったら嫌われてしまう!
だからって明日、あらためて……じゃ絶対にあやしいだろ!
考えろ。
考えろ!
「……明日あらためて……じゃダメでしょうか」
「……え?」
「明日っ! あらためてここで、ではダメでしょう、か……」
消え入りそうな声。
スカートを両手で握りしめて。
うるんだ瞳から、今にもこぼれそうな、涙。
「ふふふ、何を言っているのでしょうか! 冗談です! 先輩を慌てさせたくて。夜のワガママ、ごめんなさ……!!」
顔をそむけて駆けだそうとするその腕を、必死につかんだ。
「離して下さい!お昼休みは、このひと時は、終わりなのです!」
腕を振りほどこうとする大滝さんにハンカチを差し出した。同じ気持ちだったことに声が震えないように、深呼吸をする。
「中途半端になっちゃってごめんね? 明日、またここで」
「……!!」
ぶるり。
大滝さんの身体が、震えた。
「……いいん、ですか? 明日も、ここで……」
「もちろん! 僕の
「きゃあ! 違うのです、違うのです! 汗は心の涙ともっ! そんな!夜の汚れがついてしまいますから、自分のを使いますっ!」
「あはは」
涙は心の汗だけど、ね。
可愛いなあ、大滝さん。
本当に可愛い。
「うんしょ、うんしょ。涙は勝手に出たらダメなのです。あ、こっち見たらダメですよ! 見たら両手の人差し指でお説教しちゃいます!」
「はい、わかりました」
また可愛くて、口がニヤけてしまう。
まずい、口を押さえておかないと。
あれ?
大滝さんの持ってるメガネの向こう、あんまり
「大滝さんのメガネ、度が弱いんだね。コンタクトにはしないの?」
「はい?」
振り返った大滝さんと、目が合った。
目が、合った。
黒目が大きい、うるんだ瞳。
深くて、深い。
いろんな感情を秘めた。
あふれんばかりの、その
それに。
僕は、この感情を秘めた目を知っている。
香澄さんに想いが届かなかった、
ああ、ダメだ。
もう、ごまかせない。
心臓が、ドクンドクンと
心が。
身体が。
この子のために、何かしたいと叫んでる。
「あー! 見ましたね洞院先輩! 夜の目を見た人は、石のように固まってしまうのですよ!」
急いで涙を拭いた大滝さんが両手の人差し指を立てた。
今、すごく言いたい言葉がある。
言ったら、どう思うかな。
「大滝さん」
「何でしょうか。夜はゴマかされませんよっ!」
「眼鏡、僕の前以外では外しちゃダメだよ?」
「ふえっ? そ、外ではかけっぱなしですよ?」
「約束してね」
「えええ、の気持ちですが」
これぐらい、いいよね?
この恋心、温めてもいいんでしょうか ~告白ゲームからはじまる恋物語~ マクスウェルの仔猫 @majikaru1124
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