第4話 【SIDE冬夜】その眼鏡、僕の前以外では外しちゃダメだよ?


「もう! もう! 最初から言ってくれたらよかったじゃないですかぁ!よるは、そんなに聞き分けのない子ではありませんよ?! 何がそんなにおかしいんですか! もう! 救急車呼びますよ!」

「ごめ、ちょっと、お腹、くるし……ふっは!」


 こ、呼吸が……息がっ!

 悪いけど、悪いんだけど!

 この子、おもしろすぎる!


「ご、めん! 今、止め……げほっ! げほ!」


 しまった、むせた!

 く、苦し……。


「だ、大丈夫です、か?」


 そうっと。

 そうっと、背中をさすられている。


 ビクリ。


 予想外のことに、身体がこわばった。


 ビクリ。


 手が離れていった。

 

 違うんだ。

 イヤな訳じゃない。


「……ごめんなさい。夜がむせた時、いつもお母さんやお姉ちゃんがこうしてくれて。すごくらくになって、安心して……ごめんなさい」

「……違う、んだ。体がビックリしただけ。イヤじゃないんだ」


 すぐにそらされた瞳の奥にある何かに、胸がざわつく。この表情を、この目を、僕は身近で見たことがある。


「そうなんですか? それならよかったです」


 ホッと胸を撫で下ろす彼女。

 でも、その瞳の奥の色は、変わらない。


「勘違いさせてごめ……げほ! ごほごほっ!」

「無理に話すからですよ! さすります!」


 彼女の手がまた、優しく僕の背中を上下する。


 ごめんね。


 このせきは、半分ウソなんだ。



 大滝さんは、話がある、と言った僕に付き合ってくれている。売店にパンを買いに行った僕を、待っていてくれた。律儀な子なんだろう。

 

 僕は、告白ゲームを止めたくて、ここに来ただけなのに。


 自分のウソに、また胸が痛む。


 そして、なぜか。


 表情がコロコロと変わる、ふるめかしい話し方をするこの子と、話をしていたいと思う自分がいる。



「その時にですね! 真っ黒クロスケがよろよろ近づいてきたんです! 心配するじゃないですか!」

「うんうん」


 猫のことを生き生きと話をするようになった大滝さん。本当に猫が大好きなんだろうなあ。


「それで手を差し出したら、夜の顔に『にゃあああ!』ってしがみついてきたんですよ! 朝から、にゃあときゃあ! の大合唱ですよ!」

「あはは!」

「ここは同情するところですよ! 笑うところではありません!」


 一人分スキマがあいたベンチに腰かけた大滝さんが、両手を上下に振りかざして悔しさをアピールしている。


 この子は、感情の表現が豊かだ。




 頬を赤くして、顔いっぱいに笑う。

 はにかんでうつむいて、唇を尖らせる。


 自分が言いたいことは、人差し指を立てて。

 僕が話している時には、懸命に目を合わせる。


 残念そうな顔。

 しょんぼり顔。


 恥ずかしそうに。髪をクルクルと指に巻く。

 目を大きく開けて、驚く。




 ずっと、見ていたくなる。

 ずっと、話をしていたい。


 そんな風に思ってしまう、僕がいる。


 そして。


 今日の朝も、今も。

 今まで見かけた、朝に猫と遊んでいた時も。


 この子が友達にあいさつをされたところを見た事がない。

 

 でも。


 事情はわからないけれど、誰かとこうして話をしたかったんじゃないのだろうか。


「それでですね……ああ! 洞院先輩! 話、聞いてましたか? ……私ばかりがお話をして、つまらない、です、よね」


 泣きそうな顔でチラチラと見上げる、そのしぐさと表情に慌てる。


 胸がざわつく。


「コロコロ変わる大滝さんの表情が楽しくて、考え事。ごめんね」

「お、女の子の顔をじっくり見たら、メッ! なのですよ?!」

「人差し指!ごめんなさい、許して下さい」

「むう。ごめんなさいはポイして、夜にお説教をさせて下さい」

「ポイしたらダメ!」


 あ、また。

 顔いっぱいに笑った。


 笑った。


「洞院、先輩? 右手どうかなさいましたか?」

「え? 右…………!! ああ、時間を見ようと思ってたんだ!」


 袖をめくってスマートウォッチを探すふりをして、すぐに左手の袖を慌ててめくる。


「こっちか!」

「ふふふ、洞院先輩は左きなのかと思ってしまいました。意外とそそっかしいんですね」

「そういうことを言う大滝さんには、これが必要かな!」

「あ! 人差し指、マネしないで下さい!」




 僕、今。

 頭を撫でようとしてなかったか?!




 大滝さんの表情を見る。

 腕を上下に振って、あっかんべえをしている。


 よかった、気づいてない。

 冷や汗が出てくる。


 大滝さんにきらわれるかと思った……!

 

 ……嫌われるかと、思った?

 僕はこの子に、嫌われたくない?


「あ、洞院先輩。もうすぐ、お昼休み終わってしまいますね……」


 スマホを見た大滝さんが僕を見上げてくる。

 そんな時間なのか!



「あの先輩。お話のことなんですけれども……」


 しまった!


 ちょっと会話して、告白ゲームの邪魔をしたかっただけなのに、楽しくて何も考えてなかった!


 どうする!

 何て言う?!


 大滝さんともっと話したい。


 でも、ここでヘタなことを言ったら嫌われてしまう!


 だからって明日、あらためて……じゃ絶対にあやしいだろ!

 

 考えろ。

 考えろ!


「……明日あらためて……じゃダメでしょうか」

「……え?」

「明日っ! あらためてここで、ではダメでしょう、か……」


 消え入りそうな声。

 スカートを両手で握りしめて。

 うるんだ瞳から、今にもこぼれそうな、涙。


「ふふふ、何を言っているのでしょうか! 冗談です! 先輩を慌てさせたくて。夜のワガママ、ごめんなさ……!!」


 顔をそむけて駆けだそうとするその腕を、必死につかんだ。


「離して下さい!お昼休みは、このひと時は、終わりなのです!」


 腕を振りほどこうとする大滝さんにハンカチを差し出した。同じ気持ちだったことに声が震えないように、深呼吸をする。


「中途半端になっちゃってごめんね? 明日、またここで」

「……!!」


 ぶるり。


 大滝さんの身体が、震えた。


「……いいん、ですか? 明日も、ここで……」

「もちろん! 僕の不手際ふてぎわでごめんね、はい、ハンカチ」

「きゃあ! 違うのです、違うのです! 汗は心の涙ともっ! そんな!夜の汚れがついてしまいますから、自分のを使いますっ!」

「あはは」


 涙は心の汗だけど、ね。

 可愛いなあ、大滝さん。

 本当に可愛い。

 

「うんしょ、うんしょ。涙は勝手に出たらダメなのです。あ、こっち見たらダメですよ! 見たら両手の人差し指でお説教しちゃいます!」

「はい、わかりました」


 また可愛くて、口がニヤけてしまう。

 まずい、口を押さえておかないと。

  

 あれ?


 大滝さんの持ってるメガネの向こう、あんまりゆがんでない。そんなに目は悪くないのかな?


「大滝さんのメガネ、度が弱いんだね。コンタクトにはしないの?」

「はい?」


 振り返った大滝さんと、目が合った。

 目が、合った。




 黒目が大きい、うるんだ瞳。

 

 深くて、深い。

 いろんな感情を秘めた。


 あふれんばかりの、その目力めぢから


 それに。


 僕は、この感情を秘めた目を知っている。

 香澄さんに想いが届かなかった、唯我ゆいがの目。そして、僕の。




 ああ、ダメだ。

 もう、ごまかせない。


 心臓が、ドクンドクンと早鐘はやがねのように鳴っている。


 心が。

 身体が。


 この子のために、何かしたいと叫んでる。

 

「あー! 見ましたね洞院先輩! 夜の目を見た人は、石のように固まってしまうのですよ!」


 急いで涙を拭いた大滝さんが両手の人差し指を立てた。


 今、すごく言いたい言葉がある。

 言ったら、どう思うかな。


「大滝さん」

「何でしょうか。夜はゴマかされませんよっ!」

「眼鏡、僕の前以外では外しちゃダメだよ?」

「ふえっ? そ、外ではかけっぱなしですよ?」

「約束してね」

「えええ、の気持ちですが」


 これぐらい、いいよね?


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この恋心、温めてもいいんでしょうか ~告白ゲームからはじまる恋物語~ マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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