第3話 闘う心がまえなら、あります。
ふう。
ようやく、お昼休みです。
中庭もすっかり、木の緑がまぶしくなってきましたね。風が、さあっ!と吹きぬけていく、この気持ちよさ。私の背中の方から、
右と左を勢いよく風が通っていくのは、私が一人ぼっちだからではないのです。あえて言うならば、『ぼっち』ではなく『ぽちり』あたりがふさわしいでしょう。
自分でここに来ているのですから。
私の話し方に首をひねり、誘ってくれたみなさまの楽しいお話が止まってしまっては、ごめんなさい、じゃすみません。お昼ご飯とは、楽しい会話、おかずの交換、顔いっぱいの笑顔が重要なのです。
一人ぽちり。
これは私の選んだ道なのです。楽しく、お弁当を頂きましょう。そして、食べ終わったら小説の続きです。楽しみですね。
む。
緑がまぶしい、ピーマンの肉詰め。
赤いお顔の、プチトマト。
ちょっとしっとり、千切りキャベツ。
不ぞろいの足が可愛い、たこさんウインナー。
今日もドキドキのお弁当です。
●
お父さんと一緒に朝早くお仕事に行くお母さん。私が起きる時間にはいつもいません。
でも。
お弁当を用意してなかったことは、一度もありません。
いつも、色あざやかに。
いつも、おいしい。
愛情たっぷりです。涙が出そうです。
これはいけません。お弁当のフタを一度、閉めましょう。
お膝の上のお弁当に、お母さんに。
気持ちを込めて、ご挨拶です。
ありがとうございます。
お姉ちゃんも今頃、ありがとうを言っていることでしょう。言っていると思います。多分言っているのではないかと。言っていますよね?
今日、何げなく聞いてみましょうか。
言っていなかったら、私の人差し指が黙ってはいませんよ?
話すのは私ですけれど。
さて。
私のお礼はお母さんに届いたでしょうか。なら、いただきましょう。お母さんのピーマンの肉詰めは、ピーマンの
あ。
ミニトマトとたこさんウインナーの場所を入れかえましょう……よし。これでおかずの交換会、終了です。一人でもできちゃうんです。
では、いただきます。
まずはミニトマトですね……おいしい。口の中でくずれたプチトマトの軽いすっぱさと少しの甘さが、食欲をかき立てます。次は……むむ。ピーマンの肉詰めはキャベツの後までガマン、ガマンです。
……?
男子が歩いてきました。こちらに向かって、まっすぐに。
私の周りには、誰もいません。しかも、私の顔をチラチラと見ていませんか?
それにどこかで見た事が……あれ? もしかして、猫と遊んでた時の? あの変な雰囲気だった人達ですか? 私、逃げてしまいましたけど。
時々振りがえっては、何かを見つめています。あそこにも男子? あ、その人は駆け去っていきました。何なのでしょう。
ゆっくりと近づいてきます。
不安です。
男子は苦手なのです、あの時から。
私のことを嫌がった圭太君を思い出します。
私に何の用があるのでしょう。
何の、用が。
あるのでしょう。
お弁当箱を見てしまいます。
お母さん。
コワいです。
どうしたら。
あ!
もしかしたら。
これかもしれません。
それはダメです。
絶対にダメです。
大滝
とくと、お見せしましょう。
●
「あの……。初めまして、こんにちは」
「こんにちは。初めまして、ではないですね。朝もお見かけしましたが、猫に遊んでいただいている時も何度か。上級生の方が、私に何の御用でしょうか」
サラサラの、柔らかそうな茶色の髪。
切れ長で
整った顔立ちに、ふんわりと優しげな笑顔。
その顔で。
私の好きな小説の、まるで主人公のようなその顔で、何人ダマしてこられたのでしょうか。
許すまじっ!
ふるえる足に力をこめて、立ちあがる。
「
力いっぱい、前に右手を突き出します。
言わせません。
「結構です。名乗りはしません。自己紹介もしません。朝も、悪い相談をしていたのではないですか? それどころか、お母さんの作った愛情たっぷりのお弁当を私から取り上げようとするなんて。許すまじ、です」
「えええ! 待って?! ちょっと待って?!」
ふふふ。
慌てふためいていますね。
いい気味と言えましょう。
でも。
まだまだこれから、ですよ?
あれ?右手と右足を同時に前でしたか?
まあ、いいでしょう。
「心づくしのお弁当を守る為に闘う、心がまえならあります。さあ、始めましょう。
「待って! 落ちついてー! お弁当には用が無いから!」
ダマされませんよっ!
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