第2話

 きょうもまた雨。もう1か月ほど降り続いている。わたし榊睦月が雨森麻也君と出会ってからずっとだ。

 雨森君、いえマヤ君が転校して来てから約1か月。あっという間に時は流れてしまった。わたしとマヤ君はいつの間にかクラスメイト公認のカップル。付き合ってることになってるらしい。わたし自身ちょっと信じられないけど。


 マヤ君はスポーツ万能、勉強も超できる。現国、英語、世界史、数学、物理に古文何でもござれ。転校して来たばかりなのに。おまけに長身瘦躯でイケメンだから始末が悪い。トーゼン女の子にモテモテ、何人かに言い寄られたらしい。でもわたしはマヤ君を信じている。


「睦月さん、僕は他のコは眼中にありませんよ」

「またそういうことを言う。ウソでしょ? ホントは違うでしょ?」

「違いません、違いません、ウソじゃないです、信じてください」

「まったくもう、調子いいんだから」


 わたしとマヤ君とのルーティンワークのような会話。周囲のクラスメイトはまた痴話げんかが始まったと呆れている。

 でも、でも。なにかおかしい。わたしとマヤ君との関係。付き合っていることになるのかしら。わたしはマヤ君が好き、これは間違いない。マヤ君はいつも優しい。これも間違いない。じゃあ何が問題なのか……。正直言ってわからない。こんな気持ち初めてですよ、ホント。


 わたしはマヤ君のこともっと知りたい。一緒にいたい。でもマヤ君はひょうひょうとしていて、どこかつかみどころがないんです。

 デートの誘いはいつもマヤ君から。デ、デートと言っても放課後、図書室で一緒に読書をしたり宿題をやったり。駅の片隅でおしゃべりしたり。まるで小学生のようですよね。

 わたし榊睦月はこの1か月で変わったのでしょうか。勇気を出して一度映画に誘ったことがあるんですけど、マヤ君ったらノラリクラリと……。

 マヤ君は本当に優しい。わたしのことをとても大事にしてくれている。それは素直にうれしい。でも何か物足りない。これって贅沢な悩みでしょうか。


 そう言えば、マヤ君と出会った日の夜に見た不思議な夢。見たのはあの日だけですが鮮明に覚えています。森の中の大きな神殿、白いローブをまとったマヤ君。すごく輝いていた。まるで神話に出て来る神様みたいに。


『そろそろヤツを呼び戻そう』

『そうね。このままでは干上がってしまうわ』

『ヤツはトラロックに頼めとほざいているようだが』

『アカン、アカン、アホちゃうか』

『よし! 雨神チャク、ご帰還願うとするか』

『異議なーし!』


 最近、マヤ君の様子がおかしい。話しかけても上の空、何か考え込んでいる。授業中先生に当てられても、トンチンカンな答えばかり。いったいどうしちゃったの?


「ねえマヤ君、何か悩み事? わたしに出来ることない? なんでも言って」

「うん、いや、ありがとう。ハハハ、何でもないよ。心配かけてごめんね。ほんと何でもないさ」


 うそばっかり。何でもないわけない。わたしに心配かけまいとしているのがミエミエ。お願いだからほんとのことを言って。


「マヤ君……わたしじゃダメ? 一人で抱え込まないで。この榊睦月を信頼してよ」

 マヤ君は黙ってしまった。言いたいことをグッとこらえているように見える。

 わたしもこれ以上言えなくて、ジッとマヤ君を見つめる。

「アイシャルリターン」

 マヤ君は小さな声でポツリとつぶやいたんです。

 え? 何それ? どういう意味? 「わたしは戻ってくる」? マッカーサーじゃあるまいし。

 マヤ君、本当にどうしちゃたの? どこかに行くつもりなの?


 その日の夜。また奇妙な夢をみました。前と同じ森の中の大きな神殿。上に登ることのできる石段。わたしはその石段を登る。頂上に着くとやはり小屋があって……。わたしが中に入ると部屋の中央に祭壇。本当にこの前と同じ状況。ただ……ただ違うのは、部屋の中が無人なのです。今回はマヤ君の姿が見えない。まばゆい光もなく暗い部屋。「マヤ君! どこにいるの!」夢の中で叫んだところで……目が覚めました。


「えー、雨森麻也ですが、ご家庭のご事情により元いた国に戻られました。急なことで皆さんにご挨拶できず残念がっていました。ただ、必ず戻ってくると言っていましたが……」

 担任の先生、なぜかわたしの方を見ていました。


 こうしてマヤ君は、わたしの前から姿を消しました。わたしは長雨のやんだ青空を見上げています。

「彼は必ず帰ってくる!」

 信じています。




 

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雨神の恋 船越麻央 @funakoshimao

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