雨神の恋
船越麻央
第1話
『またヤツの病気が始まったか』
『そのようじゃな』
『今度はどこのどなたかしら?』
『地球の裏側の小さな島国の女子高生らしい』
『そりゃアカン、アカンよ』
『しかし、なんでまた』
『知るもんか。とにかくヤツは一目惚れして、行っちまったよ』
『もう放っておけ。バカバカしい』
その日は朝から雨でした。雨はキライという人が多いけど、わたしはそうは思わない。だって気分が落ち着くし。
うわさではウチのクラスに転校生が来るらしい。なんでも帰国子女の男子だそうだ。イケメンならいいな。ちょっと楽しみ。
「おはようございます、雨森麻也です。地球の裏側からやって来ました。マヤと呼んでください。よろしくお願いします」
担任の先生に促されて転校生の男子がよく通る声であいさつした。長身痩躯に黒髪、日焼けした彫りの深い甘いマスク。期待通りのイケメン。でも地球の裏側てどこ? 地球儀を思い浮かべる。えーと日本の反対側……ブラジルかメキシコあたりかしら。
「それでは雨森君、えっと空いてる席は……榊の隣が空いてたな。おーい榊、おまえの隣に座ってもらうから。よろしく頼むよ」と先生の言葉。
えっ? わたしの隣? わたし榊睦月の隣の席ですと? たまたまきのうの席替えで空いてるけど。よろしく頼むと言われても……。
雨森君はわたしの隣の席にやって来た。クラスメイトが一斉にこちらを見る。
「榊さん、よろしくお願いします」
「あ、榊です、榊睦月といいます。こ、こちらこそよろしく」
これがわたし榊睦月と雨森麻也君との出会いでした。
その日は一日中、休み時間のたびにクラスメイト達が雨森君の席に集まって来た。特に女子の質問攻めはすごかった。それに対して雨森君は終始明るく笑顔で対応していた。さわやかで感じのいいイケメン。女子の評価はこれで決まり。
「睦月いいなあ、マヤ君の隣で」
「むつきー、席代わってー」
「榊さん、マヤ君の事なんか分かったら教えてー」
まったくもういい迷惑! と言いたい所だけれど、正直わたしもちょっとうれしかった。
ただ……ただ、実はわたし雨森君と以前に会ったような気がするんです。いつどこでだかは分かりませんが。どうしても初対面とは思えないんです。なんか不思議な気持ち。これって一目惚れ?
そして放課後。下校の準備をしていると、雨森君が話しかけてきたんです。
「榊さん、一緒に帰りませんか。いろいろお話をしたいので」
「えっ!」
思わず絶句するわたし。まわりの女子もびっくりしたようです。
「さあ、帰りましょう。準備はいいですか。何なら僕がカバンもちますよ」
「そ、そんな……だ、大丈夫です」
こうして半ば強引に雨森君と下校することになってしまった。クラスメイトは皆ア然としていた。そりゃそうだよね。いきなりおかしいよね。でもお話しって何だろう。気になります。
わたしと雨森君は雨の中歩いて駅に向かっている。わたしはカサを持っているけど、雨森君はないみたい。いきなり相合い傘というわけにもいかず困ってしまった。
「榊さん、いえ睦月さん、カサは必要ないですよ」
「え? でもまだ雨が降ってるし」
「平気、平気、ほらこの通り」
たしかに雨森君は全然濡れてない。雨は降り続いているのにまるで彼を避けているように見える。わたしは自分のカサを閉じてみた。あれ? 全然濡れてない。わたしのまわりもなぜか雨が避けて降っている。周囲の人たちはカサをさしているのに。不思議です。
「睦月さん、ゆっくり歩きましょう」
いつの間にか下の名前で呼ばれている。わたしもマヤ君と呼ばなきゃダメかな。なんか恥ずかしい。
「あの、お話しって何ですか。勉強の事とかかしら?」
思いきって聞いてみた。
「やだなあ睦月さん、そんなカタイ話。それより僕のこと覚えてませんか?」
雨森君いきなり何? 覚えてませんかと言われても。たしかに以前どこかで会っていたような気がしていたけれど。
「雨森君……ごめんなさい。あの、前にも会ったことがあるような、ないような……」
「アハハ! 睦月さん正直ですね。それと僕のことはマヤと呼んでほしいです」
雨森君、いえマヤ君は苦笑いして続けた。
「1か月ほど前に、美術館に行ったでしょ。その展覧会で会ってるんです。僕はハッキリ覚えてます。榊睦月さん」
そうか、あの時だったんですか。たしかに1か月ほど前校外学習である美術館を訪問したんです。その時やっていた企画展、えーと、『マヤ文明の美術展』だったかしら。クラスメイトの皆と見学した記憶があります。その時マヤ君と出会ったのかしら。展示室内はそこそこ混んでたし、周囲にはクラスメイトも大勢いたのでマヤ君と顔を合わせていたとしても……。
「再会できてうれしかったですよ、僕は」
「そ、そうですか……」
「アハハ! 睦月さんてほんと正直。そういう所好きですよ」
「雨森君! い、いきなり、な、なんてことを……」
「マヤですよ、マヤ。マヤ文明のマヤ」
まったくもうマヤ、マヤと連呼するんだから。選挙カーじゃあるまいし。
そうこうするうちに、最寄り駅に着いた。
「それじゃあ、僕はこれで。睦月さんとは逆方向なんで」
「あ、はい。また明日ですね」
「うん、今日はどうもありがとう。一緒に高校生活ができるなんて、僕は幸せ者だなあ」
また歯の浮くようなセリフ。でもなんでわたしの帰る方向を知っているのかしら。ホントに変なひと。
とにかくここでマヤ君とお別れしました。雨は降り続いている。なにか目まぐるしい一日だったわ。雨森麻也クン。不思議な転校生。長身瘦躯のイケメン。前に一度美術展で会っているらしい。いきなり下の名前で呼ぶし、一緒に帰ろうって言うし。おかしいでしょ! でもどこか憎めないヤツ。さて明日はどうなることやら。
その日の雨の夜。奇妙な夢を見ました。
わたしはどこかの密林の中に居ました。なんかむし暑い。静かすぎる。わたしの目の前には照らし出されているようなピラミッドのような石造りの神殿がありました。わたしは夜の雨の中ゆっくりと歩き出しました。神殿には石段があって上の方に登れるようでした。
わたしはその石段をゆっくりと歩いて登りました。神殿の頂上は平坦になっていて小屋のような建物が建っていました。わたしが小屋の中に足を踏み入れると、中はけっこう広くて、真ん中に祭壇のような石の台がありました。その祭壇の奥に人影が……。
わたしが祭壇に近づくと、人影の姿がハッキリと見えました。えっ、雨森麻也君?
たしかに雨森君です。制服姿ではなく白いローブのような服を着ているけど。
雨森君は真っ直ぐにわたしの顔を見つめて微笑みました。そして両手を大きく広げ ました。すると雨森君の背後からまぶしいほどの光が……。
こういうのが後光がさして見えるってことかしら。わたしは吸い寄せられるように両手を広げている雨森君の方へ……。
「睦月っ、起きなさい! 学校に遅れるわよ!」
いいところで、わたしは目を覚ましたのでありました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます