ふぐりの消失〜男に返り咲くための序章〜

Blue Raccoon

第1話目覚め


 ある朝、目覚めるとアレンは下半身に違和感を覚えた。

 掛け布団をめくり、ズボンの上からモノを触って確認する。


 結論から言う。

 彼の金玉がなくなっていた。

 意味がわからない。


 まるで干し柿のようになっている玉袋を触りながら、彼は涙を流す。

これは夢だ。

 そう信じて彼は二度寝する。


 1時間ほど経って、彼はまた目を覚ました。

 そして、恐る恐るズボンの中に手を入れる。

なかった。

 何度確認しても彼の金玉は存在しない。


「あぁ、マイホームで嫁と娘2人に囲まれて幸せに暮らすと言う俺の夢が……」


 彼は涙をこらえながらそう嘆く。

 とりあえず朝食を頂こうとぼとぼと食堂へ向かう。


「あ、アレンさんおはようございます」


 彼が一階に降りると長いブロンドの髪をポニーテールにした少女ーーリビアがいつものように挨拶をして来た。

 彼女は彼の下宿先の主人の一人娘で先日、成人--15歳になったばかりだ。


「おはようリビア。今日はなんだか清々しい朝だね」


「え、あ、はい!そうですね。アレンさん今日は体調が悪いんですか?」


 どこかいつもと違うアレンに違和感を覚え、リビアがそんなことを尋ねた。


「いや、全然元気だよ。どうして?」


「なんだかこういつもと違うと言うか、雰囲気が柔らかいと言うか」


 当たり前だ。

 リビアの違和感は当たっている。

 彼に金玉はもうないのだから。


いつもの彼なら


『おはようリビア。今日ももかわいいね』

『や、やめてくださいよ。毎朝そう言うこと言うの』

『いや、本気だって。もしよかったら今度食事行かない?』


くらいの展開にはなる。


だが今日の彼は一味違う。

「心配してくれて嬉しいよ。ありがとう」


「いえ、元気なんだったら良いんです!安心しました」


「優しいんだね、リビアは」


「い、いえ……」


「リビアも体に気をつけて朝の仕事頑張って」


「は、はい。ありがとうございます」


 リビアは少し顔を赤くして小走りで食堂に戻っていった。


 その後、彼はまだ静かな食堂で朝食を取った。

 食堂へ人が集まり始めた頃に自室に戻り、仕事へ行く支度をする。


 支度の整った彼はリビアに挨拶をし、外に出る。

 天気は快晴。

 彼は気持ちを昂らせて仕事場へと向う。

 何かを思い出す事を恐れるように。


 下宿先から10分ほど歩くと目的地が見えてくる。

 彼の職場『冒険者ギルド』だーー


 彼は冒険者をしている。


 この街ーールシリネで育った彼は冒険者の父に憧れた。

 就業可能な最低年齢の12歳の誕生日。

 彼は冒険者登録をした。

小さい頃からコツコツ依頼をこなしていったのが実り、今では、この街では数少ないBランク冒険者だ。


 彼がくたびれたスイングドアを手で押す。

 するとギルド内は一気に静まり、入口に目線が注がれる。

 だが、入ってきたのが彼だと確認できると、ギルド内は再び賑わいを取り戻していくーー


 彼は知り合いと挨拶を交わした後、依頼の紙が貼られている掲示板へと足を運ぶ。


(金玉も無くなってしまったし、今日は日帰りの依頼を受けようか)


 彼がそんなことを掲示板を眺めながら考えていると背後からトントンと肩を叩かれた。

 彼が振り返ると、そこには、エルフの美しい女性ーーエラが立っていた。


 エラはこの冒険者ギルドで働く受付嬢だ。

 余談だが、噂では数十年前からこの街の付近で彼女の目撃情報があるらしい。


「アレンさん、おはようございます」


「あ、エラさん。おはようございます。どうしたんですか?」


「い、いえ、今日はいつもみたいに一番最初に受付に来てくれなかったので、どうしたものかと……」


「あ、あぁ……」


 今日彼は日課になっていたエラへのアプローチを行なっていない。

 金玉消失の副作用である。

 朝の事件は彼から自信と性欲を奪ってしまった。


きっと玉の付いている彼なら


『おはようございます!エラさん』

『…………はい。おはようございます』

『この前、すごくお酒が美味しいバーを見つけたんですよ!今度一緒に行きませんか』

『…………ムリ』


と言った具合に茶番を繰り広げていただろう。


だが今日の彼は一味違う。

「現実……見ちゃったといいますか」


 彼はどこか遠い目をしてそんなことを言い始めた。


「げんじつ?」


「はい、今更ですけど。毎朝、だいぶ迷惑かけてたなと」


「そ、そんなことは……」


「いや、いいんです。優しさに甘えていた俺が悪いので、エラさんは気にしないでください」


彼は背を向けてギルドを出て行ってしまった。

取り残されたエラは不思議そうな、そしてどこか悲しそうな表情をして自席へ戻っていく。


 一方、下宿先へ帰ってきてしまった彼はというと、今日はもう冒険なんてする気分になれそうになかったので不貞寝をしていた。


 翌朝、彼は少し気を取り直していた。

 冒険者ギルドで依頼を受ける。

 因みにエラは定休日である。


 依頼内容はシネーの森に出現するゴブリンの討伐。


 今回、ゴブリンの群れはそれなりに大きくなっているらしく、臨時のパーティーが組まれることになった。

臨時パーティーとは言うものの、3人組のDランクパーティー【新緑】にソロのアレンが入るだけだ。


 メンバーはアレン、レオナ、ルーナ、ナタリーの4人。

ジョブは戦士、戦士、僧侶、魔法使いである。


普段のアレンなら


『ハーレムパーティー、きたーー!!』


などとほざいてことだろう。


 街の東門に集合した彼らが馬車に乗り込むと馬車はすぐに出発すした。

 馬車がガタガタと揺れ、お尻が痛くなる。

 これから村まで2日間。

 彼らはこの均れていない道を馬車に揺られる。


 日暮れも近くなった頃。

 野営の準備をする為、キリの良いところで馬車を停た。

 開けた場所にテントの準備も終わった。

 夕食を取り終えた彼らは夜番の順番を決め、各々体を休め始める。

 

 早番はアレンとルーナの2人だ。

彼らは焚き火を挟み暖を取りながら辺りを警戒する。

 彼らの間には長い沈黙が流れる。

沈黙に耐えられなくなったルーラがアレンに尋ねる。


「私、昨日の朝ギルドにいたんですけど、アレンさんどうしちゃったんですか?」


「どうしたって何がだ?」


「ほら、それですよ。今まで女性の前でそんな態度とったことなかったじゃないですか」


「……たしかに言われてみればそうだ」


「今日も旅の途中すごく静かだったし……。なにかあったんですか?」


「うん、なにかあったんだよ」


「やっぱり何かあったんですね!

 可愛い女の子がギルドに来る度にBランクを誇張しながらナンパしに行ったり、

 エラさんを見かける度にしつこく、粘っこく食事に誘っていたあのアレンさんが昨日急に塩らしくなるんですもん。

 パーティーみんなでおかしいねって話してたんですよ」


「……え?俺って周りからそこまでひどく見えてたの?」


「それは、もう。アレンさんの根を全く知らない人がいたなら絶対に近づきたくないレベルには」


「……うそ、だろ」


金玉がなくなったことで周りに目を向け始めたアレン。

 他人からの評価の低さにここで始めた気がついたようだ。


 彼はそれからの記憶があまりないらしい。

 気づいた時にはシネーの森付近の村に着いていた。


 依頼はBランクのアレンがいたこともあり、難なく遂行された。

 何があっても仕事はきちんとこなす男である。

 1日もしないうちに彼らはルシリネへと戻ってきていた。

 帰り道でも彼の目は虚である。

 初日の夜がかなり堪えたらしい。


 他のメンバー3人が声を潜めて話し始める。


「ねぇ、ちょっとあんた何言ったの?」

 

 とレオナがルーナに詰め寄る。


「アレンさんのいつもの行動を本人に伝えただけですよ」


「それであれ?」


「うん。ずっと落ち込んでる」


「責任持って慰めてきなさいよ」


「えー、どうやって?」


「それくらい自分で考えて」


「難しいなー」


「慰めなくてもいいでしょ。良い薬になったんじゃない?」


 そう少し辛辣な発言をするのはナタリーだ。


「「たしかに」」


 やはり彼の評価は低いようだ。


 ルシリネに戻ってきた彼らは酒場『ルナ』に来ている。

 慰労会をすることになったのだ。

 冒険者ギルドの向かいにあるこの酒場は夜になると冒険者達で大いに賑わっている。


「なぁ、少しいいか?」


『(コクコク)』


 先程まで無言だったアレンが口を開いた。 


「数日前の夜。ルーナから俺の周りからの評価を聞いたんだけどさ、みんなは俺のことどう思ってるの?正直に答えてて欲しい」


 あれだけダメージを受けたのにこの質問ができる彼はきっと勇者だろう。


 3人が顔を見合わせ何か決意した顔になる。


「ちょー女好きだけど全く女に相手にされないチェリーボーイ」


と魔法使いのナタリー。


「何もしなければモテるのに自分から評価を下げに言ってるアホですかね」


と戦士のレオナ。


「あのだる絡みさえなければねぇ〜」

 

  と僧侶のナタリー。


 アレンがまた黙ってしまった。

 彼は、ただ好きな人と恋愛がしたかっただけなのだ。と心の中で反論する。

 もちろん口には出さない。

 どうやらマッチポンプな自傷行為で彼は致命傷を負ってしまったらしい。

 フラフラと立ち上がると全員分の代金を机に置いて帰ってしまった。

 余計なところで気の回る男である。


 翌朝、自分の部屋で起きたアレンはあることに気づく。

いや、気づいてしまったというべきか。

ここ1週間、息子がテントを一度も張っていないのだ。

今、指で刺激をしてみたりしたが全く勃たない。

そうなのだ。

 彼は金玉がなくなったのに合わせ、精神的ショックを受けたことで完全に不能になってしまったのだ。


流石に不憫すぎる。


そう思った私は遂に行動を始めた。

いろんな地を管理する神々に聞き込みするも彼の玉のありかはわからない。


 探し始めて1週間。

 もうダメだと諦めかけたその時古い書物の目次に目が止まった。


 『p212-人体に宿る賢者の石』


 もしかしてと思いページを勢いよく捲る。

 そのページを開き、ゆっくりと内容を読んだ。

 無意識に口角が上がる。

 私は大きなヒントを得たのだ。


 それからまた1週間。

彼の金玉のある場所を遂に特定した。


ーー



 俺はあれからあまりギルドに行けていない。

 有給を消化してる。

 周りの目が怖いのだ。


 何度か【新緑】の3人が訪ねてくれたが、少し顔を見せた後すぐに帰ってもらった。

 さすがにトラウマなのだ。

 10代女子の言葉の鋭さを舐めていた。


 もちろん休んでいるからって鍛錬は怠らない。

 金玉がなくなったせいか、筋力が落ちた気がするので、時間をかけてじっくりやる。


 そして今日もそれは同じだ。


 鍛錬から帰ってきた俺は体を濡れタオルで拭く。

 その後は体の火照りが取れるまで読書をし、眠くなったタイミングで就寝する。


 ニートまっしぐらである。



--



あれ、ここはどこだろうか。

 記憶が正しければ、さっきベットの上で眠ったはずだ。

目の前には真っ白な空間が一帯に広がっている。


そして彼女は気づいたらそこにいた。


「よくぞ参られました。アレンさん」


「どうして名前を……。というかここはどこですか」


「ここはあなたの精神世界です」


「精神世界か、最近不思議なこともあったから少しは信じられるかな」


「今回はその『不思議なこと』についてです」


「もしかして俺の金玉盗ったのあなたなんですか?」


「……やめてください。セクハラですか?」


「じゃあ、俺の金玉はどこに行ったんですか!」


「落ち着いてください。今からそれについて説明します」


そう言った彼女は丸いテーブルをどこからとなく取り出すと俺と彼女の間に起き、筒状の容器に入った暑そうな緑の液体を俺の前に出した。


「……なんですか、これ」


「落ち着く飲み物です」


「すいません。大丈夫です」


「もしかして猫舌ですか?ふーふーしましょうか?」


「…………いえ、もういいです。とりあえず金玉のこと教えてください」


「ではまず、あなたの金タマが盗まれた理由からお話ししましょう--


 彼女の話をまとめるとこうだ。


 俺の金玉が『賢者の石』と呼ばれるものである。

 とある錬金術師が俺の金玉が『賢者の石』だと占いによって突き止めた。

 その錬金術師がどうやってか知らないが俺の股間から金玉をとり逃げしたらしい。

 そしてどうやらその錬金術師は今『魔王』と呼ばれているらしい。


「あの、俺の金玉、柔らかかったんですけど」


「私も賢者の石なんて見たことないのでそんなこと聞かれても」

 

「えっと。金玉を取り戻すには、魔王討伐をしなくては行けないと言うことですか?」


「理解が早くて助かります」


「勇者とかがやってくれないんでしょうか」


「今代の勇者は先日あなたに決まりました」


 彼女は何を言っているんだろうか。

 俺が勇者?

 馬鹿にするにも程がある。


「俺のジョブは戦士ですよ」


「既にジョブは変更されてます。今ステータスをみてみると良いですよ」


 ………ほんとだ。

 勇者になっている。

 まじか。

 まじなのだろうか。

 金玉無くしたら勇者になっちゃったよ。


「あ、そろそろ時間ですね。また時々夢に出てくると思うのでよろーーねがいーーす」


 あ、意識がなくなっていく。

 聖剣の事とか仲間の事とかまだ聞けてないのにーー



 ガタッ

 

 俺はベットから落ちた衝撃で目を覚ました。


「いてて。夢ーーではないよな」


 ステータスに勇者とあることを確認して俺は先ほどの会話が夢じゃないと確信する。

 

 外はもう朝なようで小窓から朝日が差し込んできている。

 

 俺は顔を洗いに外へと出る。

 澄んだ空気に、雲一つない快晴。

 井戸で顔を洗った俺は付き物が取れたような気がした。


 んーっ!と俺背伸びをした。


「よし、本気で金玉取り返しに行くとするか!」





おわり。

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