いつもの仕事 その六 ハプニングへの挑戦
なんという無茶振り。
俺とマディチは魔精と戦うのは初めてなのだが。
しかし。
「……ういす」
「よし、がんばれ」
コトサカさんの無茶振りに、俺はやむを得ずうなずいた。
彼女自身が飛び出さないのは、サーゲアとイセナを守るためだ。
サーゲアはまだぼんやりしており、イセナは魔術の行使のために集中を続けている。放っておくにはあまりに無防備だった。
二人を守りきるなら、コトサカさん一人か、あるいは俺とマディチの二人が必要だ。コトサカさんが一人で突っ込むよりは、俺たち二人を行かせるほうが良いという判断なのだろう。買ってもらえたのはありがたい。
あるいは俺たち二人に魔精との戦闘経験を積ませるためかもしれない。それはそれでありがたいことではあるが、嬉しいかと言うとそうでもない。
ともあれ、マディチもおそらく俺と同様の理解をしたのだろう。小さくうなずいて前に出る。
俺とマディチが二人で並んで立ち、視線を交わし合う。
よし。
行くか。
視線で意志を確かめ合い、二人で同時に走り出す。
目の前では、傷をつけられた魔精が腕を振り回しながらロゾを引き離そうとしている。かなりの速度で振られる大きく長い腕は脅威だ。まともに食らえば最低でも骨折は確実だろう。
しかし、ロゾはその大ぶりな動きを見切っている。軽々とかわし、懐に飛び込むステップ。それを狙って上から振り下ろされる腕を、逆に右の爪を一閃して切り落とす。すげえ。
さらに左の爪が、白いローブとその奥の体を切り裂いた。吹き出す魔力。
切り落とされた魔精の腕はすぐに再生してダメージにはなっていない。しかし、体につけられた傷は塞がることなく魔力を漏らしている。
優勢と言ってよいだろう。
とはいえ。
……確かにロゾの動きは魔精を圧倒している。だが、その動きをいつまで続けられるかはわからない。その踏み込みにも攻撃にも、彼は霊気を消費し続けているのだ。魔精と戦う前に、イノシシ6体を同時に相手していたことも忘れてはならない。
だから、まだロゾが動けるうちに俺たちも魔精との戦いに参加し、決着をつけなくてはならない……というわけで。
「行くぞオラぁ!」
俺は叫びながら走り寄り、狙いの距離に達したところで剛術で足を強化し、床を蹴った。
景色が後ろに吹き飛ぶような加速で前に跳ぶ。
輝く斧を右から横薙ぎに振りながら、魔精の左を抜けようとする。
横をすり抜けながらの脇腹への一撃……だが、ローブに斧の刃が当たった瞬間、手に異様な手応えを感じた。
(硬い、し、重い……!)
魔精が身に着ける服や毛皮は、その見た目以上に強固な防具だと聞いたことがある。まさにそれだ。自由に動かせない代わりに硬くできる。布のような見た目に油断した。
これをロゾは軽々と切り裂いていたのか。改めてその実力に感嘆する。
いや感嘆している場合じゃねえ。
斧を食い込ませたまま動きを止めるわけにはいかない。
腕と斧に霊気を強くこめる。斧に感じる抵抗を突破して、一気に切り裂き、その横を抜けた。
ある程度離れたところに着地し、振り返る。魔精の後ろ姿と、俺が与えた傷を確認する。
「どうだ……って!?」
確かに俺の斧は白いローブの巨体、その脇か腿かのあたりを切り裂いていた。だが、その傷は腕同様にすぐにふさがって消えてしまう。
呆然とする俺に、ロゾが叫ぶ。
「体の表面への攻撃は効かん! できるだけ中心を狙え!」
くそ、そうか。
普通の生き物なら体表近くの血管を切れば出血する。しかし、魔力の塊である魔精はそうじゃないわけだ。
機動力を活かしながら表面を切るやり方じゃダメってことか。
「おおおおっ!」
俺に遅れてマディチが突っ込んできた。横に抜ける動きではなく、正面からだ。
真っ向から行って力で押し切るつもりか? 無謀にも見えるが、しかしマディチが最も得意とする戦法でもある。まずはそれが通じるかどうかを試すつもりなのだろう。
真っ直ぐ正面から走り、間合いに入る。大きく上段に振りかぶった大剣を振り下ろす。
魔精は両腕を交差させ、刃を受けた。
光輝く剣が、魔精の腕に半ばまで食い込む。
いけるか?
……いけた!
腕を切り飛ばして、刀身が魔精の体に食い込む……その、数瞬前。
刀身が両側から、赤い手に挟み込まれて止められた。
「なに……!?」
驚愕するマディチ。
……その刀身を挟んだ手、それが繋がる腕がローブの下から新たに現れていた。おそらくは、先ほど切り飛ばした両腕の下あたりから生えている。
そんなもんありかよ!?
魔精が刀身を持ち上げる。剣の柄を握るマディチは抵抗しようとするが敵わず、逆に足が地面から離れてしまった。
まずい。
ロゾと俺は、マディチを助けるために魔精の横と後ろから踏み込んでいく。
だが、さらにまずいことが起こる。
俺の目の前でローブが破け、さらなる腕が二本飛び出したのだ。
「うお!」
反射的に斧を振る。が、大ぶりすぎた。二本の手のうち、一本が斧の柄を掴んで止めてしまった。
もう片方の手が俺に迫る。尖った五本の指先、そのうちの二本が俺の右胸に食い込んだ……!
その瞬間だった。
俺に伸びた腕の付け根が、爆発したのは。
腕が吹き飛び、それにつられて俺の体から指が抜ける。斧の柄を掴んだ腕も、本体から切り離されると力なく崩れて水に変わった。
何かを考える前に俺は後ろに跳んで間合いを取る。
息を整えながら、状況を把握した。
俺の体に食い込んだ指は、ほんのわずかだった。服に穴は空いて血は出たが、戦えなくなるほどじゃない。
マディチは? ……剣を掴んだ腕が根本から折れて、水に変わりつつある。本人もすでに下がって間合いを外していた。
ロゾは? ……ロゾは魔精に隣接していた。その両手、拳が魔精の体に触れている。
やはり、ロゾが霊気の爆発で俺たちを助けてくれたようだ。
そのままロゾも距離を取る。……そこで気づいたが、彼の体に傷があった。左の肩と、右の二の腕から出血しているようだった。
先程まで傷一つ受けていなかったロゾが?
疑問が浮かぶが、すぐに俺は気づく。
おそらく、俺と同時に飛び込んだロゾも同様に新たに生えた腕の攻撃を受けたのだ。もちろん、彼ならばそれを避けることは造作もなかっただろう。
しかし俺とマディチはそうではなかった。数秒後に迫る死か重症に晒されている状況。
だから、ロゾは強引に傷を受けてでも懐に飛び込み、俺とマディチを援護したのだ。
(……なんだこのザマは)
……俺の中に、凄まじい恥と怒りの感情が湧いた。
援軍気取りで飛び込んで、殺られかけて、助けられて傷を負わせた?
そんなことがあっていいはずがない。
そんな自分を許せるわけがない。
俺の頭が冷えていく。
(心を凍らせ、怒りを果たせ)
かつて学んだ言葉を思い浮かべれば、俺はそれを自動的に実践できた。雪辱。そのために何をするべきか。
そうだ。
俺は、やり方を変えなければならない。
迷宮労働者の栄光と死と苦労と生存と大金と食事情 NS @jetjoe
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