86

86


 僕たちは町外れにあるという元・空き家へ向かった。ちなみにその途中で偶然にもタックと再会し、それからは一緒に移動している。彼も村人から神父さんの情報を聞いたようで、行き先が被ったというわけだ。


 彼が仕入れた情報は僕らが村長様から聞いたこととほぼ同じで、特に真新しい話はない。逆に言えば今回の出来事について分かっている情報は、村民が共通認識している範囲で全てとも解釈できるけど……。


「――ねぇ、タック。あそこが神父さんのいる家かな? 僕とミューリエが村長様に教えてもらった家の特徴と一致するみたいだし」


 やがて村はずれに到着した僕は、前方にあるそれらしい家を指差した。


 その家のドアは開きっぱなしになっていて、村人が入れ替わり立ち替わり出入りをしている。そして家から出ていく人の手には、例外なく護符や聖水らしき液体の入った瓶などが握られている。


「だろうな。それにしてもみんな辛気くさい顔をしていやがる。こっちまで気分が滅入ってくるぜ」


 確かにタックの言う通り、出入りをしている村民たちの表情は一様に曇っていた。しかも瞳が虚ろで覇気がない。きっと今回の騒動で精神的にかなり参ってるんだろう……。




 その後、僕たちがその家に入ると優しそうな雰囲気の中年男性が出迎えてくれた。法衣を着ている姿や十字架を身につけていることなどから、この人が神父様と考えて間違いない。


 早速、僕は軽く頭を下げて挨拶をする。


「こんにちは、僕はアレスと申します」


「ミューリエだ」


「オイラはタック♪」


 僕たちがそれぞれ名乗ると、中年男性はにこやかに応じてくれる。


「私は巡回神父のゲドラと申します。おや? 皆様は旅をしている方々のようですね? 私に何かご用でしょうか?」


「村がアンデッド騒ぎで大変なようなので、僕たちに何か出来ることがあればと思いまして」


「そうでしたか……。ですが相手は人ならざる者。冒険者であっても容易に倒せはしません」


「どんなことが出来るかは置いておくことにして、まずは身の安全を確保するためにも護符をいただこうと思っています。ここに村長様の紹介状もあります」


 僕は村長様からもらった紹介状をゲドラさんに手渡した。すると彼は納得したように何度か頷く。


「そうでしたか。では、村長様からお聞きになっているかもしれませんが、護符1枚につき1万ルバーのご寄付をお願いいたします。何枚ご入り用ですか?」


「それじゃ、3ま――」


「1枚で構わん」


 僕の言葉を遮り、ミューリエが強い口調で言い放った。その想定外の事態に僕は目を丸くする。だって護符が1枚で良いなんて……。


 僕たちは3人なんだから3枚必要だと思うんだけど。当然、ゲドラさんも僕と同じ疑問を持ったようで、訝しげな顔をしつつ首を傾げる。


「1枚でよろしいのですか? 見たところ、少なくともあなた方の分だけでも3枚は必要だと思うのですが?」


「私にはそんな紙切れ、不要だ。をしたくないのでな」


 ミューリエがそう冷たく言い捨てると、ゲドラさんは少しムッとしたような顔をした。もちろんそれは一瞬のことで、すぐに表情を元に戻していたけれど。


 でもゲドラさんが不機嫌になるのも当然だと思う。彼女の今の言動はゲドラさんを小馬鹿にしているようにも感じられたし、護符を紙切れだなんて言ったらその効力を疑っているようにも捉えられちゃうから。


 まぁ、実際にミューリエは護符がなくてもアンデッドに負けないかもしれないけど……。




 ――いやいや、ミューリエは良いとしても1枚じゃどうしたって足りない! 僕とタックのどちらかが護符なしになってしまう!


 タック自身もそのことが気になったのか、すかさずミューリエに問いかける。


「おい、ミューリエ。護符が1枚ってなんでだよ? 枚数と人数が合ってねぇだろ」


「護符はアレスに持たせるものだ。貴様など、どうなろうが知ったことではない。だから1枚で充分」


「なっ!? なんだと~?」


 タックは頭から湯気を上げながら叫んだ。そして今にも掴みかかりそうな勢いでミューリエに迫る。


 でもミューリエはピクリとも表情を変えず、どこ吹く風といった感じで冷たくあしらう。


「必要なら自分でカネを用意しろ。パーティのスネかじりめ」


「っっっ! アレスっ、ミューリエに何か言ってやってくれよっ!」


「――神父よ、ほれ1万ルバーだ」


 僕がミューリエに声をかけようとしたその時、彼女はおカネの入った布袋を僕から奪ってゲドラさんへお布施を渡してしまった。


 その流れるような動きに僕は何も反応することが出来ず、なすがままになってしまう。タックも言葉を失って呆然と眺めているだけ。


 一方、おカネを受け取ったゲドラさんはザッと金額を確認すると、満面に笑みを浮かべる。


「確かにお布施をいただきました。ありがとうございます。では、護符を用意しますので少々お待ちください」


 そう言うとゲドラさんは隣の部屋へ引っ込んで、なにやらガチャガチャと物音を立て始めた。机の引き出しか何かから、護符を取り出しているのだろう。


 もはやこの状況では追加で護符を購入しようにもゲドラさんに二度手間を掛けてしまうし、なによりミューリエにおカネの入った袋を抑えられていてはどうにもならない。


 そのため、タックはすっかり落ち込んでいる。



 ――さて、どうする?



●タックに自分の護符を渡す……→57へ

https://kakuyomu.jp/works/16817330652935815684/episodes/16817330652938334708


●ミューリエを説得して、タックの分の護符も追加で買う……→137へ

https://kakuyomu.jp/works/16817330652935815684/episodes/16817330652939782521


●タックに声をかけて元気付ける……→141へ

https://kakuyomu.jp/works/16817330652935815684/episodes/16817330652939828077

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る