ガールズハーレムは選べない
やしさえり
On your mark?
On your mark?
きっと、違う結末もあったんだと思う。
だけれど、今のわたしが別の結果を選ぶことは絶対にできない。
北海道の夜空は地上の明かりが少ないせいか綺麗で、もう慣れてしまいつつある東京の夜空と嫌でも比べてしまう。
「綺麗だ」
思ったことがポロっと口に出て、白い息が舞う。
静かな空間を打ち破ったわたしの言葉に反応し、少し先を自分の脚で歩いていた
ムードがあった時間を終わらせてしまったわたしに対し、咎める言葉は飛んでこない。
たた静かに、頷く。
そんな
ああ…わたしはこんなにポエミーな人間だったっけ。「夜空の星より綺麗な
さすがにそんな恥ずかしい言葉を声にするほど理性が欠落していなかったわたしは少し歩く速度を
距離が近づくたび、心が弾む気がするのはきっと気のせいなんかじゃない。
やがて隣に追いついたとき、
この手の意味が分からないほどわたしは鈍感ではない。
慣れてしまった動きでその手を取ると、手のひらを暖かさが支配する。
「寒いね」
ともに同じ感覚を共有できている事実が果てしなく嬉しくって、だらしなく笑みが浮かんできてしまう。
選ぶことはできない。わたしは、この結末以外。
例えばあの日、
☆☆★☆☆
高校に入学してから一ヶ月が経った。
私が入学した
だからだろうか、ここ一ヶ月は勉強に勉強を重ねた
高校入学を機に短く整えた髪。腰まであった時にできてしまった
このまま特出したイベントもなく一年が終わり、やがて卒業するのだと考えると鳥肌が立つ。
新しくできたクラスメイト、その中でもよく会話する友人たちはこんな
燃え尽き症候群というやつだろうか。
「
友人の問いかけで現実に戻る。
今は放課後。みんながもう帰宅して教室はかなり静かになっていた。
そんな中、わたしはとりわけ仲の良い友人の一人である
「
「帰ったよ。なんか家の用事があるんだって」
もう一人の友人の存在を確認する宇月。
お嬢様学校としての側面もある白銀高校の中でも有数の
教室の窓から見られる空の色はもうすでに
「じゃ、わたしたちも帰ろうか」
「そうですね」
席を立ち、先を歩く宇月の後をついて教室を出る。
普段はそれなりに賑わっている廊下もこの時間になればかなり静かで、お喋りではないわたしと宇月の間には足音しか響かない。
普段は部活動中の生徒の声がかすかに聞こえてくるのだが、金曜日の今日はお休みなのか、それすら全くない。
そんなわけないのに、この学校内にいる人間がわたしたちだけかと錯覚し、なんだか不安になってくる。
「そういえば、テストの結果はどうでしたか?」
宇月から疑問が飛んでくる。
彼女の言う「テスト」とは数日前に行われた新入生の実力を
「ぼちぼちかな。良くもなく、悪くもない」
なんて、正直に答える。
白銀高校のテストはそれなりに難しくって、進学校ではない普通の中学校でのテストの経験しかないわたしからしてみればかなり慣れないものであった。そんな立場だから、「普通」という結果にはかなり満足している。
上位十名には
わたしの方を振り返っていた宇月が少しほっとしたような顔をしていたのは、わたしが補修テスト対象にならなさそうで安心したからだろうか。そんな彼女に、残酷なことを伝えなければいけないと思うと胃が痛い。
「池野さんはまあ大丈夫と思っていたのですが、問題は…」
「かぐやだね…」
わたしたちの友人にして問題児、花鶏かぐやが脳裏で存在を主張し始める。
彼女は入学一ヶ月で獲得した「
宇月が教室に来る前、かぐやにそれとなくテストの結果を訊いたのだが…彼女は「よろしく伝えといて!」と笑いながら言っていた。
「ご愁傷さまです」
「はぁ……」
大きなため息が廊下に響く。
どこかの珍獣やわたし違って頭の出来がかなりいい宇月はクラスメイトから「
つまり、「かぐやの補修テストに向けた勉強」という
「まあ…わたしも手伝うよ」
「ありがとうございます……
「頑張って、宇月ママ」
「
なんて言って笑いあう。
かぐやに対して厳しいことを言っているわたしたちだけど、少なくともわたしは彼女のことを気に入っていて、楽しい付き合いをしていることを理解してほしい。
くだらない雑談をしながら階段を下ってゆくといつの間にかに玄関に着いていて、外靴に履き替える宇月に
校外は
風が吹いて、宇月の長い髪がともに揺れる。
「………」
わたしは何も言えずに目の前の
「風が強いですね…」
「そうだね。宇月は大変そうだ」
応急処置として手首に着けていたヘアゴムでポニーテールを作る。そんなよくある光景がなんとなく嫌で、わたしは周囲を見渡す。
校内同様、校門前もかなり静かで風の音がうるさいほどに聞こえる。
いつもならば風紀委員さんたちが
そういえば、入学から日が浅い一年生の中でも話題になっている人がいたことを思い出す。
口うるさくって、不真面目といえる生徒たちから嫌われがちな風紀委員の中で「
わたしも宇月も優等生というか普通の生徒だし、基本的に悪いことをした際にお世話になる風紀委員とは接点がない。
かぐや?…知らん。
まあ、きっと白銀先輩も登下校時の挨拶運動をしているのだろうから一度も見たことがないということはなさそうだけど。
気づかないうちに出会っていて、互いにその存在を知らない。ラブコメ漫画みたいでロマンチックに聞こえるけど、現実はそんなものではないと知っている。
「…っしゅんっ!」
浸っていたところ、邪魔をするかのように可愛らしいこえがどこからともなく聞こえてきた。
これは…たぶんくしゃみ。
風が強くて寒いのでどこからともなく聞こえてくるくしゃみという現象は珍しくない。普段なら珍しくないんだけれど、くしゃみが聞こえてくるということはどこかに人がいるという事だ。
「どこにいるんだろ」
風のせいで髪を纏めるのに
わたしと宇月の間に距離はそれほどないけれど、どうやら彼女にはくしゃみの音が聞こえなかったようだ。
そのくしゃみをいったい誰がしたのか。
待たされて暇だったせいか、そんなどうでもよいことが気になってわたしはふらふらと音の方へ歩いていた。
幽霊とか心霊とかを信じている年齢ではないけれど、現状はその可能性が
校門の裏。前にちらっと見た時はパイプ椅子が置かれていた空間にくしゃみをした犯人がいた。
わたしは目を奪われた。
肩まではあろう奇麗な髪。
直感だった。彼女を「
一秒、二秒。止まったとすら勘違いしてしまうほどに長く感じられる時間、思考はすべて目の前にいる存在に惹かれている。
一目惚れ……認めたくはないけれど、それに似たものがわたしの中で生まれた。
「寒い……」
呟くような小さい声はギリギリ聞き取ることができるほど。彼女はわたしが見ていることには気づいていないようだ。
彼女がいる場所は校門の柱が風よけになり、何もないような場所よりは
「すみませんおまたせして…」
「!」
髪を結び終えた宇月の声に反応し、目が合う。正面から見ても綺麗な人だ。
「み、見苦しいところを…
「あ、透果
やっぱり、彼女は白銀先輩だったようだ。
というか、宇月はなんだか面識があるかのように話しているのが気になる。
「そんなに改まらなくったっていい。
「では…お言葉に甘えて先輩と呼ばせていただきます。透果先輩」
「ああ。いい響きだな。宇月」
二人の間には「面識がある」程度ではない空気が流れる。
前に宇月から聞いた話だが、彼女は名家の娘らしく
そのようなことをぼんやりと考えながら他愛のない雑談をしている二人を見つめていると、再び目が合う。
そのことに対し、思う事なんてなにもない。わたしの友人と格好いい先輩が談笑していようと、思うことはない。
だけど、目が合ったわたしに対しにこやかに笑う白銀先輩は可愛らしかった。二人の間に流れる空気感に違和感を覚えてしまうほど。
「おっと…こんな時間か。長話は私の悪い癖だな」
「透果先輩とお話できる時間は貴重ですので、私としてはいくらでも構わないのですが…」
「友人がいるだろう。それに、学園内ならばさほど忙しくはない。見かけたら気軽に話しかけてくれたまえ」
「……」
なにも考えず、ただただ二人の間に流れる会話の終了を待つ。
宇月と違い、わたしには白銀先輩と会話できるような理由も用事もない。
寒さのせいか、ブレザーの袖を引っ張り萌え袖状態になっている先輩とわたしの関係性が停滞し続ける今の学生生活と重なる。
思い返しても、中学時代は忙しくって悩みに満ちていた。
今が全く違うのは、わたしという存在が「行動」に対し恐怖心を覚えてしまっていることに気づいている。
「どうしたんですか?」
いつの間にか進んでいた時間。学校から少し離れた大きな路地、宇月の問いかけが重くのしかかってくるように感じた。
問いかけへの回答を放棄し続けるわたしの視線の先は青色の自動販売機。
「……ごめん。少し待ってて」
「え?」
燃え尽き症候群を打開するため。なんて言い訳を脳内で呟きながら財布を取り出す。
購入した温かい缶コーヒーを手に、学校までの道を引き返す。
たぶん、宇月からみたらわたしの行動は不思議だったと思う。自分でも気まぐれすぎて一秒前の行動が不思議でたまらない。
やがてさっきまでいた校門前に着くと、そこにはまだ白銀先輩が立っていた。
そういえば、どうして彼女はこんな時間にここにいるのだろうか。まあ、どうでもいいか。
「どうした―――」
「これ、どうぞ」
先輩の手へ。無理やり缶コーヒーを押し付ける。理由…まあ、寒そうだったから。
寒そうだったから、わざわざ自分のお金で買った缶コーヒーをわざわざここまで引き返して先輩に渡す。行動をした自分でありたかった。
「こ、これは…」
「あげます」
先輩はとても困ったような声を出す。
その声が宇月との会話で使われていなかった声色で、なんだか優越感のようなものを覚えてしまう。
「わ、悪いだろう…私は君の名前も知らないし…ありがたいけれど、理由がなさすぎる…」
「理由ですか」
結局のところ理由は全部自分のため。
しかし、本当のことを言わなければいけないという道理はない。
「寒そうだったんで。わたしのことが信用できないなら無理して飲まなくてもいいですよ。カイロにでもしてください」
「いや、でも……」
てのひらの中にある缶コーヒーを
去年まで誰かの先輩だった身として、後輩からのプレゼントは無条件で嬉しいのだけれど、遠慮というものが無条件で発生してしまう。理由が意味不明で納得できないものだったらなおさらだ。
この缶コーヒーを受け取ってもらえないとなると、わたしが行動したという事実が否定されたようで嫌だ。だからこちらとしては絶対に受け取ってもらわなければいけない。
「お、おい!意味が分からないぞ!」
「ごもっとも」
だけど、ここまでしてしまったのならばもう引き返すことはできない。
先輩で今日まで
わざとらしく校門から離れるわたしを先輩は追いかけない。追いかけられるととても困るので助かる。
代わりに飛んできたのは先輩の声だった。
「せめて!せめて名前を教えてくれ!」
その声を聞こえないふりしてわたしは待っているであろう宇月の方へ向かう。返事をしてしまえば、なんだか関係が生まれてしまいそうだったからだ。
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