WANT YOU
01:WANT YOU
『はれる先輩。おめでとうございます』
スマホ上に表示された数桁の番号はわたしのことを指していた。
血の
だけど、わたしは淀んだ感情の誕生を孕んだ自覚で吐き気がした。
『 ちゃ―――』
『夢がかないましたね。
自分のように喜ぶ ちゃんの顔を直視できず、スマホの画面だけを見つめる。
その行為が逃げであることを知っていた。
あの日から数か月。わたしは少しでも成長しただろうか。いや、していない。
「どうして、何も言わなかったの」
きっと、これは夢だ。
だけどわたしは疑問をいつの間にかに口にしていて、夢の世界に生まれ落ちた。
『わからないフリしないでよ。
夢の世界、過去のわたしは振り返り、今のわたしに語り掛ける。
『お前は、嫌だったんだよね。東京に行かないという選択肢も、遠距離恋愛という選択肢も、hakemaちゃんの恋心を否定するという選択肢も』
「……」
『だから、逃げた。恋心に気づかないフリして、わたしは東京…白銀高校に進学した』
『おめでとう。楽しい?そっちでの生活は。 ちゃんは、きっとお前のこと忘れてないよ?』
やめて。
そんな一言が出ず、ただわたしはわたしに責められ続ける。
中学校の校門前、一緒に受験の合否を見たあの風景を映し出していた夢の世界はいつの間にかに黒く染まり、目の前にいたはずのわたしは鏡へと姿を変えていた。
『バイバイ。夢の世界からさようなら。目覚めていいよ』
見慣れ始めた天井は白く、果てしなく遠く感じる。
時刻は朝の
もう一度眠るという選択肢を取ろうにも、夢の世界で見たグロテスクな風景が脳裏に
わたしは、どうなってしまうのだろうか。
夢だった白銀高校への入学をしても達成感を得ることすらできず、自己嫌悪が時と共に加速していく。
燃え尽き症候群?
「馬鹿じゃないの…」
わたしは、なにも成していない。あの子のわたしに対する恋心に気づきながら、それをないがしろにし、スマホを変えたのに連絡先も教えずに逃げただけだ。
行く末であった白銀高校に対し、今は全くと言っていいほど価値を感じることはない。疎ましさすら覚えるほどだ。
思考を重ね続けて10分、30分、1時間。
やがて、休日らしい高さまで太陽が昇ってくるまで、わたしは2時間ほどの時をベッドの上で浪費していた。
「ぐうたらした休日も悪くはない」。そんな思考とは裏腹に身体は起き上がり、いつも通りのルーティーンを刻み始める。
シャワーを浴び終え、スーパーで買った六枚切りのの食パンを電子レンジの中へ入れる。
テレビをつけて、ニュース番組。地方の朝
賑やかしい誰かから離れ、ひどく静かな空間は恐怖に似た感情へと連想され、「自分が今一人きり」という事実が強調されてゆく。
テレビの音量をほんの少し上げ、電子レンジが鳴るのをただ待つ。
テレビの中では大げさにただ焼いただけのズッキーニの輪切りを褒め称える最近流行りの芸人さんとそれを見て苦笑いする農家さんというグロテスクな映像が流され続け、くぎ付けになって観るほどの理由が得られない。
脳の中身を空っぽにして待つ数分は果てしないほど長く、退屈だった。
焼きあがった食パンを食べ終えて、そのままの流れでお皿を洗う。
流れ出る水の音とニュースを読む
誰かとの約束も、注文していた荷物もない。モニターで来訪者を確認する為、適当なところで皿洗いを中断する。
そういえば、姉がなんか言っていたことを思い出す。『都会は怖いとこだ。もし知らない人がチャイムを鳴らしても、絶対に出るなよ?』と。
確かに、姉の言うことは納得できる。
あくまでも確認するだけ。知り合いや大家さんだった場合のね。
「⁉」
「どうせセールスだろ」なんて考えてモニターを覗いたわたしの目に映ったのは、衝撃的な人物だった。
高級感を感じる濃い黒色のロング丈を護るフリルのついた白いエプロンを身に着けた大人の女性。その恰好が、わたしの記憶の中にある「メイド」と繋がる。
メイド服⁉
現代日本。「メイド」なんていう存在は昨今秋葉原くらいにしか存在しないものだと思っていたけれど、今確実にここにいる。
いや、流石に…
そうだ、これは夢だ。だって、いきなりメイドが来訪してくるなんてこの物語がフィクションでもない限り全く持ってありえないお話だ。
夢だから大丈夫。皿洗いの続きをしても大丈夫。
もう一度水を出して皿洗いに戻ろうとした瞬間、チャイムが再び鳴る。
しかもなんと、今回は一回だけではない。
メイド服を着こなしているような人は個人的に高貴なイメージがあるので、チャイムを鬼連打する姿は想像できない。つまり夢。
それでも一応モニターを覗きに行くと、さっきのメイドさんが淡々とした無表情でチャイムを連打していた。なんだこの光景は。
あ、カメラ越しに目が合った。
怒ってる。さっきまで無表情だったのに「怒り」と入力したら予測変換で出てくる可愛らしい絵文字みたいな表情になってる。
「かわいー」
ドンッ!
「⁉」
室内に響く
勘違いでなければ、モニターに映ったメイドさんが全力でうちのドアを殴っていた!
「ちょ、ちょっとなんですか!」
『やはり居ましたね』
他人の家のドアを大きな音がなるほど殴るとかいう常識的にありえない行動の後とは思えないほど冷静な言葉はわたしを戸惑わせる。
『はやく出てきてください。インターホン越しの会話なんて、礼儀を欠いているとは思いませんか?』
「扉殴るのは礼儀を欠いていないと⁉」
『今正論を言って何になるのでしょうか?すべきことはこの扉を開けることですよ。池野はれる様』
会話できないってこわぁ‥‥
というか、なぜか名前も知っているようだし彼女が「
…なんだよ辻殴りメイドって。わたしまでおかしくなってどうする。
「警察呼びます」
『面倒ごとはお嬢様に迷惑をかけてしまうので、止めていただけると幸いです』
「絶対呼びます!」
あ、舌打ちした。
ともかく、この状況はあまりにも怖すぎる。
メイドさんはなにをするつもりかはわからないがわたしに出てきてほしいようだが、絶対に出るつもりはない。
帰ってくれるとは到底思えないし、ここは国家権力に遠慮なく頼ろう。
スマホに110を入力し、少し緊張するけど電話をかけようとしたタイミングで電話がかかってきた。
バッドタイミング。間違って相手も確認せずに電話に出てしまった。
『『
「うわぁ!声が二重に聞こえる!」
電話とインターホン越し。二重でメイドさんの声が…
じゃない!!向こうから電話がかかってきた!!
「なんで電話番号知ってるんですか!」
『『メイドですので』』
「そんな理由で納得すると思いましたか?」
もしかしたら、わたしの知っているメイドとは違う存在なのかもしれない。
だとしても扉を殴るし教えたはずのないわたしの番号に電話してくるしで怖い人には変わりないので、通報すべき理由が強化されただけだ。
メイドさんとの通話を切り、改めて警察へ電話しようと数字を入力し始める。
『白銀
インターホンから聞こえてくる音だけになったメイドさんの声が、どこかで聞いた名前を告げる。
風紀委員長にして一学年上の先輩。
かなり目立つ生徒で、幾度か噂に聞いたことがあったわたしと彼女の間には関係性はなかったはずだった。繋がりが生まれたのは少し前。
あの日は暑さとは無縁の寒い春で、寒空の下にいる彼女を心配したわたしが暖かいコーヒーを差し入れた。
なんて
そんな彼女の名前が不意に出てきて通報の為動かしていた手が止まる。
「白銀先輩…?」
『ええ。お嬢様が御用です』
お嬢様。話の流れでその言葉が白銀先輩のことを指していると理解できる。
そうか…メイドとは奉仕人で、それを雇っている人間がいるものだ。
『「池野はれるを連れてこい」と」
「なるほど……」
ここにきて、やっとメイドさんがここに来た理由が明かされる。お嬢様である白銀先輩に頼まれたという簡単で分かりやすい理由だった。
「…それ、嘘じゃないですよね?」
『「白銀」の名を誰かを
棘がある言い方。
このメイドさんは確かにやばい人だけど、その言葉にそれとない信頼は感じられる。
それに、今のわたしには説明ができない「白銀先輩に会いたい」という気持ちがある。
言葉を出さずにどうすべきかを考え、結論を挙げる。
「白銀先輩に会えるんですね?」
『ええ。
「どんな用事か分かります?」
『教えられていませんが、何となく察しております。ただし貴女に言っていいと許可をいただいていないのでここで
メイドらしさのある発言だこと。
『悪い話ではありませんよ。来ていただけないなら、強行策に出ていいとも言われています』
中に居るか居ないかを確認するような人が言う「強行策」とは恐ろしい。
とりあえず、彼女がやばい人ということに変わりはないけど信頼はできる。
「分かりました。行きます」
『了解です。では、相応しい恰好に着替えてください』
「相応しいって?」
『スーツや派手すぎないドレスと言いたいところですが、学生にそこまでは求めません。制服で大丈夫でございます。それと、もちろん化粧もお忘れなく。白銀学園の校則にはかからない程度のナチュラルなものが好ましいです。
注文多いなぁ…
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