いじめられていた僕は、美女で変人の先輩に会うため、今日も学校に行く

霧切舞

いじめられていた僕は、美女で変人の先輩に会うため、今日も学校に行く

「こんなところですねていたの」


 屋上で寝ていた亮一は目をゆっくり開けた。先輩の由美は恥じらいもなく両足の間に亮一の顔が挟まるように立ち、前髪をかきあげて亮一を見下げていた。


「またいじめられたの?」


 亮一は目を閉じて静かにうなずいた。昼休みの間、教室にいるリーダー格の男子生徒につきとばされ、同級生たちに笑われてここまできた。

 由美のスカートを気にする余裕はない。この体勢での会話はすでに慣れていた。


「私がぶん殴ってこようか?」

「いいって」

「どうして?」

「先輩も変な目で見られるよ」

「ははっ。私はもう変人変態星人として扱われている。今さらなにって話だよ」

「いいよ」


 目をぎゅっと閉じると、十分前の惨めな光景が脳裏をよぎる。今年はずっとこの調子だ。


(正直もう限界かもしれない)


「もう限界だと思ってる?」


 図星で返事をしなかった。


「そっか。限界なんだ」

「正直、学校を辞めようか考えてる」

「おいおいいかんよ、それは」

「どうして? 辛いんだよ、もう」

「ほれほれ、まだ私がいるじゃないか」


 その言葉を聞くと、なぜか涙が出た。目を閉じているが、涙の線が頬を伝う。


「キミぃ〜泣くなよ」


 由美は学校一の美女で、成績は全国クラスの優等生だった。しかしとうもろこしのきぐるみで登校したり、校長先生の部屋に忍びこんでカツラを盗んだりといった奇行が目立ち、学校一の変人と言われていた。

 由美はあぐらをかいて、両足の間に亮一の頭を置いた。


「私の目を見なさいって」


 目を開けるとすぐ近くに由美の顔があった。


「キミ、私が卒業したらやっていけるの?」

「無理です」

「ありゃ〜大変なこと」

「卒業しないでください」

「え〜。私だってこんな学校早く出たいよ」

「由美さんも? どうして? みんな由美さんを尊敬してるよ」


 高校二年生の男子たちはみんな由美を尊敬して、一部の生徒は恋人にしたいと言っていた。


「うちのクラスにいるほとんどの男子は由美さんを恋人にしたいって言ってる」

「人を無視したりいじめたりする男なんか、ねちっこくて恋人候補にならないわ。うぇー」


 亮一は少しうれしくなった。また涙がこぼれた。


「私の学年もひどいけど、亮一くんの学年は本当ひどいみたいね」

「うん」


 学校という狭い世界は監獄のようだ。抜けたいのに、それが許されない。先生も誰も助けてくれない。学校は教育機関でなく、いじめ養成機関だった。


「亮一くん。今どのくらいつらい? 十段階でいうと?」

「十」

「ってことは本当に辞めたい?」

「今すぐ退学したい」


 由美は「そっか」と言って亮一の頭をもち、屋上の地面にそっと置いた。


「わかった。じゃあちょっと私についてきて」


 ………


 由美は亮一を連れて由美の教室である三年三組に入った。


「あ、由美ー。早くこっちきて食べよー」

「悪い悪い。三限目の世界史さぼって、一人でシチューとケーキ食ったわ」

「またー? よくそんな度胸あるわね。見つかったら内申点下がるよ?」

「ははっ! 私はあんたら凡人と違って、推薦も内申も関係ない、実力一発の国立大学に行くんだからね!」

「うざー。はいはいどうせ私らはバカですよ」


 その様子に亮一は驚いた。


(人になんと言われようと、ここまで堂々と自信をもてるなんて…)


 由美の席は教室の最後尾にあり、席の後ろに大きなチョコバナナのきぐるみが置いてあった。祭りの屋台で売られているチョコバナナにそっくりだ。頭の部分にチョコがかかっているように見える。

 由美がそれを身につけると、さっきバカにされた同級生の一人が背中のチャックを閉じた。


「ちょっと由美ー。あんたまたなんかする気?」

「まあね」

「また校長のヅラでも盗む気じゃないでしょうね」

「うーん、ちょっと違う。とりあえず行ってくるわー」


 バナナの由美はとても滑稽に見えた。頭脳明晰で美女の由美がやるからなおさらだ。

 由美は教室の入口で立っていた亮一を連れて、三年生のフロアから二年生のフロアに降りた。

 嫌な予感がする。


「ちょっと由美さん、なにする気ですか?」

「まあ見てなって。キミはなにも考えず、ただ見てればいいんだよ」


 由美は亮一のクラス、二年一組の扉を勢いよく開けた。


「おうおう! てめえら!」


 一組にいるすべての生徒は数秒かけて話し声を完全にやめると、やがてチョコバナナ由美を見てクスクス笑いだした。亮一は絶望的な気分になり、吐きそうになった。

 由美は教壇の後ろに立ち、腕を組んだ。


「三年三組の六条由美だ! この亮一くんをいじめたやつはどこだ!」


 一部の女子生徒が「ウケるー」と言って笑いだすと、リーダー格の男子生徒二人、水沢と渡辺がわざとイスを蹴飛ばして由美のいる教壇に近づいた。


「なんなんすか先輩」


 と茶髪でズボンからシャツを出した水沢が教壇に手をついた。


「先輩ってバカなんすか?」

「あんたが亮一くんをいじめてる男子?」

「亮一? ああ、あの雑魚か。いや、いじめじゃないっすよ。ただボコボコにしてるだけっすよ」


 由美はキッと目を細めた。


「っていうか先輩ってバカなんすか? なんで二年の教室に来てるわけ? 頭いってるの? あんた雑魚?」

「はあ?」

「なに変なきぐるみ着てるの? 雑魚なの?」

「雑魚雑魚って、悪口のバリエーションがなさすぎるでしょ。いい? この低偏差値クソ学校は、次の年、私のおかげで倍率が上がるのよ。だから私は雑魚じゃない。むしろあんたが雑魚なの。あんたはいてもいなくてもいいの。この学校にとって、あんたの存在価値は授業料。授業料を払っている以外にあんたの存在価値はないの」

「言ってる意味わかんねー」

「だから、この学校にとってあんたの価値はないんだよ。私はあるけど」

「…」

「そのへんにいる中学生の女の子はね、みんな私を目標としているの。この超美しい私がいる学校に入りたいって子が何百人もいるのよ。加えて、私は超頭いい学校に入る予定だから、来年からこの学校は進学校っぽくなるの。だから私はあんたの何百倍も人間的価値があるって言ってんの。おわかり?」

「…」

「あんたを目標にしている人間なんてゼロよ、ゼロ。ここを出たら、あんたの周りから人はさーっといなくなるでしょうね」

「おま、お前ぶっ殺すぞ? まじで…」

「私の顔に傷でもつけてみなさい。間違いなく退学。あんたの人生終わりよ」


 水沢は悔しそうに歯ぎしりをした。渡辺が教壇に近づいて加勢した。


「先輩、そもそもなにしにきたんですか? まさか亮一をかばいにきたとか?」

「そうするとあんたら二人が、あそこにいる亮一くんをボコしてる犯人?」


 教室がシーンとなった。


「亮一くん」


 バナナチョコ姿の由美は横を向いて、亮一にたずねた。


「この二人だけ?」


 教室にいるすべての生徒が、扉の近くで顔を赤くする亮一を見ていた。亮一はうつむくしかなかった。

 水沢と渡辺のほかに、何人かいじめっ子はいた。しかし水沢と渡辺がいなくなれば、だいぶマシになる。他の生徒はこの二人の手下にすぎないから。

 亮一は勇気をだしてコクッとうなずいた。


「なるほどね〜それじゃ」


 由美は突然、左手を前にいた水沢に向けて


「ロケットパーンチ!」


 と叫んだ。刹那、チョコバナナの左手がとんでもない速度でふっとび、水沢の顔面に直撃した。


「ふべらっ!」


 と意味不明な音を立てて、水沢は倒れた。すかさず由美はさらに


「発射!」


 と叫び、水沢の隣にいた渡辺の顔面に右手のロケットパンチを食らわせた。


「ほげぶっ!」


 と意味不明な音を立てて、渡辺は水沢の上に重なるように倒れた。由美はさらに教壇から離れて二人に近づくと、おじぎをして叫んだ。


「チョコ発射!」


 由美の頭を包んでいた大きなバナナの先端部分がパカッと開き、スプレーのようなものがウィーンと出てくると、おびただしい量のチョコが発射された。水沢と渡辺は頭から胸までチョコだらけになり、悲鳴を上げた。


「ちょ! 誰か助け…」


 由美はあっけにとられてぼう然とするクラスメートたちをぐるりと見回して言った。


「なんで亮一くんをかばってこんなことしたか気になるって?」


 一部の女子生徒たちがこくこくとうなずいた。


「なんでって、私たち、恋人どうしだからだよ」


(は?)


 その言葉に一番驚いたのは亮一だった。教室中がざわざわし「まじかよ…」「なんであんなやつと…」などと言葉が聞こえる。


「いいかてめーら!」


 由美は教壇に戻って演説を始めた。


「もしお前らが私のようなまねをしたら、校長先生の部屋に連行される。だが、私はてめえらと違い、このクズ学校の金の卵。なにやってもお咎めなしなんだわ。この差、おわかり?」


 クスクス笑う女子生徒がボソッと言った。


「でしゃばりきもっ」


 由美は女子生徒を指さして言った。


「きもって言ったな、きもって! 芸能事務所にスカウトされ、しかたないから暇な時間にモデルの仕事をしていた私にきもって言えるほどの顔とスタイルをしているのキミぃ?」


 由美はクラス全員にたずねた。


「私とこの人、どっちがきれい? この人だと思う人は挙手して」


 誰も手を上げない。


「私だと思う人、手を上げて」


 チョコだらけの水沢と渡辺以外のすべての男子生徒が手を上げた。


「あらら、ついうっかり実力を見せつけてしまいましたわ」


 悪口を言った女子生徒は顔を赤くしてうつむいた。


「よく聞けてめーら! 人をコソコソいじめるやつは、この正義の味方、チョコバナナマン、いやウーマンが許さない!」


 シーン…。

 教室が静かになった。

 だが。


 パチパチ…。

 パチパチパチパチ…。


 どこからともなく、拍手が起こった。それはすぐに広がり、一分も経たずに半数以上の生徒が拍手するようになった。


「よかったね、亮一くん! これでキミをいじめるやつは消えたよ。いじめられたら、また駆けつけるよ!」


 亮一はすでに涙を流していた。

 奇跡だった。

 これまでの人生で起きた最高の奇跡だった。


………


 翌日の昼休み。


「またいじめられた?」


 屋上で横になっていた亮一は目を開けた。由美はあいかわらず、両足の間に亮一の顔が挟まるように立ち、髪をかきあげて亮一を見下げていた。


「今日はいじめられなかった」


 亮一は笑った。


「よかったじゃん」


 由美は亮一の隣に座った。


「昨日はありがとうございました」

「昨日もさんざん言われたからいいよ。それより」


 由美も寝て、二人はぼうっと雲を見つめた。


「キミが少しでも楽になったようで、よかったよ」

「全部先輩のおかげです」

「そりゃそうね」


 亮一は少し不安げに言った。


「僕の彼女のふりをしてくれたのも、すごくうれしかった。一時でも、なんかすごくうれしかった」

「そのことなんだけど」


 由美はあっけらかんと言った。


「恋人になろうよ」


 亮一はぽかんとした。耳を疑って、なにも言えなかった。


「嫌ならいいけど」

「嫌なわけないです! 僕は先輩のこと好きでした」

「へえ、そうなの?」


 由美は平然を装っていたが、声に若干の恥じらいがあった。


「好きな先輩に会えていたから、学校に来れたというか…」

「そう聞くとうれしいね」


 亮一は起きあがった。


「でもなんで僕なんかと…」

「だってさー。私はこう見えて友だちいなくてね、キミがいなかったら、正直、私も辞めていたかもしれない」

「そんな…だって先輩は強くて、みんなから尊敬されて…」

「それとこれとは別。こうやって話できるの、キミだけだったからさー。この一年ずっと」


 由美は亮一に手を伸ばし、頬をつねった。


「キミ、ちょっとかわいいし」

「ありがとう、ございます…」


 亮一は恋人になれたことよりも、偉大な先輩から少しでも頼られていた事実がうれしかった。自分の存在が初めて認められたような気がした。


「私と同じ大学に行けるよう、キミも勉強はしっかりやりなよ?」

「は、はい! がんばります!」


 由美は笑って、空にぷかぷか浮かぶ雲を楽しそうに眺めた。

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