白春

藤泉都理

白春




 あ~ひまだ。

 定年退職をしてさらにアルバイトを二十年続けてからこっち、ひまでしょうがない。

 テレビは早口で聞こえづらいし、面白くないし、かと言って、字幕を入れても理解する前に次に行くし、面白くないし。

 新聞も本も文字が小さくて読みづらいし、面白くないし。


 有難く身体は健康でひまなのに何かをするやる気が出ないし。

 同じ年のかあさんは、あっちだこっちだ飛び回っているって言うのに。

 そのやる気くれないかな。

 その冷え切った目は向けないでいいよ。


 あ~ひまだ~。

 自室の畳の上でごーろごろ。

 あー。

 あ。畳。新しいのに変えた方がいいかなでもどうせあと数年も経たないでお陀仏だし。

 息子も娘もそれぞれ家を建てちゃっているから、住まないだろうし。

 まっさらさらになっちまうんだろうなあ。


 あ。そう言えば。

 おふくろが梅酒を床下に保存してたっけ。

 いつか飲もう、いつか飲もうって思い続けてほったらかしにしてたんだっけ。

 このままじゃあ、誰にも飲まれずじまいになっちまう。

 もったいないねえよな。

 えー、と。

 確かここの畳と、床板を剥がしたら。


 目当ての梅酒はなくて、別の物。

 魔法使い、もしくは、仙人の杖が。

 うん。

 うん。

 まあ、ね。

 まあまあ。

 そんな贋物だってわかってるけどね。

 ほら、ひまだし、やる気は出ちゃってるし。

 うん。わあ。

 わああ。

 おおう。

 懐かしいなあ。

 魔法使いごっこ、ないし仙人ごっこ。

 こんな上等な杖じゃなくて、そこら辺の棒切れを振り回して遊んでたよなあ。

 幼馴染はっちゃんと。

 もう、年賀状のやり取りしかしてねえけど。

 元気かなあ。

 電話番号、記載されてるけど、かけたことなかったしなあ。

 かけちゃおう、かな。

 うん。

 このやる気もいつ消滅するかわかんねえしな。

 よし。


 あ。はっちゃん。うん。俺、きっちゃん。きーくーぞーう!

 そうそう。うん。うん。え?うん。

 やあ。ああ。ひまでよ。うん。仕事?いやもう。いいかなって。ボランティアもなあ。

 うん。そう。うん。え?いいのか?おう。じゃあ。うん。あ?迎えなんかいらねえよ。

 うん。うん。じゃあな。


 あ、かあさん。今度の月曜、はっちゃんの家にいくことになった。

 え?いいよ。一緒に行かなくても。

 久しぶり会いたいって。まあ。じゃあ。そうさなあ。

 じゃあ行くか。うん。

 ところでよ。おふくろの梅酒、床下に保存してあったよな。

 え?もうずいぶん前に飲んだ?

 え?俺も?一人で?友達と?

 あ、そう。美味かった?そりゃあよかった。

 え?かあさんも作ってたのか?

 じゃあ、それを持って行くとするか。

 ところでよ。この杖って。

 え?おやじの?なくしたってさがしてたやつ。

 ああ、そういやあ、使ってた、っけ。

 じゃあ、俺が使う。

 あ。うん。杖も土埃で汚れたところはきれいにするって。

 え?杖を持った姿がかっこよかったって?

 やだなあもう。











(2023.2.7)



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白春 藤泉都理 @fujitori

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