ボンボンの俺はある日突然美女とお見合いすることになりました。

にゃんちら

第1話 親父が突然言ってきた

「そこ、右リフトで上がってきてる」

「ここ敵いるかも、スキャンして」

「1枚やった。これ詰めよ」



日付も変わろうとしている時、俺は無駄に広い部屋の中で、ヘッドセットを頭にはめて、パソコンの画面に向かってボソボソと喋っている。



「リフト」というのはいわゆるスキー場にあるやつではなく、科学者設定の女キャラが使う瞬間的に高いところに移動できるスキルのことを言い、「スキャン」というのは書類などを画像ファイルとして読み込むための作業ではなく、これもまた科学者設定のキャラが使う敵の位置を正確に映し出すスキルのことを言い、「1枚」というのは、紙などを数えるための単位ではない。ここでは「1枚」は「1人」のことを言う。



これらは全てオンラインゲームの用語である。



「いよっしゃあああ」



俺はパソコンの画面に映し出された「CHAMPION」の文字を見て、思わず声を上げる。



「ナイス、うますぎいい」



はたから見れば、1人で画面に向かってしゃべっているヤバいやつではあるが、その心配はない。俺は今、2人の友達と通話中である。



友達と言ったが、顔は知らない。いわゆる「ネット友達」というやつだ。俺はリアルでのコミュニケーションは苦手で、リアルで友達と呼べるやつなど数えれば片手で足りてしまう。



なぜネットなら友達ができるか、俺もよくわかってはいないが、オンラインゲームでマッチした人といつの間にか仲良くなって、今こうして一緒にゲームをやっている。ネットとは本当に素晴らしいツールである。



「俺、明日仕事なんで、ここで落ちます」

「俺もです、おつでーす」



そういうと、「ピロン」という音と共に、通話画面から2人のアイコンが消えた。



俺もパソコンをシャットダウンし、そのままベットに飛び込んだ。



三、四時間ほど連続で画面と向き合っていたせいか、目の前がぼんやりとして、天井に張り付いている照明が上下左右に行ったり来たりしている。



ああ、歯磨きしてねえや、、。

でもめんどくさい、このまま寝ちゃおう。



瞼がだんだんと下に降りてきて、くっついてしまいそうだ。



すると突然、部屋の扉が開いた。



「奏多、起きてるか?」



という声とともに、部屋に入ってきたのは父親である正範まさのりである。



「んあ、びっくりした、ノックぐらいしてよ」

「別に女もいないんだから、いいだろ」



その父親の言葉に、思わずギクッとしてしまった俺は、黙るしかなかった。



「まあ、そんなお前にも朗報だ」



親父がニヤつきながら言った。



「なに?」



俺は聞いた。しかし親父はニヤニヤするだけでなかなか答えようとしない。



「なんだよ?」



俺がもう一度聞くと、親父はニヤニヤしながらもようやく口を開いた。



「お前、明日お見合いな」



親父は「ようやく言ってやったぜ」みたいな表情をしている。



「はあああっ!?」



俺は思わず大声が出てしまう。



「お見合いって、何すんだよ」

「何って、お見合いはお見合いだよ」

「そんなん無理だよ、しかも明日って」



そう俺が文句を言うのも当然である。『お見合い』と言うのは事前にみっちりと準備をしてやるものだということぐらい知っているからだ。



「何はともあれ、そんな急にお見合いだなんて、俺はできないからな」



俺は言った。そんな簡単にできるわけがない。仮にお見合いしたって、俺みたいな何もできない男が、相手の目に魅力的に映るワケがない。



「いいのか?」



親父は俺が寝っ転がっているベットに腰をかけてきて言った。



「なにがだよ」

「お前、このまま1人でやってけるのか? 悪いがお前より20年以上生きている俺とママは基本先に死ぬぞ。 俺らが死んでから1人で俺の会社を守れるのか?」



親父は言った。



昔こそ優しいお父さんではあったが、社会人になったは良いものの、世間を嫌い、仕事以外の時間は家に篭りがちな息子をかなり心配しているようだ。



正範は自分の力で会社を立ち上げ、グループ全体では3000人の従業員を抱える程まで大きくした。



大きな会社の社長ということもあり、当然ながら家庭に入ってくる金額も桁違いだ。小学校には金さえ積めば入れてもらえる名門お坊ちゃま学校に難なく入学し、そのままエスカレーターで大学まで進学。



親の仕事が休みの日には世界あちこちにあるリゾートを転々としたり、免許をとった暁には、高級自動車をプレゼントしてもらったり、と、普通の家庭ではあまりみないような水準の生活を暮らしてきた。



社会人になって、周りの人の育ってきた環境の話を聞くが、あまり似た環境の人は出会ったことは無い。



「最近は、親が子供の結婚相手を探すって言うのが流行ってるらしい。俺もそれに乗っかって相手を探してきた。とりあえず、会うだけ会って見てくれないか? 多分気に入ると思うぞ」



親父が言った。



そういえば先週の日曜日、片手で数えられるほどのリアル友達のうちの1人の結婚式に参加したばかりだ。その時の友達は、最初から最後まで嬉しそうな様子だった。



客席から祝福を贈ると同時に、婚約者どころか彼女すらいない自分を恥じていた。



その上、子供の結婚相手を探すと言うのは、相当俺の未来を危惧しているからこそであると思う。



「んん、じゃあ、会ってみるか」

「おお、その気になったか」



親父は喜んだ顔をした。



「ああ、もう先に言っちゃうけど、相手は俺の高校の時の同級生の娘さんだ。という事で、親同士は仲良いから、そんなに改まらなくてもいいぞ、まあ、顔合わせみたいな感じだ」



顔合わせ、というのは結婚を決めた2人が親睦を深める為に開く会のことだ。つまり結婚することは確定しているということだ。



「おい、待て待て、顔合わせって…」

「そうだ、お前らの結婚はもう決まっている」

「はあ?それじゃあお見合いじゃないじゃんか?」



俺は体を起こして、親父と向き合った。



「そうだ。じゃあ訂正する。お前は明日『顔合わせ』だ」



親父は言った。



「そんなん無理だよ、第一に、相手が嫌がるだろ、俺みたいな奴」


「そんなの、会ってみないとわからないぞ? まあお前は、なんといっても顔だけは良いからな、俺に似て」


「親父てめえっ」



俺は親父の肩をグーパンした。



「まあとにかく、親の頼みだと思って会ってみてくれ、相手の両親もお前に会ってみたいって言って下さってる、とりあえず、そういうことだから、ちゃんとした格好しとけ、開催は夕方だからな」



親父はそう言い、部屋を出て行った。



青天の霹靂のような出来事に、俺は脱力してそのまま横になってしまった。

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ボンボンの俺はある日突然美女とお見合いすることになりました。 にゃんちら @nyanchira

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