お嬢様の欲しいもの
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お嬢様と侍女
あと少ししたら、お嬢様の16歳の誕生日を迎える。
その日は月が綺麗な夜だった。
私は、どこかソワソワとした雰囲気が全身から漂うお嬢様のお世話をしていた。
容姿端麗、文武両道。
私のお仕えするお嬢様はまさに完璧人間と言っても過言ではないと思う。
「咲ー」
「はい、お呼びですかお嬢様」
私が振り向くと、お嬢様はベッド際で両手を広げてもう我慢ならないと言いたげな目でこちらを見つめてくる。
「ん!!」
「お嬢様……子供の頃から甘えん坊でしたね?」
少しからかったつもりだったのだけど、分かりやすいくらい顔を真っ赤にして私に抗議してくる。
「そっ……それはっ!」
「いいえ、分かっておりますよ。お嬢様は良く頑張っていらっしゃいます。この程度の事でお嬢様のお心が安らぐのでしたらいくらでも致します」
ただ一つだけ欠点があるとすればそれは極度の甘えん坊であるという事。
お嬢様がここまで甘えん坊になってしまった原因は、お嬢様の御両親がそれは多忙なスケジュールで家を空けがちであった事だと思う。
まだまだ甘えたい年頃であった幼いお嬢様には、彼女を優しく包んであげられる存在が必要だった。
当時、お嬢様の秘書を務める父親の仕事を手伝っていた私は、同性かつ同じ子供と言う事もありよくお嬢様の遊び相手をしていた。その縁もあってかご当主様も奥様もいらっしゃらない時は、お嬢様の遊び相手として決まってお嬢様の部屋に泊まる事になった。
数年が経ち、ご当主様は私をお嬢様付き侍女に命じられた。
ある日、書斎に呼ばれていくと、奥様も同席されていたから一時は解雇を言い渡されるのかと肝が冷えた。
「そう固くならなくて結構ですよ。貴女には負担を掛けますが、娘の教育から日々の世話に至るまで全てお任せしたいのです」
「それは……よろしいので?」
幸いにもご当主様の一族は使用人を大事にしれくれると聞いていたけど……。
当時アルバイトかつただのメイドでしかない私が一気にお嬢様付きの侍女に抜擢されるなんて異例の事態だった。
「大出世おめでとう!」
「いきなり侍女とか大変だろうけど頑張って!」
と、幸いにも同僚は、私の背中を押してくれた。聞くところによると、嫉妬による嫌がらせが横行する家もあるんだとか。
そんな家に就職しなくて良かったー、と胸を撫で下ろしながら私は一層お嬢様のお世話に邁進した。
「さきー、さきー」
「何でしょうお嬢様?」
「わたしのこと、ぎゅーってしてっ?」
舌足らずに私の事を呼んでくる可愛いを超越した
ある時、私は主人に対して持ち合わせては行けない感情を持っていると気付いた、気付いてしまった。だから、そんな気持ちを隅に追いやってしまえるように仕事に没頭した。
お嬢様は今年で16歳。
お嬢様が小さい頃からお仕えしている私は23歳。仕事一筋だった私に春が訪れることも無く、すっかり大人になってしまった。
「婚約者が決まったの」
その一言で果たして私の心が冷えたような、それとも心の奥底で燻っていた炎が一気に燃え上がったのだろうか、分からなかった。
一度意識してしまえばもう目を逸らす事は出来ない。だけど、これは許されざる気持ち。
いずれ、ご当主様の後継ぎとして活躍されるお嬢様に、侍女風情が持っていい気持ちでは無い。
「そうですか、それはおめでとうございます」
お辞儀をする事で私は、こちらをうかがうように見つめるお嬢様の視線を遮った。
はたして私は上手く笑えていただろうか。お嬢様はどんな顔をしているんだろうか。私はかなり情けない表情をしているに違いない。
お嬢様に頭を下げれば私のこの表情も知られる事はない。
見えない、見たくない。
「そう……ありがとう」
はたしてどんな顔で、ありがとうと口にしたのか窺い知る事が出来なかったけど、お嬢様との距離が一気に遠のいてしまったような感覚に陥った。
「咲」
呼ばれている。何か返事をしなくちゃ……。
あぁ、ダメだ。口を開いてしまえば私のこの感情を押さえつける事が出来ないだろう。
「咲、顔を上げて」
侍女失格、そう思いながらゆるゆると頭を上げる。
「ん!!」
そこには何度も見た光景が広がっていた。
「咲、ここに座って……」
「……」
決して口に出さぬよう、口を閉ざしたままお嬢様の側に近付く。
「もっと近くまで寄って」
ベッド脇で歩みを止めたのがお気に召さなかったのか、ベッドの上を指さすお嬢様。
「し、失礼します……キャッ!」
スリッパを脱ぎ、恐る恐るベッドに上がると、急に目の前が暗闇に覆われた。
(あれ……今、どうなって……!?)
しばらく放心状態だったみたいで、お嬢様が心配して私の頭を解放したタイミングでようやく今の状況を把握出来た。
顔には柔らかくて温かい、感覚が残っている。
「ねえ咲、あなたは私の侍女よね?」
やけに真剣な目で私を見据える。
「はい、勿論です」
これまで10年以上勤めてきたからか、スっと返事が出来た。
「私が分からないと言ったことは、咲がいつも教えてくれてたわよね?」
「それが私の役目ですから」
私の言葉を聞いたお嬢様は、向かい合うように座っていた私のお腹に顔を埋めるように抱きついてきた。
「どうされたのですか?」
「分からないの……」
「婚約者の方と何かあったのですか?」
ソワソワしていた理由はそれ以外無いだろう。
女子校に通っているお嬢様は、異性に対しての免疫がほぼ0と言っても良い。
「咲にぎゅーってしてもらう時は、心が暖かかったの……なのに、ドキドキもするようになってきたの」
だけど、
お嬢様は私に抱きつきながら続ける。
「ねえ、お父様の婚約者はドキドキ出来る人を選んだって言ってたの。咲、この気持ちは何なの?」
「それは……」
それは恋なのですよ、とそのまま私の口から出てしまえば、全てが終わってしまう気がして私は口を噤んでしまう。
「教えて咲、咲は私とぎゅーってした時にドキドキ、しない?」
そんなのドキドキしない訳がない。
ああ認めよう。私はお嬢様の事が好き、一人の女性としてお嬢様を愛している。
「……します」
「え?」
「ドキドキするに決まってます!」
お嬢様を抱きしめながら私は告白する。
「手を繋いだ時、ハグした時、近くにお嬢様を感じる時にドキドキするなという方が無理なんです!私は……んんん!?」
私は呆気に取られていた。
気が付いたら、目の前にお嬢様の綺麗な顔があった。
え……お嬢様にキスされた。
それは私の思考回路をショートさせるのに十分な刺激だった。
「咲、ごめんなさい。私は貴女に嘘を付いていたの」
「え、お嬢様?」
「婚約者と会ってきたのは嘘。そもそもお父様が、私の望まない婚約をするなんて考えられる?」
そう言われてハっと気付く。
そう、ご当主様はお嬢様を溺愛されている。そんなご当主様がお嬢様の意向を無視して、無理矢理に婚約を決めるなんて有り得る訳がなかった……。
「咲、私の好きな人はね昔からずーーーっと一人だけ」
ベッドの上で惚ける私を傍に、懐かしむようにお嬢様は言う。
お父様に協力してもらってそれっぽくしたとか、16歳になったプレゼントで何でも一つ欲しい物を聞いてくれるというから考えたのだとか。
「私が欲しい人はね、夜寂しかった時に、頭を撫でてくれた。その人には何でもなかったかもしれないけど、私はとっても暖かかった」
そんな事もあった。
あの後は結局お嬢様が私の手を放してくれなくて、一緒に添い寝をしたのだ。
言外に私の事を言われているのは流石に気付く。
「ですが、私は女ですし……年齢も……」
「咲はお姉ちゃんでお母さんで侍女で、そして私が愛している人、それじゃあいけないの?」
私の心臓はかつてないほど早鐘を打つようにバクバクと音を鳴らす。
いいのだろうか、こんな私でもお嬢様は選んでくれるというの?
「ごめんなさい咲、泣かないで?」
お嬢様が私を抱きしめて背中を撫でてくれる。
「も、申し訳っ、ありません……嬉しくて……」
「咲は、私の事好き?」
「大好きですっ!」
「愛してる?」
「……愛しております、今までもこれからも」
お嬢様は私の頬に両手を添えると、目を瞑る。
月に照らされた二つの影は、少しずつ近付き……
今、一つになった。
完
あとがき
ご覧いただきありがとうございます!
一旦非公開にしていた小説を公再度開しました。
他にも百合をテーマにした作品を投稿してます。
興味のある方は覗いてみてください。
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