番外 聖女様の落とし方
「そ、それで、アランくんを思いっきり酔わせて、その後どうなったんですか!?」
「えっと、その……獣になったアランはとっても男らしかったとだけ言っておくわ」
「キャー!」
聖神教会本部、聖女リンに与えられた私室にて。
かつての勇者パーティーの女子二人が、お茶会という名のガールズトークを繰り広げていた。
今話していたというか、吐かされていた話は、現在ステラの膝の上で寝ているアランとの第二子。
娘の『フラン』が生まれるに至ったキッカケの話だ。
さすがに子供に聞かせたい話ではないので、寝ているフランの耳を塞いだ上で小声で話し合ってはいるが。
ちなみに、もう一人の子供である息子の『アスラ』の方は、一緒に王都に来てくれた
本当はアランと一緒に行く予定だったのだが、そのアランがとてつもなく深刻そうな顔をしたブレイドに相談があると言われて連行されてしまったのだから仕方ない。
孫にデレッデレのお爺ちゃんに感謝だ。
「はー……それにしても、あれですね。
聞けばちゃんと生々しい話が飛び出してくるし、こんなに可愛い娘さんを膝の上に乗っけてるの見ると、ステラさんもすっかり『女』で『お母さん』なんだなって実感しますよ」
「生々しい話とか言わないでよ!」
赤くなるステラをよそに、リンは慈愛に満ちた顔でフランの頭をそっと撫でた。
フランの寝顔が心地良さそうに緩む。
大好きな春の日差しの中で、春風に吹かれてお昼寝してる時と同じ顔だ。
まあ、大好きなお兄ちゃんであるアスラにくっついて寝ている時は更にもう一段階緩むのだが。
フランはお兄ちゃん子なのだ。
「……リンもちょっと変わったわね」
「そうですか?」
「ええ。なんか、ちょっと大人っぽくなった」
一緒に旅をしていた頃から5年が経って20歳となったリンは、少し遅めの成長期で身長が伸び、見た目からして子供っぽさが鳴りを潜めて大人っぽくなった。
ガールズトークの時こそ相変わらずだが、こうして穏やかな顔で子供を撫でて、受け入れられている姿を見ると、もうすっかり『聖女』の名前に相応しい優しげなお姉さんに見える。
アスラあたりの初恋を奪ってしまうかもしれない。
……いや、アスラもアスラで大分シスコンのけがあるから、初恋は禁断の恋になるかもしれないが。
物静かな子なのだが、妹に向ける愛情の大きさが、昔の父親が
今日騎士団の見学に行ってるのも、いざという時に妹を守れる力を欲してのことだし。
3歳にしてそれなのだから、父親の血の濃さがわかろうというものである。
それはともかく。
「なのに、なんで男っ気がないのかしらねぇ」
「もう! それを言わないでくださいよ!」
当然ブレイドの事情を把握しているステラが牽制のジャブを放つも、リンはジャブを打たれたことにすら気づいていないかのごとく、自然体で頬を膨らませるだけだった。
ただ、頬を膨らませているということは、男っ気がないのを気にしてはいるようだ。
「私だって、ステラさんとアランくんのイチャイチャを見てたんですから、当てられて恋の一つもしたいと思いましたよ!
でも何故か! そう何故か!
「いや、それは……」
ブレイドの積極的アプローチを周囲が察して、馬に蹴られないように退散しただけだろう。
それはつまり、ブレイドを押し退けてでもリンを娶りたいと思うような根性のある男がいなかったということでもあるが。
「数少ない出会いの場で、ちょっと良いなって思った人がいても何故か避けられるし!
ステラさんを見てたら、ちょっと良いなくらいで妥協するのもなんか嫌ですし!
モテない上に理想の高すぎる私を笑いたければ笑ってくださいよ!」
なんか、リンが的外れなことで怒り出した。
アスラとフランが続けざまに生まれたことで子育てに忙しく、しばらくは手紙でのやり取りしかできていなかったが、どうやら会わない間に変なこじらせ方をしたらしい。
よりにもよってモテないとか言い出すとは思わなかった。
鏡を見てから言ってほしい。
美人な若奥様として男性門下生達の視線を一身に集め、鼻の下を伸ばして不埒なことを考えた哀れな犠牲者が
「……うん。とりあえず、そこらへんの事情に関しては突っ込まないわ」
ステラはトンチンカンな発言へのツッコミを控えた。
こんな的外れな話を続けるより、こじれた原因の方にメスを入れた方がいいと思ったからだ。
「でも、出会いがないって言うなら、ブレイドとか狙ってみるのはどうなの?
リンは昔からブレイドのこと尊敬してたじゃない」
ガールズトークの果てに、遂にステラは核心へと迫る。
何故か。そう本当に何故か、リンはブレイドのアプローチに気づいていない。
気づいていないから、モテないなんてトンチンカンなことを言い出したのだ。
ならば、この質問によってリンのブレイドに対する認識を解き明かしていけば、話の本質が見えてくるはず。
果たして、リンの答えは……
「いやいや、私じゃブレイド様には釣り合いませんよ」
「は?」
なんとも予想外のものだった。
まるで当たり前の常識を語るかのように変なことを言い出したリンを見て、ステラは思う。
この子はいったい何を言っているのだろうかと。
「釣り合わないって、どういうこと?」
「だって、ブレイド様は名家バルキリアス家の跡取りですよ?
縁談のお話も沢山きてるみたいですし、田舎の孤児院出身の私が釣り合うわけないじゃないですか」
「あー……」
そこまで聞いて、ようやくステラはリンの思考回路をなんとなく理解することができた。
要するに、リンは自己評価の面において昔の感覚を引きずっているのだろう。
田舎の孤児院出身という身分の低い生まれの自分と、世界最大の国、シリウス王国における名家の跡取りであるブレイド。
なるほど、確かにそれだけ聞けば身分違いもいいところだ。
加えて、ブレイドが断り続けたという縁談の話も問題なのかもしれない。
ステラは詳しい事情を知らないが、名家で、あの伝説の剣聖ルベルト・バルキリアスの後継者で、しかも最精鋭騎士団の団長なんて肩書きを持っているブレイドに紹介される相手は、相当高貴な身分の人達なんだろうなと想像はできる。
同じ名家や大貴族の娘、下手したら王女なんかがいてもおかしくない。
リンがそんな人達と自分を比べたのなら、ブレイドと結婚するという未来がそもそも想像つかなくて、選択肢から除外した結果、ブレイドのアプローチに気づかないということもある…………のかもしれない。
それにしても鈍感が過ぎるような気はするが、リンの考え方自体はステラにもわからなくはなかった。
ステラだって10歳で故郷から連れてこられ、15歳で魔王討伐の旅に出るまでの5年間、ずっと城で勇者様勇者様と呼ばれて過ごしたが。
自分がシリウス王国の王族貴族と対等に話せるような高貴な存在になった実感なんて、ついぞ湧かなかったのだから。
王族と結婚することが多かったという歴代勇者のように、魔王討伐後も国の中枢で生きていくなんて想像もつかなかった。
アランと一緒に故郷に帰りたいという思いがあったことを差し引いてもだ。
リンの場合は、故郷に帰って社畜生活に戻りたくないという、なんともアレな理由でシリウス王国に残ったが。
『聖女』という地位がしっくりきていない感覚はステラと大差なかったのだろう。
(誰か認識を正してあげなさいよ!)
ステラは内心で激しくそう思った。
そして、こうも思った。
誰もやらなかったのなら、自分がやってやると。
「あのね、リン」
ステラは真剣な顔でリンに言って聞かせた。
実際はリンも魔王を討伐した勇者パーティーの一人という肩書きがあり、充分すぎるほど実力も伴っているのだから、ブレイドと釣り合わないなんていうのは完全なる勘違いだということを。
当事者としては実感が湧かないかもしれないが、端から見ていたステラならば指摘できる。
果たして、それを聞いたリンの答えは……
「うーん……。でも、ブレイド様が高貴な方々を差し置いてまで私を選んでくれるとも思えませんし」
(なんでそうなるのよ!)
鈍感系か!
ブレイドは散々アプローチしてたでしょうが!
ステラは内心でそう叫んぶと同時に、悟った。
きっと、他の人達もリンの認識を正そうとしなかったわけではないのだろうと。
だが、リンのこの圧倒的鈍感力の前に膝を屈したのだろうと。
人の恋路には興味津々だったくせに、自分の恋路となるとこれとは……。
(助けて! エルネスタ先生!)
ステラは内心で恋愛の師匠に助けを求めた。
もう自分の力では手の施しようがない。
恋路を応援する者としての禁忌を犯し、ブレイドの恋心をステラが勝手にバラしたとしてもスルーされる気がする。
天性の鈍感としか思えない。
これを覆せるとしたら……
そうして、ステラが頭を抱えそうになった瞬間、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「はーい。なんですか?」
「リン様、ブレイド様がお見えです。至急、エントランスにお越しください」
「え? ブレイド様が?」
「なんでしょう……?」と呟きながら、リンはステラを伺った。
今は久しぶりの女子会の最中。
それを中断しなければならないのを気にしているのだろう。
「私のことは気にしなくていいわよ」
「いえ、ステラ様もご同行していただけると助かります」
「え?」
そう言ったのはリンではなく、連絡役の女性神官だ。
修行時代からステラとも交流があり、なんなら『ステラの恋を応援し隊』のメンバーでもあった彼女は、「失礼」と一言断ってからステラの隣にやってきて、耳元で事情を話し始めた。
それを聞いてステラの目が見開かれる。
「リン、行くわよ。ほら早く」
「え? ちょ、ステラさん?」
事情を聞いたステラはフランを優しく抱っこし、リンをせっついて歩かせる。
鼻息の荒いステラと連絡役の人。
妙なテンションの二人に首を傾げながら、リンはエントランスに連行された。
「来たか」
「ブレイド様……?」
そこで待ち受けていたのは、当然ながらブレイドだった。
しかし、いつもと雰囲気が違う。
具体的には随分ピシッとした礼服を着ており、手には花束が握られている。
ついでに、エントランスには「マジか……」と呟きながら、そんなブレイドを驚愕の眼差しで見つめるアランの姿もあった。
ブレイドが歩き出す。
興味津々な様子の教会関係者達の視線をものともせず、2メートルを超える巨体で堂々とリンの前に歩み出る。
そして、ブレイドは、━━リンの前で片膝をつき、花束を差し出した。
「へ?」
「リン、今までの俺は間違ってた。好感度を稼いで、満を持してから告白しようと思ってたんだが、それじゃダメだったんだな。
もっと早く、こうやって真っ向から想いを伝えるべきだった」
「え? え?」
混乱して目を白黒させるリンに。
自分のこととなると鈍感にもほどがある聖女様にわかってもらえるように。
「━━好きだ、リン」
ブレイドはハッキリと自分の想いを言葉にした。
聞き間違いなんてさせないように、飾った言葉など一切無しで、どこまでも直球ストレートに伝えた。
ヘタレだヘタレだと言われながらも、最後の最後は小細工抜きの真っ向勝負で決めた、どこぞの無才の英雄のように。
「吸血鬼の血に侵されて、自分を見失いかけてた時、お前の言葉が俺を引き戻してくれたんだ。
散々情けない姿を晒してきた俺を、お前はそれでも英雄だと言ってくれた」
ブレイドは語る。
自分がリンを好きになった理由を、隠さず語って聞かせる。
「旅の中でずっと支えてくれた。
こんな俺を見捨てないでいてくれた。
そんなお前の言葉に応えたいと思ったから、俺は奮い立つことができたんだ」
「だから」と、ブレイドは続ける。
「これから先の人生で、俺はお前のために剣を振るいたい。
お前のための
だから、━━俺と結婚してくれ!!」
男らしくプロポーズの言葉を言い切るブレイド。
観客達が黄色い声を上げそうになるも、雰囲気を壊してはならぬと必死で自分の口を抑えた。
アランは「こいつ、ホントにやりやがった……」と小さな声で呟き、ステラは奇跡でも起きたかのような歓喜の表情で二人を見る。
そして、肝心のリンはといえば……
「あ、う……」
真っ赤な顔で硬直していた。
心臓がバクバクと鳴り響き、ステラの恋バナにキャーキャー言っていた時の数百倍は強烈な感情が胸を締めつける。
いくら鈍感を極めたような女であろうと、こうも真正面から堂々とプロポーズされれば、勘違いする余地も、鈍感スルースキルを発動する余地もない。
混乱する頭がプロポーズされたという事情をどうにか認識した瞬間、リンの脳裏にブレイドとの思い出が溢れ出した。
初めて出会った時、絶望的な魔族の襲撃から故郷を救ってくれた。
凄くカッコ良かった。
それから一緒に王都に連行されて、ブレイドの不真面目な面を見せられてモヤモヤしたが、決して嫌いにはならなかった。
エルフの里でドラグバーンにやられ、次は目の前で
アースガルド戦では無茶を続けるブレイドに感情が爆発して頬を引っ叩いてしまったが、結果的にはそれで喝が入ったのか、完全復活して大活躍してくれた。
凄く凄くカッコ良かった。
魔王城での最終決戦。
魔獣王を倒して過去にケジメをつけ、そのまま魔王との戦いへ。
戦いの終盤、アランとステラが二人で魔王に挑む中、ブレイドはボロボロの体で力尽きた自分達を守ってくれた。
その背中は滅茶苦茶カッコ良かった。
決戦が終わり、次期騎士団長として働くブレイドと過ごした5年間。
亡くなった家族に恥じない生き方をしたいと言って、昔からは考えられないほど真面目に職務に励むブレイドは素直に尊敬できた。
息抜きとして、休日によく一緒に遊びに連れていってくれた時は楽しかった。
ブレイドと一緒にいるのは、本当に楽しかったのだ。
それらの思い出が一瞬にして脳を駆け巡り、リンは自分が決してブレイドのことが嫌ではないことを再確認する。
その瞬間、リンの頭はボフンッと音を立ててオーバーヒートした。
「か……」
「か?」
「考えさせてくださーーーい!!」
「え!?」
結果、リンの脳は戦闘継続不可能という命令を体に下し、返事を保留にして逃走を図った。
魔法系とはいえ聖戦士の身体能力をフルに発揮して一目散に逃げるリン。
残された哀れなブレイドは、花束を差し出したままの体勢でフリーズした。
「あちゃー……」
一部始終を見終えて、ステラは呆れたように苦笑を浮かべた。
ついでに、リンの大声を聞いてフランが起きてしまったので、そっちにも苦笑を浮かべる。
「こうなったか……。まあ、ブレイドの勇気には敬意を表するってところだな」
そんな母娘に、花束を受け取ってもらえなかったせいで、ものの見事に晒し者になっている男に憐れみの視線を向けながら、
しかし、娘を視界に入れた瞬間、哀れな男への憐憫の視線を綺麗サッパリ消し去って、優しい顔でフランの頭を撫でようとするも、当の娘にその手をペチッと叩き落とされて、悲しい顔をするお父さん。
フランは何故か、お父さんへの当たりが微妙にキツいのだ。
嫌われているわけではないと思いたいが、早すぎる反抗期ではないかと、アランは内心、戦々恐々である。
そんな父娘の様子にやっぱりステラは苦笑しながら、話をかつての仲間達の恋路の方に戻す。
「でも、これでリンの方もさすがにブレイドを意識したでしょうし、くっつくのも時間の問題だと思うわよ」
「そうだな。これでようやく積年の恨みを晴らせる……!」
そうして、アランはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
彼は旅の最中、リンに恋路を散々からかわれたことを未だに根に持っているのだ。
ずっと仕返しのチャンスを待っていたのだから、喜びもひとしおなのだろう。
もっとも、それはステラとて同じだ。
アランより前、王都での修行時代からリンに散々からかわれ続け、いつかリンに好きな人ができたら、今度はこっちが思いっきりからかってやろうと思っていたのだから。
ステラもまた、アランとそっくりな邪悪な笑みを浮かべた。
「ククク」
「うふふ」
脳内で仕返しプランを考えながら笑い合う似た者夫婦。
ブレイドは未だにフリーズし、観客達は興奮冷めやらぬ様子で通常業務に戻っていく。
「ふぁぁ……」
そんな大人達を尻目に、無垢な子供のフランはマイペースに再び眠りにつき、存分に心穏やかな惰眠を貪ったのだった。
ちなみに、逃げ出したリンは、逃げた先で敏感にラブの気配を察知して戻ってきたエルネスタに捕まり、アランとステラが手を下す前に存分にからかわれたという。
しかし、からかわれると同時にアドバイスを授けられ、とりあえず結婚の前に交際期間を設けることを決定。
1年間の健全なお付き合いの末、無事にめでたくゴールインしましたとさ。
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