番外 剣聖の恋路
魔王軍との戦いが終わってから早5年。
シリウス王国最精鋭騎士団団長に就任した『剣聖』ブレイド・バルキリアスは悩んでいた。
最近、彼はよく夢を見る。
祖父であり、尊敬すべき前任の騎士団長であるルベルトが枕元に立つ夢だ。
魔王城での最終決戦にて戦死した歴戦の大英雄は、ブレイドの枕元でこう言うのだ。
『ブレイド。お前ももう25だ。いい加減、身を固めるべきではないか?』
枕元に立ってまで行われたのは、まさかの結婚の催促だった。
こんな夢を見るようになったのは、まず間違いなく現実でも同じことを散々言われているからだろう。
バルキリアス家は代々シリウス王国に仕えてきた騎士の家系である。
そう大きな家ではないが、何人もの加護持ちや優秀な将兵を輩出してきた名家だ。
そして、加護というものにある程度遺伝する性質がある以上、国に所属する加護持ちには、ちゃんと結婚して子供を設けることが求められる。
そうでなくとも、バルキリアス家を次代に残したいのであれば、結婚と跡継ぎを誕生させるのはブレイドの義務だ。
ブレイド自身にも、それを放棄するつもりはない。
という事情もあって、無事最精鋭騎士団の騎士団長に就任し、魔族の残党も目立つ奴は大体狩り終えて余裕の生まれてからというもの。
ブレイドには縁談の話が殺到していた。
大貴族の娘、絶世の美女と評判の少女、果てはシリウス王国の王女や、聖神教会教皇の孫娘まで。
よりどりみどりだ。
ブレイドの立場と、魔王を討伐した勇者パーティーの一人という名声があれば、あらゆる立場の女性からモテる。
更に、バルキリアス家は名家とはいえ大貴族というわけではない。
領地なども持たず、権力に執着もない騎士故に、普通の貴族のように、どこかの家との関係性の強化を考えて結婚する必要もない。
次代に加護持ちが生まれる確率を増やすために、同じ加護持ちと結婚しろと言われることもない。
加護の遺伝は、あくまでも『ある程度』だ。
聖戦士から加護持ちが生まれてくる確率も、加護持ちから加護持ちが生まれてくる確率も、何代か前の先祖に加護持ちを持つ家系から加護持ちが生まれてくる確率も、そう大して変わらない。
そして、シリウス王国の名家と呼ばれる家は、過去に多くの加護持ちを血族に迎え入れているし、そもそも加護持ちが興して血が継承されたという家も多い。
つまり、別にブレイドの血に頼らなくとも、どこからでも大差ない確率で加護持ちは生まれるのだ。
シリウス王国は、血筋の土壌を既に作り終えているのである。
もちろん、勇者や聖戦士の直系が一番高い確率で加護持ちを産み落としはするが、血筋の厳選に躍起になるほど希少なわけではない。
それこそ、最上位の加護持ちである勇者ステラが加護の無いアランに嫁いでも、そこまでうるさく言われないほどに。
シリウス王国には歴代勇者の血を引く家系も多くあり、種馬的な意味で優秀な人材など、いくらでもいるのだから。
さすがは人類最強最大の国というべきだろう。
それらの事情が合わさった結果、大変幸運なことに、ブレイドはかなり自由に相手を選べる立場にあった。
にも関わらず、ブレイドは縁談を全て断り、この国での結婚適齢期を微妙に過ぎてなお、結婚することはなかった。
何故なら……
「で? なんでお前は、5年もダラダラやってるんだ?」
「しょうがねぇだろ! だって、リンの奴、俺のアプローチに全然気づいてくれねぇんだよぉおおお!!」
彼には既に想い人がいて、その想い人に全然振り向いてもらえていないからだ。
ブレイドはそのことを自宅の屋敷で、王都に遊びにきたかつての仲間であるアランに愚痴っていた。
アランとしては複雑な心境だ。
恋に発展したらからかってやろうと思って楽しみにしていたのに、5年経っても全く進捗がないのだから。
自分の方は既に第二子まで生まれているというのに。
しかも、別にブレイドがどこかの誰かのようにアプローチができないヘタレと呼ばれる人種なわけでもない。
当初こそからかわれるのを嫌ってかリンへの恋心を否定していたブレイドだったが、すぐにどこぞのヘタレの二の舞いになると気づいたのか、割と早期に開き直って肯定した。
その後は結構積極的にリンにアプローチをかけている。
なのに、リンの方が無反応というのはアランにしても予想外だ。
この無反応というのは決して比喩ではない。
会った時に軽く探りを入れ、ステラに至ってはガールズトークでもっと深いところまで探っているというのに、
まるでブレイドのアプローチなど存在しないかのように、リンの様子におかしなところが欠片も見当たらないのだ。
まさかとは思うが、ブレイドの好意に気づいていないという可能性まである。
少なくともブレイドはおろか、誰かを恋愛的な意味で意識していないのは確実だろう。
鈍感系か!
「もしかして、あれか? 旅の途中で散々情けない姿を見せたから、恋愛対象じゃなくて介護対象って認識が未だに根強くこびりついてるのか?」
「嫌だぁあああ!!」
アランが最悪の可能性を告げれば、ブレイドは頭を抱えて絶叫した。
あり得ると思ってしまったのだ。
確かに、自分は旅の中でリンに散々心配をかけ、散々情けない姿を見せた。
それでもリンはブレイドのことを、自分にとって最高の英雄だと言ってくれたが、
あくまでもそれは、ブレイドが過去にリンを助けたからであって、言ってしまえば恩義と思い出補正からの言葉だ。
そして、恩義と恋愛感情は別に『=』で繋がらない。
逆に、介護対象ともなれば、『=』で恋愛対象にならないという方程式が成立してしまう。
もしアランの推測が正しかった場合、ブレイドはどうにかしてそのイメージを払拭しない限り、敗北必至である。
「何か! 何か策はないか!?」
「そうは言ってもな……」
「なんでもいい! お前がステラを押し倒したい気分の時にやってることでもいい! とにかく、なんでもいいからアイディアのキッカケが欲しいんだ!」
「なっ!? そ、そんなもんをお前に教える義理は……」
「頼む! ワラにもすがる思いなんだよ!」
「うっ……!」
土下座まで繰り出され、アランはたじろいだ。
好きな女を振り向かせたいという気持ちはアランにもわかる。
自分達の場合は昔からの仲で、自然と両想いになっていたパターンだが、想い人と一緒になりたいという部分に関しては痛いほど気持ちがわかってしまう。
ブレイドは共に魔王軍との死闘を切り抜けた戦友だ。
恋路をからかってやりたいとは思うが、失恋して気落ちしてほしいとは思っていない。
ここまで必死に助けを求められて、知ったことかと見捨てられるほど関係は浅くはないのだ。
「……あんまり参考にはならないと思うぞ。夫婦の営みと、好きな女の振り向かせ方は違うだろうしな」
「それでも構わねぇ! 教えてくれることに感謝する!」
「ハァ。なんで俺の方がこんな羞恥責めをされなきゃならないんだ……!」
自分はからかう側だったはずなのに、こんなのはおかしい。
そう思いながらも、アランは顔から火が出そうな思いを堪えて、日頃から意識しているステラの好感度の上げ方を話していった。
押し倒し方に関しても、基本は好感度を上げた末にそうなるのだから、やはり好感度上げこそが基礎にして奥義なのだ。
そこから発展する甘い空気の作り方。
押し倒してもいい雰囲気への持っていき方。
話が逸れて、逆に押し倒される頻度の方が高いことまで喋らされてしまった。
それらの話を聞いたブレイドは……
「なんというか、ビックリするほど参考にならねぇなぁ」
「張り倒すぞ、貴様……!」
羞恥を堪え、少しばかり酒の力を借りなければ実行困難な嫁の押し倒し方まで教えたというのに、この反応。
アランはキレそうだった。
現役時代の愛刀が片方でも残っていたら斬りかかっていたかもしれない。
「だってよぉ。お前のそれって、ぶっちゃけ常日頃からイチャイチャしてるってだけじゃねぇか」
「くたばれ!」
「おわっ!?」
遂に、掌底を使って六の太刀変型『震天・無刀』を使い始め、ブレイドの頭部を狙って脳を揺すりにいくほどキレたアランだったが、ブレイドの言葉は別に間違っていない。
アランの語った好感度上げは、殆どが日常生活でのイチャコラ……もとい、幼少期から変わらない自然体での生活に毛が生えた程度のものだ。
遠慮なく思ったことを話し合い、笑い合い、楽しそうなことを共有し、相手が喜びそうなことを考え、困っていたら気にかける。
変わったことといえば膝枕などの甘いスキンシップが増えたのと、夜の戦いに向けた駆け引きが追加されたことくらい。
夫婦生活をする上で最も大事なこと。
お互いを大切に想って尊重するということを昔からしてきた二人にとって、それが一番自然な愛の形なのだ。
アランが語ったアドバイスは、その全てが昔から変わらぬ絆があること前提の、あるいはその絆を維持するためのアドバイスだった。
現状からの変化を望んでいるブレイドにとっては、ビックリするほど参考にならない。
無事にリンを落とすことができれば、円満な夫婦生活を送る方法として、大変参考になりそうではあるが。
「もう知らん! あとは自分で何とかしろ!」
「ちょっ、待っ……!? ここまで来て見捨てないでくれよ!?」
しかし、正直な感想がブレイドの口から滑り落ちてしまったせいで、アランはそっぽを向いてしまった。
ブレイドが必死に謝るも効果はない。
やがて、アランは憤慨した様子で、
「ふん! 俺にここまで恥をかかせたんだ。お前も大恥覚悟で公開告白でもすれば、最低限気持ちは伝わるんじゃないか!?」
と、そんなことを言い出した。
それを聞いたブレイドは…………雷に打たれたような衝撃を受けた。
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