番外 勇者様は甘やかしたい
━━ステラ視点
魔王軍との戦いが終わってから2年。
ウチの村に『剣鬼流』の道場ができてから1年半が経った。
最近のアランは忙しそうにしてる。
門下生への指導がそれだけ大変なのだ。
だって、アランがやってきた修行を、そのまま門下生に施すわけにもいかない。
強敵に死ぬ気で挑み続けて、一回でもミスしたら即死亡なんて修行を門下生全員にやらせたら、アランが大量殺人鬼になっちゃうわよ!
というか、アランがやってきた修行の詳細を聞く度に、今でも背筋が震えるわ。
アランが修行の途中で死んじゃう可能性だって高かった。
むしろ、確率的には死んでないのがおかしいくらいで、アランが生きてたのは凄まじい執念で、生存と勝利に繋がる細い糸をたぐり寄せ続けてたから。
何かが一つ違えばアランの命は無くて、今の幸せも無かった。
まあ、それに関しては魔王軍との戦い全部がそうかもしれないけど。
アランが修羅の道を選ばなければ。私がそれを信じて待たなければ。結局は魔王軍に負けて皆死んでた。
想い人にそんな危なすぎる道を進ませたことには思うところしかないけど、それがどうしても必要なことで、その無茶の先に今があるんだから否定もできないのよね……。
それにあの選択を否定したら、アランの努力も否定しちゃうことになる。
それはダメ。絶対にダメ。
なら、私にできるのは、やり遂げたあいつを目一杯甘やかしてやることくらいかしらね。
話が逸れちゃった。
今は門下生達への修行の話よ。
アランの修行をそのまま施すことはできないけど、部分的にはちゃんとまともな修行もあったから、まずアランはそれを門下生達に叩き込んだ。
それが私との剣術勝負をモデルにした、格上の攻撃を受け流し続ける修行。
アラン曰く、あいつは前の世界も含めて私と戦い続けることによって受け流しの基礎を習得したらしい。
そして、受け流しを極めれば剣鬼流の真髄、力の流れを感じ取ることに繋がって。
力の流れを見極められるようになれば、最強殺しの七つの必殺剣習得への道が開ける。
ということで、剣鬼流最初の修行は受け流しの修行に決定。
まずは加護の無い普通の人の中ではトップクラスの身体能力を持つアランの打ち込みに対処させ、
慣れてきたら相当手加減した状態の私の攻撃を受けさせる…………予定だった。
だけど、最初の段階で早速問題が発生。
門下生達はアランの攻撃を受け流すこともできなかったのよ。
唯一、凄い意欲で剣鬼流に入門したお父さんを除いて。
原因は不幸な行き違い。
門下生を選定して送ってきた騎士団とのね。
どうも騎士団の人達はアランの剣術を既存の剣術とはまるで違う、完全に別系統の技術だと思ってたみたい。
だから既存の剣術の動きが染みついてると邪魔になると考えて、まだ基本の技術すら覚えてない新兵を剣鬼流の門下生に選んだ。
まっさらな方が剣鬼流の色に染めやすいでしょっていう、完全な善意で。
だけど、これは大きな間違い。
アランの剣術は確かにキテレツだけど、根本は普通の剣術と変わらないのよ。
歪曲は普通の受け流しの究極発展系だし、そもそも開祖であるアラン自身が、前の世界でこの村を守ってくれてた騎士から教わった普通の剣術を土台に、自分の経験を足して発展させる形で最強殺しの剣を作り上げたって言ってた。
つまり、アランとしては基礎のできてる人を送ってくれる方がありがたかったのだ。
実際、基礎ができてて、なんか別れてる間にムッキムキになるくらい鍛え上げてたお父さんの成長は目に見えて早い。
というか、アランだって教える側としては素人なんだから、いきなり育成難易度の高い素人を送られても困る。
教える側も教わる側も素人とか、それただの地獄絵図よ。
せめて一緒に修行したブレイドがもうちょっと深く門下生選びに関わってれば、この不幸な行き違いを避けられたかもしれないけど、
あいつはあいつで騎士団長になるための勉強で死にかけてるから無理。
一度送られてきた門下生を送り返すっていうのも角が立つから、諦めて基礎の基礎から叩き込むしかなかった。
事情を知ったドッグさんが送ってくれた教官の人や、即行で流刃を習得して剣鬼流初段に認定したお父さんと相談しつつ、新米剣士な門下生達を教える日々。
どうにか他の門下生達がアランの攻撃を受け流せるようになるまで1年ちょっとかかった。
でも、これでようやく私の出番ね! ……ってなったところで再び問題発生。
とある事情で私は動けなくなっちゃって、アランは再び修行プランを練り直す作業に追われてる。
今日も難しい顔でペンを握ってメモに向き合ってた。
このままだと、また夜遅くまで頑張っちゃいそう。
最近は料理とかも頑張ってくれてるのに。
「アラン、ちょっとこっち来て」
「ん? どうした?」
「いいから」
私はそんなアランを引っ張って寝室に連行し、ベッドに座ってアランも隣に座らせた。
そして、ポンポンと自分の膝を叩く。
「はい。どうぞ」
「どうぞって、お前……」
「わからない? 膝枕よ」
「いや、それくらいわかるわ」
わかると言いつつ、アランの顔は赤い。
結婚して2年も経つのにまだ恥ずかしがってる。
そんなところも可愛いんだけどね。
「いいから、ほら!」
「うおっ……!?」
そんなアランを強制的に抱き寄せて、膝の上に頭を乗せる。
抵抗はされなかった。
よろしい。
「あんたは魔王軍との戦いで散々頑張ったんだから、もうちょっとのんびりしたっていいのよ」
そう言いながら、私は膝の上のアランの頭を撫でた。
昔はよく私の方が撫でられてたけど、最近は私が撫でることも多い。
これって結構癖になるのよね。
「のんびり、か」
アランはそう呟いてから、体を動かして私のお腹の方に顔を向けた。
「お腹、大きくなってきたな」
「そうね。あんたも、もうすぐお父さんよ」
これが私が動けなくなった理由。
今、私のお腹には赤ちゃんがいる。
アランとの赤ちゃんが。
「なら、父親として頑張らないとな」
「だから、あんまり頑張らなくていいっての」
「わかってる。無理しない程度に頑張るさ。無理して倒れでもしたらダメだからな」
そうして、アランは体を起こしてから私をそっと押し倒して、一緒に布団に入った。
「今日はもう寝る。言われた通り、少しのんびりしておくわ」
「よろしい。あ、でもエッチなことはダメよ。まだ安定期に入ったばっかりなんだから」
「俺は性獣じゃない。むしろ、性獣はお前の方だろうが」
「へ〜。ムッツリスケベが言うじゃない」
そんな冗談を言い合いながら私達は眠りについた。
今日は甘やかしたい気分だから、私がアランを胸に抱く。
抱きしめながら頭を撫でるのは、やっぱり癖になる感覚だった。
満足。
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