魔王と聖女・3

 ラネの目の前に座っているエマは、頬に手を当てて考え込んでいる。

 何から説明するべきか、と言っていたので、どう話したらいいのか迷っているのかもしれない。

 美しい銀色の髪に、大きな赤い瞳。

 まだ幼い表情と、しぐさ。

 こうしていると、可愛らしい少女にしか見えない。

 だが話す声は老女のもので、ラネも困惑していた。

 彼女はいったい、何者なのだろう。

 ルーカット王国側の言葉を信じるのであれば、彼女は3歳のときに聖女として目覚めた。

 けれどその体がまだ幼いせいで、聖女の力を使うことはできなかったという。

 彼女と対面するまでは、幼い少女がその高貴な生まれのせいで聖女に祭り上げられ、権力に利用されているのかもしれないと思っていた。

 だが実際のエマは、外見以外は7歳だとは思えない。

 威厳のある老女の声といい、話し方といい、ラネよりもずっと年上だと感じるくらいだ。

「聖女として目覚めたと言っていたが、力が使えないのに、どうして自分が聖女だと?」

 まだ考え込んでいるエマに、アレクがそう尋ねた。

 アレクはルーカット王国を訪れる前から、その聖女には何かある。聖女ではないが、聖女と関係があるのではないかと言っていた。

 今も、彼女に何か感じているのかもしれない。

「ああ、それは私に、聖女の記憶があるからだ」

 エマは視線を上げてアレクを見つめると、ゆっくりとそう言った。

「聖女の、記憶?」

「そう。聖女は代々、その力と記憶を受け継いでいる。まだ幼いこの体に聖女の力は宿らなかったが、記憶はすべて蘇っている。そのことから話すとしようか」

 そう言ってエマは、話し始めた。

 最初に勇者が魔王を封印したのは、今から七百年ほど昔のこと。

 世界を滅ぼそうとした魔王の力はあまりにも強大で、勇者を中心に編成された魔王討伐軍でも打ち倒すことは不可能だった。

「そこで勇者は己の命を懸けて魔王を封印し、聖女は自分の魂を、封印の要とすることに決めた。勇者が死んだあと、聖女はまた魔王の封印が解かれるまで、何度も転生を繰り返して、力と記憶を受け継ぎ、そのときを待っていた」

 勇者は、世界中に生まれる可能性があるが、聖女は自分の血筋に転生を繰り返していた。その方が記憶を受け継ぐのに都合が良かったのだという。

 だから聖女は代々、ルーカット王国のリィース公爵家にしか生まれない。

 つまりリィース公爵令嬢であるエマは、間違いなく聖女であり、その記憶を受け継いでいる。

 そう考えれば、彼女の老練した雰囲気や話し方にも納得できる。

「アレク……」

 もしこれがすべて嘘だったとしても、彼ならば見抜けるだろう。

 そう思って声を掛けると、彼は固い表情のまま、エマの言葉を否定することなく、ゆっくりと頷いた。

 アレクが嘘だと思わないのなら、彼女の言葉はすべて真実なのか。

「現リィース公爵夫妻には、なかなか子どもができなかったようだ。そろそろ魔王の封印が解かれる時期だったから、公爵夫妻もかなり焦っていた。結婚してから数年が経過して、ようやく私が生まれたが、残念ながら少し遅かった」

 エマは自分の両親を、リィース公爵夫妻と呼んでいた。

 代々の聖女の記憶を受け継いだ今、両親だという認識は薄れてしまったのかもしれない。

 その話がすべて本当だとしたら、彼女の声が老女のものなのは、七百年も前から記憶を受け継いできたことが、原因なのか。

「魔王は、歴代の勇者でも封印しかできなかった存在。魔王などと呼んでいるが、あれは邪神と呼ぶ方が正しいのかもしれぬ。その驚異は、聖女の誕生が数年遅れただけで、この世界を滅ぼしかねないものだ。だから、ギリータ王国が聖女を召喚したことを責めるつもりはない」

 そう言うと、エマは視線をラネに向けた。

「召喚聖女は、どんな女性であった?」

「……それは」

 ラネは何と答えたらいいのかわからずに、言葉を濁す。

 たしかにアキは、聖女とは思えないほど高慢で我が儘だったので、ラネも目の敵にされて、色々と大変だった。

 けれど、もう彼女は亡くなっている。

 亡くなった人を悪く言うことはしたくないし、彼女が魔王討伐に貢献したのも間違いなく本当のことだ。

 何も言えないラネを見て、エマはひとりで納得したように頷いた。

「体が弱く、力を使うと死んでしまいそうな聖女か、もしくは我が儘で手に負えない傲慢な聖女だったであろう。最初から、そうと決まっているのだから」

「決まっている、とは?」

 たしかに聖女アキに当てはまる性質だったが、異世界からの人間は、すべてそうだと言っているのだろうか。それはきっと違うと、ラネは反論しようとした。

 そんなラネに、エマは首を横に振る。

「もちろん、異世界にも善良な人間はいる。むしろ、ほとんどそうであろう。だが召喚聖女は、問題のある女性が選ばれることが多いのだ」

「え?」

 どうしてわざわざ、問題のある女性を聖女として召喚しなければならないのか。

 その理由がわからずに、ラネは戸惑う。

 だがアレクはその理由がわかったらしく、険しい顔をしてエマを見つめた。

「召喚聖女は、かつての勇者と同じ扱いか」

「それは違う」

 そんな彼の呟きを、エマは即座に強く否定する。

「勇者は魔王封印のために、自らその尊い命を捧げてくれた英雄である。聖女の力を一時的に宿すための、使い捨ての召喚聖女などとはまったく違う」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約者が明日、結婚するそうです。 櫻井みこと @sakuraimicoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ