魔王と聖女・2

「カレン、もう良い。あとは、私が話す」

 聞かされた衝撃の話に、どう捕らえたらいいのかわからず戸惑っていると、奥の部屋からそんな言葉が聞こえてきた。

 嗄れた老女の声である。

 重々しい、威厳を含んだその声は、キキト村の長老を思わせた。

(この声は……女性のようだけれど)

 ルーカット王国の国王の声ではなかった。国王に挨拶に向かうとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。

 では、誰に会いに来たのだろう。

 ラネは、目の前にある扉を見つめた。

 天井まで届くほどの重厚な扉には、美しい彫刻が施されている。

 無駄を省いたこの王城の中では、異質なほど豪華な扉である。その前には、帯刀したふたりの騎士がいる。顔をすべて覆い尽くすような兜を被り、微動だにせず立ち尽くしていた。

 その物々しい警備から察するに、この部屋の中にいる人物は、とても高貴な方のようだ。

「ラネ様、アレク様、どうぞ中へ」

 カレンがそう言うと、騎士たちが、ゆっくりと扉を開いてくれた。

 彼女に導かれて、ラネはアレクとともに部屋の中に足を踏み入れる。

(眩しい……)

 天井から光が降り注いでいた。

 その眩しさに思わず目を瞑ると、傍にいるアレクが支えてくれた。

 彼の手を借りたまま、少しずつ目が慣れてきたので、周囲を見渡してみる。

 そこに広がる光景は、ラネの予想とはまったく違うものだった。

(ええと、ここはルーカット王国の城内、のはずよね?)

 アレクが傍に居る安心感から部屋の中を見渡してみると、ここはまるで大聖堂のような場所である。

 入口の扉よりもさらに高い天井にはステンドグラスが嵌めこまれていて、そこから太陽の光が降り注いでいた。

 白い柱が何本も建てられていて、その柱にも美しい装飾が施されている。床には、見事な刺繍を施された絨毯が敷いてあり、思わず目を奪われた。

 王城の内部に、こんな場所があるとは想像もしていなかった。

 部屋の壁側には、カレンと同じ服装をした女性が何人もいて、部屋の奥にいる人物に向かって頭を下げていた。

 そこには、先ほどの言葉を発した、威厳のある老女がいるはずだった。

 けれど予想に反して、そこに座っていたのは、まだ幼さが残る少女である。

 ラネは驚いて、思わずアレクと顔を見合わせた。

(あの子は?)

 とても美しい、神々しささえ感じる少女だった。

 長い白銀の髪は緩やかにカーブを描いて、少女の華奢な体を守るように包んでいる。

 こちらを見つめる大きな瞳は、ルビーのような綺麗な赤色。

 穏やかに微笑んだ顔には、まだ少女特有の柔らかな丸みがある。

 きっと彼女は、聖女だと言われているリィース公爵家の令嬢、エマだろう。

 厳かで威厳のある、まるで大聖堂のようなこの部屋が、その整った容貌も相まって、少女を人間離れした存在に見せていた。

 それでも、まだ7歳の少女である。

 カレンの話が本当であれば、3歳で聖女だと言われたことになる。

 何も知らず、ただ利用されている可能性がないとは言い切れない。

 周囲にいるシスターのような女性たちも、少女の監視かもしれない。

 先ほどのカレンの話も、初めて聞くことばかりで驚いたが、すべてが真実だとは限らないのではないか。

 真実は、国によって、人によって、簡単に姿を変えてしまうものだ。

 そう思って警戒していたラネだったが、少女が発した言葉に衝撃を受けて、思わず立ち尽くした。

「カレン、ふたりをこちらへ」

 エマはそう言って、自分の隣を示した。

 そんな彼女の声は、先ほど聞いた老女のものである。

 重々しい、命令することに慣れきった声と、まだ幼さの残る容姿との違いに困惑して、ラネはアレクを見上げる。

「……」

 アレクはやや警戒したような面持ちで、目の前にいるエマを見つめていた。

「そんなに警戒しなくても良い。先ほどのカレンの話に嘘がないことは、そなたにもわかったはずだ」

 エマは、少女の顔に老女の声でそう言い、笑ってみせる。

 たしかに、アレクは嘘を見抜くと聞いたことがある。

 それならば、先ほどのカレンの話はすべて本当のことなのか。

(本当に4年前から、聖女は誕生していて……。その成長を待てなかったギリータ王国が、聖女召喚を行ったの?)

 ギリータ王国の王太子であるクラレンスが何も知らなかったのは不自然だと思っていたが、あの頃はまだ、彼の弟であるレーダイヤが暗躍していた。

 それにクラレンスは真っ直ぐで不正を嫌う性質なので、国政に関しては、国益のみを優先しがちな国王と対立することも多かったと聞いたことがある。

 あの頃は魔物による被害も甚大で、力の使えない聖女では意味がない。そう考えて、ギリータ王国の国王は、クラレンスには聖女の存在を告げずに、聖女召喚を実行したのだろうか。

「さて、何から説明するべきだろうか」

 カレンに導かれ、まだ警戒しつつも、アレクとラネはエマの近くに座った。

 それを確認すると、エマはそう呟きながら、自分の隣に控えるカレンを見上げる。」

「我が国では、まだ幼いエマ様を守るために、聖女の存在を公表しませんでした」

 カレンがそう補足した。

 ただ、勇者が誕生したギリータ王国の国王にだけは、それを打ち明けたのだと言う。

 たしかに、まだ3歳の聖女に戦えとは言えない。

 それに、今まで魔法とは無縁だったから詳しくはないが、魔法が使えるようになるのは、だいたい10歳くらいからだと聞いたことがある。

 当時の情勢から考えても、聖女が成長するまで7年も待つことは、不可能だっただろう。

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