魔王と聖女・1

 何度も訪れたことのあるギリータ王国の王城は、華やかで美しい場所だ。

 そこで働いている人も多く、広い城内には、騎士団や魔導師団の長の部屋があり、さらに王城勤めの文官たちの寮もあったりする。

 だからいつも賑やかだった。

 それに対してルーカット王国の王城は厳かで、とても静かな場所である。

 無駄な装飾を省いた白い建物は、王城というよりも宗教施設のようにも見える。

 案内人は名乗ることもせず、ただ深く頭を垂れて、一行を案内してくれた。

 床に使われた白く輝く石の上には、絨毯などは敷いておらず、コツコツと足音が響く。

 最初に、これからしばらく滞在することになる広い客間に通された。

 客間には大きな暖炉があり、火が灯されている。

 温められた空気が、緊張していた心を少し和らげてくれる。

 護衛とメイドたちはこの客間で待機するが、アレクとラネは、ルーカット国王に到着の挨拶をしなければならない。

「少し休むか?」

 アレクはそう気遣ってくれたが、魔法を使って移動してきたので、疲れも感じていない。だから大丈夫だと告げて、そのまま挨拶に向かうことにする。

「どうぞこちらへ」

 ここに案内してくれた人とはまた別の、若い女性が案内してくれた。

 白く清楚な服装は、神に仕えるシスターを連想させた。その装いから察するに、王城に勤めるメイドではなさそうだ。

 優しく穏やかな表情だが、何だかその視線に敵意のようなものを感じて、ラネは咄嗟にアレクの腕に手を置く。

「ラネ、大丈夫だ」

 そんな不安を感じ取ってくれたのか、アレクはラネの手をしっかりと握り、鋭い視線を彼女に向ける。

 先を歩いていたシスターのような女性は、そんなアレクの視線を感じたのか、青褪めた顔をして震え上がった。

「あなたはもう、下がりなさい」

 ふと、廊下の奥からそんな声がした。

 咄嗟にラネを庇うように前に出たアレクの背後から、ラネはそちらを見つめる。

 案内してくれた女性と同じような服装をした、ラネの母親くらいの年齢の女性が、厳しい顔をして立っていた。

「カレン様……」

「聖女様に無礼を働くような人間は、ここには必要ありません。速攻に立ち去りなさい」

「……っ」

 青褪めた女性は、何とか言い訳をしようとしたようだが、カレンと呼ばれた女性の厳しい言葉と、ラネを庇うアレクの鋭い視線に恐れをなして、足早に立ち去っていく。

 カレンは、案内人を追い払うと、ラネに深々と頭を下げた。

「ご無礼をいたしました。どうぞ、お許しくださいませ」

「あ、いえ……」

 品の良い、とても美しい女性である。

 その所作からして、貴族の女性だと推測された。

 そんな人に頭を下げられて、ラネは慌てた。

「私は大丈夫ですから、どうぞ顔を上げてください」

「ラネを敵視した理由は、この国の聖女か?」

 アレクがそう問いかける。

 先ほどの案内人の女性は、ルーカット王国の公爵令嬢のことを聖女として支持している。だから、現聖女であるラネに敵意を向けた。

 彼の言うように、そう考えるのが自然だろう。

 けれど、カレンはそれを否定する。

「いいえ。エマ様のせいではございません」

 だがカレンは、静かにそれを否定する。

「どちらかというと、この国の歴史のせいです」

「……歴史?」

「はい。代々の聖女様は、すべてこの国の出身だったのです」

 思ってもみなかった言葉に、ラネは驚いてアレクと顔を見合わせた。

 アレクは勇者であり、ラネは現在の聖女である。

 けれどもともとふたりとも平民であり、他国の歴史にはあまり詳しくない。

 それにルーカット王国では、魔王封印の犠牲となった勇者の話ばかりで、聖女のことは聞いたことはなかった。

 だから、歴代の聖女の出身地など知らなかった。

 先ほどの女性は、エマの存在は関係なく、ただ他国に聖女が誕生したことに、少し不満を持っていたのだろうと、カレンは語った。

「大変申し訳ございませんでした。ですがおふたりとも、この話をご存知なかったのですね」

 アレクとラネの驚いた様子に、カレンはどこか納得したように頷いた。

「歩きながらで申し訳ございませんが、こちらの事情を少しお話してもよろしいでしょうか?」

 事情とは、何なのか。

 ラネは戸惑ったが、アレクと顔を見合わせて、頷いた。

 勇者と聖女とはいえ、ふたりとも平民出身なので、国の上層部のことは何も知らない。

 そして、これから彼女が話してくれることは、ギリータ王国では聞くことができない話だろう。

 それが真実かどうかはわからないが、知識として、この国の事情を知っておくのは大切なことだ。

 ふたりが同意したことを確認すると、カレンは城を案内しながら、この国の事情を語ってくれた。

「実はルーカット王国では、4年ほど前から、エマ様が聖女であるとわかっておりました」

「え?」

 思いがけない言葉に、ラネは思わず立ち止まる。

 さすがにアレクも、その言葉には驚いたようだ。

「ですが、当時のエマ様は、まだ3歳です。当然、聖女として魔王との戦いに加わることは、不可能でした」

 その頃には、アレクも勇者として目覚めていた。

 ギリータ王国では、すぐに勇者の誕生を告知し、魔王封印に向けて動き出した。

 それを受けて、ルーカット王国はギリータ王国に、聖女も誕生したこと。けれどまだ3歳の少女なので、聖女として力が使えるようになるまで待ってほしいと告げた。

 けれど、すでに魔王や魔物による被害は甚大で、聖女が力を使えるようになるまで待つとなると、さらに犠牲は増えるばかりである。

 そこでギリータ王国では、力を使えないエマの代わりに、聖女を召喚することにした。

 その召喚された聖女が、アキである。

(そんな事情があったなんて……)

 ルーカット王国の公爵令嬢は、すべてが終わってから聖女を名乗ったのではなく、アキよりも前から聖女だったのか。

 しかし、王太子妃になったばかりのリィナが何も知らなかったのは当然だが、王太子のクラレンスでさえ、ルーカット王国に聖女が誕生したことに驚いていた。

 ギリータ王国の王太子でさえ知らなかったことが、果たして真実なのだろうか。

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