もうひとりの聖女・7

 ルーカット王国は、ラネを平民と侮り、仮の聖女として扱おうとした

 それだけではなく、本物の聖女であるリィース公爵令嬢の力を奪ったと、言いがかりをつけてきたのだ。

 それが、ラネがファウルズ公爵の養女になった途端、この世界に聖女がひとりしかいないとは限らない。どちらも本物の聖女だと言ってきた。

「ルーカット国王は、そんな世迷い言を言うような方ではなかったはずだが……」

 クラレンスはそう言って、深く溜息をつく。

「しかもニセモノ扱いしてきた癖に、ラネに聖女としてルーカット王国を訪問して欲しいと、言ってきたのでしょう?」

 そんな要求に応じる必要はないと、リィネも憤っている。

 たしかに、向こうの言い分はあまりにも勝手なものだ。

 ギリータ国王も、そんな申し出は断っても構わないと言っていると、クラレンスは伝えてくれた。

 けれど。

「……アレク?」

 ラネはそっと、夫の名を呼ぶ。

 勇者である彼が、ずっと考え込んでいる様子なのが、気になった。

 ラネの身を守るために、ファウルズの公爵家の養女にすることには賛成してくれたようだが、このところ、こうして考え込むことが多くなっている。

 それも、ルーカット王国の聖女の話を聞いてからだ。

「兄様?」

 そんなラネの視線を受けて、リィネも少し不安そうに兄を呼ぶ。

 ラネとリィネのふたりに問いかけられて、アレクは顔を上げた。

 けれどそれはいつものように、ふたりを安心させるような笑顔ではなかった。

「少し、気になることがある」

 ぽつりとアレクがそう言い、それを聞いたクラレンスもノアも表情をあらためる。

「何をだ?」

「聖女はひとりしかいない。そして、その力はアキからラネに受け継がれた。だから、他に聖女がいるはずがない。ただ、そのルーカット王国の聖女にも、何かありそうだ」

「何か、とは?」

「……わからない」

 アレクは静かにそう告げる。

 彼が、こんなにあやふやな言葉を口にすることは珍しい。

「聖女ではない。だが、聖女とは関係があるのか?」

 クラレンスも、アレクの言葉をどう解釈したら良いのかわからない様子で、そう繰り返した。

 リィネも先ほどまでの怒りも忘れたように、アレクとクラレンスを交互に見上げている。

 たしかに、アレクの様子がいつもと違うとなれば、不安に思うのも無理はない。

 アレクはいつも、彼の故郷にある海のような人だった。

 その思考は深く、心はどこまでも広く。

 そんな穏やかな海が、いつもと違う様子を見せたのだから、心が騒ぐのだろう。

 どうしたらいいのか、ラネは静かに考えを巡らせる。

 ルーカット王国が、このギリータ王国を通して正式に聖女を派遣してほしいと言ってきたのだから、それほど危険はないように思える。

 それに、ラネが行くとなれば、きっとアレクも同行してくれるだろう。

 彼が一緒にいてくれるのなら、どんな場所でも怖くない。

 そしてアレクが言う『何か』を、ラネも何となく感じていた。

(力はないけれど、聖女というのも、まったくの嘘ではないかもしれない)

 アレクが勇者に目覚めると同時に、覚醒するはずだった本物の聖女。

 それがその聖女なのだろうか。

「私は、ルーカット王国に行きたいと思います」

 ラネは、決意を込めてそう言った。

 たとえ代理であろうと、今のラネには聖女の力が宿っている。

 向こうは正式に国を通して聖女の訪問を願っているのだから、本当に聖女の力が必要なのかもしれない。

 ギリータ国王は応じなくても良いと言ってくれたが、その依頼を断れば、聖女が必要な国に派遣しなかったとして、今度はギリータ王国が批難されてしまう。

 それに、ラネもルーカット王国の聖女を名乗るその令嬢に、会ってみたかった。

 年齢を考えると、何も知らないまま、権力者に利用されている可能性もある。

「でも、危険かもしれないのに」

 リィネは不安そうに、ラネを見つめる。

「大丈夫。国を通しての正式な依頼だし、アレクも……」

「ああ、もちろん俺も一緒に行く」

 アレクはすぐに頷いてくれた。

 彼もまた、その少女に会ってみて、どうして彼女が聖女の関係者だと思ってしまうのか、確かめたいようだ。

「それに7歳ならば、まだ移動魔法にも耐えられないだろう。国の上層部では向こうから来てもらうという話もあるようだが、それなら俺たちが会いに行ったほうがいい」

 移動魔法は便利だが、小さな子どもには負担が大きいため、利用が禁止されている。

「そうね」

 それはラネも同感だった。

「わかった。ふたりがそのつもりなら、止めはしないよ」

 クラレンスは、アレクが一緒なら大丈夫だろうと、そう言ってくれた。

「ただ、今すぐには無理だ。きっと父が許さない。だからもう一度ルーカット王国に問い合わせ、聖女派遣が必要な理由と期間を、きっちりと聞いておく」

「……はい」

 ラネはファウルズ公爵家の養女になったので、聖女として国外に赴くには、ギリータ国王の許可が必要になる。

「窮屈に感じるかもしれないけれど、ラネを守るために必要なの」

 リィネにそう言われて、ラネは真摯に頷く。

「ええ、わかっているわ」

 今までは平民だったから、どこに行くにもラネの自由だった。

 けれどこれからは、国外に出るにはギリータ国王の許可が必要となる。リィネの言うように、多少窮屈に感じるが、ラネが国を出るのは、ほとんど聖女としての力を求められたときだ。

 今回のように、要件や日程なども国が細かく交渉してくれるので、たしかに身の安全に繋がるだろう。

「もちろん、護衛も同行させるよ」

「俺は……」

「兄様は、ラネの傍にいてね」

 養女とはいえ、ラネは公爵令嬢になったので、護衛騎士も同行することになる。

 そんなラネと違い、アレクは平民のままである。

 平民のままの彼には、何の制約も義務もない。

 魔王も倒した今、ただこの世界を守りたいという気持ちだけで、動いている。

 だからラネに護衛がつくこともあり、先にルーカット王国に行く、と言おうとしたのかもしれない。

 でもそれは、実の妹であるリィネによって阻まれた。

「ずっとラネの傍にいて、ラネを守って。お願いよ、兄様」

「……わかった」

 妹にそう懇願されたアレクは、そう言ってリィネの髪を優しく撫でた。

「ラネの傍を離れない。ずっと一緒にいるから、安心してくれ」

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2024年11月27日 12:00

婚約者が明日、結婚するそうです。 櫻井みこと @sakuraimicoto

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