惚れボクロ

ぐり吉たま吉

第1話

あたしは、翔子。


結婚をして、子供も授かり、傍から見たら、わたしは幸せそうに見えるんだろうな…。


一応、恋愛の上に結婚した旦那がいる。


自分の命よりも大事に思える子供もいる。


旦那は、もうすでに、夫で、パパになり、家族になってしまった。


わたしも、妻で、ママになり…。


そう、もうすっかり家族になってしまい、恋人…いや、お互いに燃え上がるような「男と女」では、なくなっている。


子供に気を使い、夜に旦那が迫って来ても、断ることの方が多くなる。


それでも、たまには旦那のため、女としての交合うよりも、妻としての務めで抱かれている。


不満?


不満と言ったら、なんだか世間様に申し訳ない。


しかし、心のどこかで、わたしは、自分の女の部分を捨てきれず、女を思い出させてくれる、未知の男を求めていた…。





ここのサイトには、男を探す為に入ったのではない。


だいたい、このスマホのサイトは、出会い系ではない。


わたしは、このサイトを使い、自分のブログを立ち上げ、日記やポエムなどを投稿し、他の人々が投稿する、小説やエッセイを読み、その作品の中に自分も入り込み、空想の中で、擬似的な恋愛や体験を感じたかった…ただ、それだけだった。


そして、男女区別無く、いろいろな人の感性に触れ、リアルにサイトのメールや掲示板で話すことの喜びも生まれてきた。


自分でも文章を書き、読まれることによって、自分だけの世界をつくり、その世界の中では、自分の女の部分も蘇ってくる…そんな気持ちになりたかっただけ…。


それで満足だった。


充分に満足していると思っていた…。





その男に出会ったのは、偶然か必然か自分でも判らなかった。


サイトで仲良くしている、ある女性友達のブログから、何気に飛んでいったブログが、小説を投稿している、その男の世界だった。


その男の描く物語は、どこにでもありそうな、2人の男に恋をして、別れて行くバッドエンドの物語…。


暇つぶしに読んだ、その拙い物語だったが、なぜか男のくせに、女性の気持ちを主体で描くその男に興味を持ってしまった。


コメントを書いた。


お世辞にも良い作品とは思わなかったが、一応、礼儀で褒めてみた。


すると、その男から、サイトを通じたメールが届く。


 

“素敵なコメント有難う!!”


自分をぢぢぃと言うその男は、なんとなく話しやすく、ついついメールの返事をしてしまう。


“俺、横浜のぢぢぃ。生まれも育ちも横浜。チャキチャキのハマっ子でぇい!”


男は、軽いノリだった。


暇を持て余していたあたしは、適当にツッコミを入れつつ、メールの返事を書く。


すぐにメールの返事が来る。


こいつはかなりの暇人なんだろう…なんて思いながらも、一言、質問メールを送ると、返事がいっぱい返ってくることがなんか楽しくなった。


“ばかだなぁ〜。俺はぶっさくだけど、かなりもてちゃうぜ…まぁ、人は俺を恋愛のプロと呼ぶ…プッ…”


こいつはアホに違いない!


訊かないことまで返事してきやがる。


もっと好きなこと言わせてやろう。


“いや、俺が惚れてる女はいないよ。本気で惚れられる。本物の俺の女がひとりだけ、ひとりだけいたら…いいな”


もてるんじゃないのかよ!?


“えっちする彼女なら今もいるよ…前は、最高、50股?ってぇのかな。50人くらい彼女いて、午前と午後で女、代えて、えっちしてたよ”


最低〜!!って言うか…

うそ臭せぇ!!


“まぁ、出会い系もやらないし、俺、もてるぢゃん?だから、自分から本気で口説いたことはないよ。”


お前、まじ、頭悪りぃでしょ?



“まぁ、礼儀として、一応、メールしている女性は全員、口説くけどね”


そんな他愛も無い会話のメールが毎日続いた。




そんなある日、あたしは近所の大手のショッピングセンターに買い物に来ていた。


子供の服と、旦那の下着を買って、自分の気に入った服は我慢して、食料品を見て回り、疲れてセンターの入り口の横にある、コーヒー店で休憩をすることにした。


(そりゃ主婦だけど、まだまだ、わたしは世間的には若いのよ!なんで自分の服を我慢して、特価の食料品買わなくちゃいけないのよ!コーヒーくらい、飲まなきゃやってられないわ!!)



わたしは、なんとなく、懸命に主婦をしている自分に腹が立ってきた。


黄色の看板の有名なチェーン店のコーヒーショップは、平日、昼下がりだからか、かなり店内は空いていた。


カウンターでホットコーヒーを受け取り、2人掛けの小さな丸いテーブルに着いた。


カバンからスマホを取り出して、メールやラインのチェックをする。


誰からも着ていないことに、さらに腹立たしく思い、自分のブログを開く。


掲示板に書き込みがあるのを読み、それに返事をすると、少しは、苛立ちはおさまってきた。


しかし、ブログを閉じてしまうと退屈になった。


コーヒーをひと口啜り、何気に奥のテーブルを眺めた。


そこには、太り気味の身体にツルツルに剃りあげたスキンヘッド。


足元には脱ぎ捨てられた雪駄。


小さなスツールの上に胡坐をかいて、サングラスにタバコを咥えて、スマホをいじっている、胡散臭そうな危なげな男がいた。


席も離れているし、そのおやじを観察してみよう。


イカツイ顔のくせに、ニヤけてスマホを触っている。


ラインだろう。


きっと、絵文字のハートなんかも使っちゃっているのかもしれない。


でも、ああ言う男は嫌いじゃない。


さわやかな2枚目より、どちらかというといかつい方が好み。


そんな見た目がいかつく、悪人面のくせに、自分に対しては優しくて、目じりをさげて微笑んでくれる。


そんな男が、実は、ど真ん中のストライクなのだ。



男はラインのやり取りが終わったらしく、スマホを放り出すと、不機嫌そうな顔でコーヒーを飲んだ。


わたしは、そのまま動かない男を観察しながらも、スマホサイトの、あの、お馬鹿なぢぢぃにラインを打つ。


もう、この頃には、サイトを通したメールではなく、直でラインのやり取りするようになっていたが、相変わらずの暇つぶしのメル友、ライン友の関係だった。


“おはよ!なにしてんの?”


買い物に来て、なんか自分に怒ってひとり、コーヒーショップに居るって言うと馬鹿にされそうだから、なんとなく、自宅で主婦しているよって、うそをついた。


“そっか…。俺は仕事さぼり中!!”


目の前のスキンヘッドの男も、また、スマホを持ち上げ、ディスプレイに指を這わしていた。


ただ、先ほどの笑顔は無く、無表情に近い不機嫌そうな顔つきは変わらない。


あたしは、目の前の男をライン相手の男のイメージとダブらせて見た。


ちょっと好きなタイプに置き換えたほうが、ラインをしても楽しくなるかも?って、そう思ったからだ。



“え?俺?毎日、髪の毛剃っているよ”


だいたいの容姿は訊かなくてラインの男は以前自分の、容姿のことなど勝手に話していたから知っていたが、一応、確認の為に訊いてみた。


“うん。俺はちょびっと瞳が茶色いんだ。光に弱くてね。だから、いっつもサングラスしていることの方が多いなぁ…。今もしてるし…”


目の前の男となんとなく似ているんだな。


あたしはイメージをダブらせていることに、更に興じて訊いてみた。


“タバコ?ショートホープだけど”


目の前の男も、また、ショートホープに火をつけた。


もしかしたら、目の前の男って、今、わたしとラインをしているのは、スマホサイトのあの男?


だって、相変わらず、不機嫌そうで、さっきみたいに、優しい雰囲気ではないけど、わたしがラインの返事をする度に、目の前の男もスマホを叩いている…。


まさかね?


だって、ラインの男は横浜の人。


ここは、横浜じゃないもんね。


きっと違う人だよね。


“おぅ!お昼まで、現場に居たんだけど、みんなに任せて、今はコーヒータイムだよ。この辺は滅多にこないから、はじめて入ったコーヒー屋。空いてて良いよ!のんびりできる”


でも、横浜から遠い、こんなとこまで仕事で来ないよね?



“俺は軽トラで行けるとこなら、どこだって行くよ。仕事だって、えっちだって行っちまうぜ!!”


うっそ〜?


もしかして??


“うん。今日も雪駄。そうそう…。胡坐、かいちゃってって、あんた、超能力者?なんで今の俺をわかるんだよ?”



ワクワクしてくる。


“え?どこって、○○ってとこのショッピングセンターのコーヒー屋だよ”



ビンゴ!!


偶然とは言え、ライン相手の男が目の前の男だったなんて…。


ラインの男は、わたしの住所なんて知らないし、興味も無いのか、訊いてもこない。


まして、わたしの容姿も知らない。


ラインの男にとって、わたしも、ただの暇つぶしのメールやラインだけの相手。


彼は、わたしの今の存在を知らない。


しかし、あたしは、リアルな彼を見てしまった。


それも、背中に龍が彫ってあってもおかしくない容貌の男。


わたし好みの少し悪そうな男。


ワクワク感から、急にドキドキ感に変わっていった。



わたしには気づいていないはずなのに、わたしは恥ずかしくなって、いそいそと店からでてしまった。


そして、駐車場に向かいながらも、ラインを打ち続ける。


そこで、わたしは、ふと、あることに気づいた。


他の人とのメールかラインでは、あんなに優しさいっぱいの表情で返事をしていたのに、わたしとのラインの時はずっと不機嫌そうだった…。




わたしは、ラインの男が欲しくなった…。


自分には振り向きもしない、気持ちが他へ向いている遊び慣れている男…。




忘れていた。


わたしは、思い込んだら欲しいものを必ず手に入れたくなる女。


そう、そんな女だった。


彼をわたしに振り向かせたら、わたしは女を取り戻せるかも…。


彼は本当は危険な男かもしれない。


でも、わたしだって、本当のわたしは、危ないかもよ?



今は、現状と言う、ぬるま湯に浸かって、本当の自分を忘れていたけれど、旦那だって、他の女から奪い取って夫にした…。


そんな自分に戻れれば、あたしは女の取り戻せるはず…。


だから、彼を欲しいと思った。


車に乗り込み、バックミラーに写ったわたしの瞳は力強く光っていた。


やんちゃをしていた頃に入れた、腰のTattooがまた、疼く…。


そして、目元のほくろに妖しく微笑んで、唇のグロスを舐めていた…。





さぁ、攻撃、開始!!



駐車場の車の中、あたしは、彼にアタックをする。


彼の情報を引き出す為に…。



“彼女?今、彼女はいねぇよ。でも、俺の女なら、ひとり、いる”


どこが違うの?


“彼女はやるだけだ。女には惚れられている”


そうなの?


“でも、まだ、俺は愛せない…愛したら、俺は命、賭けて愛するぜ”


じゃぁ、まだ、愛せる女を捜しているの?


“もう探さないよ。本物は、黙っていても勝手に現れるからな”


あたしがそうかもよ?


“違うな。もし、そうなら、たぶん、もう、偶然に出会っているはずだから”


出会っているよ。


でも、そんなことは言わない。


“好きなタイプ?見た目はあまり構わないな。でも、皆は、俺は面食いだって言うけどな。まぁ、しいて言えば、俺が見た目で気に入るのは、なんか、ポイントがある女だな。”


え??


“たとえば、1本、前歯が出てて、妙にそれが可愛く見えたりするんだ。耳の形だったり、鼻の穴だったり、人それぞれなんだけどよ。ほくろなんて、すぐに目がいっちゃうね”


密かに、ガッツポーズをする。


“それと、相手が主婦だろうと、彼氏いたって関係ないね”


あたしと同じ考え。


“関係ってか、俺が女に魅かれるのは、やっぱ、出会うべくして出会うってなんかの縁がないとだめなんだろうな。縁がありゃ、絶対に出会うよ。どんな形で出会うかは問題じゃない”


もう、1度、訊いてみる。


あたしはどう?って…。


“だから、違うって…お前とは、会わないだろ?知り合っても、会えてない…”



話題を変えるふりで、明日の予定を訊いてみる。


“明日も、ここに来るよ。明日も、また、コーヒー飲んで、時間潰しだな”



決まった!


明日、勝負をかけよう。


善か悪かは判らないけど、やはり、善は急げ!っていうじゃない?


明日、また、コーヒーショップに行けば、彼がいるんだから、チャンスだよね?



翌日になった。


シャワーを浴び、強めのアイラインを引き、ブラウンのシャドーに、グロスはやめて、紅いルージュにした。


顔の各部分が、目一杯主張をしている。


だけど、彼は、その中でもあたしの目元のほくろを見つけるはずだ。


だって、これはあたしの武器。


男に魅せる、惚れぼくろ…。



今日は、昨日と席が違い、彼は、入り口に背を見せて座っている。


彼が描いた小説の主人公のように、わたしは彼の背後から、彼に声をかけ、振り向く彼に、ひとまちがいだったと微笑み謝ってみせた。


でも、彼は、彼の小説のようには、微笑まなかった。


ただ、サングラスを外し、ひと言


「いいえ」


と、低く答えただけだった。


しかし、サングラスを外した茶色い瞳は、決して、凶暴そうには見えなかった。


そして、一瞬だけだが、あたしを見つめ、そのまま、くるりと背中を向けた。


あたしは、彼の背側のすぐ後ろの席に着いた。


スマホを取り出し、彼にラインを打つ。


“おぅ!今日も、昨日のコーヒー屋でサボりだよ。退屈!!でも、さっき、すげぇ可愛いってか、良い女に、声、掛けられちゃってさ。一瞬、喜んだんだ

けど、ひとまちがいでよ…。ついてないよ…”


そんなに良い女性だったの?



“まぁな。ただ、きれいなだけじゃなくて、何って言ったらいいのかな?胸にピッと来た。ありゃ、話してみないとわからんけど、俺に似た感性の持ち主かもな?俺、結構、鋭いんだよ。俺がもてちゃうのは、俺は俺に好意的な女にしか近づかない…だから、だいたい、うまく行く…。あぁ〜きっかけがないかな?ちょびっとでも話せたら、なんか食えそうなんだけどな”


彼女はいらないんじゃなかったの?


“まぁそうなんだけどさぁ。でも、あんな良い女なら、もしかしたらって思っちゃうぢゃん”


いい加減ね。


“そういうなよ…ポリポリ…”


何かの縁があったら、きっかけは出来るんじゃないの?


“おぅ!そうだな。”


頑張って!!


“って、頑張りようがないぢゃん”


その時、彼のスマホが鳴った。


着声だった。


『電話だよ!!出ろよ、このやろう!!』


着声に慌てた彼は電話に出る。


通話が終わり、着声を聞かれて、気恥ずかしいのか、ちらっと振り返り、わたしを見た。


すかさず、わたしは声を掛けた。


「面白い着声ですね?」


彼は、わたしが求めていた優しい目になって、あたしに話しかけた。


「恥かしいな」


「あたしもそんなの欲しいわ」


「サイト…教えようか?無料だよ」


「うん。いいの?」


「可愛いおねぇちゃんにゃ、弱いからね」


「あたし、可愛いの?おばさんって呼ばれることあっても、最近可愛いなんて言われなくなったなぁ…」


「そうなの?俺は、思ったことはすぐに口に出すタイプだから、本当にそう思ったよ」


「うれしい!じゃあ、教えてくれる?」


「いいよ!でも、教えるから、ラインIDと交換ね!」


彼は、いたずらっこの笑みを浮かべてあたしに言った。


「え?ライン?そんな、まだ知らない人に?」


「そりゃそうだよなぁ…そりゃ無理かぁ…」


わたしは、計画通り、少し考えるふりをして、彼に告げてみる…。


「あたしね、今日、暇なんだ…。今日、あたしを楽しませてくれたら、ライン、教えるよ…」



彼のサングラスの奥の瞳が急に輝きだした。


そして、彼は黙ってあたしの手を取った。


遊び慣れているのか、わたしに、もう、くどくどと何も言わない。



あたしも、彼のお手並み拝見とばかり、黙って彼に従ってみる。


沈黙の中、20分後には、あたし達は、きれいなホテルの1室にいた。


2人掛け用のソファーは狭く、一緒に座ると、嫌でも身体が密着する。


俯くあたしの顎に指を掛け、そっと、上を向かせた。


あたしはもう、瞳を閉じている。


彼の息遣いで、近くまで迫って来ているのが判る。


あたしの頬に手の平を這わせ、あたしの目元にキスをする。


「俺、あんたのこのほくろ、好きだぜ…」


その言葉が終わるや否や、彼の舌があたしの口を割って入ってきた。


緊張して強張っていた、あたしの身体は、このくちづけで、一気に崩れていった…


少し、ショートホープの香りがする、彼の舌はあたしの舌に絡みつく。


わたしはそれだけで濡れてくるのが判った。



キスをしながら、あたしの服を脱がせ、そのままベッドに運び込む。


そして、彼は、あの優しい瞳であたしに言った。


「目をつぶって、10まで数えて…」


言われた通りに、心の中で数えた。


「…9…10…」


目を明けると、彼は服を脱いで、あたしの目の前で微笑んでいた。


「どう?落ち着いた?今なら、まだ、引き返せるよ…」



もう一度、あたしがまた、目を閉じると、彼は察するように、目元のほくろへキスをした。


頬から唇、そして、首筋から肩にかけて、彼は舌を這わす。


肩に軽く歯をたてると、何を思ったか、あたしの身体をふわりと持ち上げ、クルリと裏へ返した。


腰の右側には、10代の頃に入れた、未知の国のおまじないの呪文のTattooがある。


彼は、そのらせん模様のようなTattooをなぞるように、舌を這わす。



彼の右手は、あたしの背中を撫ぜている。



舌はそのまま、あたしの肌に吸い付いているように動き回る。


Tattooから、舌が離れると、彼は何かを見つけたように、あたしのお尻の左のほっぺを凝視した。


そこにあるのも、あたしのほくろ。


目元のほくろがあたしの武器なら、そこにあるのは、あたしの泣き所のほくろ。


彼は、そのおしりのほくろに口づけた。


唇が触れた瞬間に、あたしの欲情は、いっきに燃え上がる。


足首から内腿まで撫で上げつつ、執拗におしりのほくろを嘗め回す、刺激にあたしは歓喜の声をあげてしまう。



充分に濡れるだけ濡れさせられたわたしの腰を少し持ち上げ、そのまま、彼がわたしの中に入ってきた…。


後ろから抱きかかえられ、そのままわたしの頭の中は真っ白になっていった…。




どれだけの時が過ぎたのだろ?白くなった意識を、徐々に元へ戻そうと、あたしは、うつ伏せのまま、大きく肩で息をしていた。


あたしをイカせるだけイカせた彼は、自分がまだ、終わってもないのに、わたしの背中から降りて、隣に寝そべっている。


ショートホープを1本咥え、煙を天井に向かって吐き出しながら、あたしの髪を撫ぜている。


首だけ彼の方へ向き、閉じていた瞳をうっすら、開く。


「よかったか?」


あたしは、黙って頷く。


彼の茶色い瞳が、優しくあたしを見つめる。


「あたしだけ…?あなたはイケたの?」


「きにするな」


あたしは、身体ごと彼の方に向き、彼の腕に指を這わせた。



「そう言えば、名前は?」


「翔子」


彼は微笑んでいる。


「ねぇ、ライン、やっぱり教えない」


「楽しめなかった?」


「ううん…。でも、教えない」


「ずっこいなぁ…」


2人は、気だるさもあって、ゆっくりと会話を続ける。


「教えてもいいんだけど、でも教えない」


「もう、会いたくないから?」


「違うよ。また、何度でも会いたい」


「なら、教えてよ…それじゃ、会いたくても、連絡取れないじゃん」



今のわたしは、偶然に彼に出会った女を演じている。


もうすでに、わたしのラインを知っている彼に、今、ここで、ラインの交換をしたら、ここに居るあたしが、サイトで知り合った只のメル友、ライン友と同一人物と判ってしまう。


リアルなわたしは、彼に抱かれた。


もう、すでにわたしの中には、女の部分が目覚めている。


彼の心を奪うまでには、まだ行かないだろうが、リアルなわたしは、もう、彼の心に入り込んでいる。


彼の優しい瞳も、今のわたしに微笑んでいる。


わたしは彼が欲しい。


身体だけ欲しいのじゃなく、彼の心も欲しくなった。


だから、身体の関係のリアルなわたしと、メル友のバーチャルなわたしと競わせてみたくなった。


すでに、彼の瞳の優しさで、彼の心へ入り込んでいる、との自負や、すでに、男女の関係を持ったと言う保険もある。


リアルなわたしも、バーチャルなわたしも、どちらもわたし…。



「ラインは教えない。でも、TEL番は教えるよ。あたしに会いたくなったら、1度だけあたしのスマホを鳴らせてみて。そしたら、あたしからあなたへ電話する」



これで、本名のリアルなわたしとHNのバーチャルなわたしが別々に彼と話すことになる。


そして、どちらのわたしも、必ず彼を手に入れる…。



わたしは、自分から彼の唇にキスをした…。





その後、彼に何度かイカされ、最後に彼と一緒に上りつめた。


ぬる目のシャワーを浴びても、身体の火照りは治まらなかった。


化粧を直し、2人が出会ったコーヒーショップのある、ショッピングセンターの駐車場に戻ってきても、彼がまだ身体の中にとどまっている感覚が嬉しかった。


「俺の名前は…」


「いい…まだ、訊かない。あたしを好きになった時に教えてもらう」


「判った。じゃぁまたな」


彼は、コーヒーショップの方へ歩いていった。


わたしは、そのまま、自分の車に乗り込み、彼に、今、なにしているの?って、ラインを打った。


“今、コーヒー屋にいるよ”


まだ、コーヒー屋さんにいるの?


さっき、良い女性がいるっていってたじゃないの、どうなったの?


“それがさぁ…食っちゃった…”


え?


ほんと?


“うん。ちょっとしたきっかけがあってね。今、別れてきたとこ”


どうだったの?


“いやぁ、身体の相性は良い。情熱的なとこもいいし、ほくろが良いんだ”


へぇ〜。


また、会えるの?


“うん。多分大丈夫。TEL番を教えてくれたし…”


良かったじゃない。


その人、本物そう?


“まだ、判らないよ。でも、縁はあったな。縁が無きゃ、きっかけは生まれないからな”


あなたの言うところの、縁ってやつね?


“うん。すれ違うことのない出会いってやつだね”


でもさぁ、直接会っていなくても、あたしとは毎日、ラインしていて、いろんなこと話すでしょ?


これも、縁、じゃないの?


“そうかもな。でも、俺は、お前に恋愛感情、無いぜ”


だから、あたしを口説かない訳?


“お前は、嫌いじゃないぜ。話しやすいしな…って、お前、俺に口説かれたいの?”


当たり前よ。


女として、魅力を否定されているみたいじゃないの。


“お前、俺のこと、好きなの?食うだけなら、いつでもいいよ”


馬鹿!!




時間が許す限り、メル友ライン友のわたしと彼はラインで話した。


毎日毎日、ラインで話した。


お互いが旧知の間柄のように思えてくる。


そして彼は、わたしに、仕事の悩みや、家庭内の悩みも話すようになっていた。


強いだけの男から、弱い部分もわたしには見せるようになり、そこも、わたしの心をくすぐった。


そんな折、彼はわたしのスマホの着信音を1回鳴らした。


折り返し、わたしは彼に電話する。


『もしもし、会いたいんだけど…』


そう言う彼に、わたしは、密かに練っいた、作戦を実行に移した。


ごめんなさい、今日は無理と、彼に会いたい気持ちを抑えて、彼の申し出を断る。


そして、わたしが会いたくなったら、わたしから電話すると言う。


『そっか、でもまた、俺からも電話するよ』


彼は、少し、寂しそうに電話を切った。



彼からメル友ライン友のわたしに、すぐにラインが来るだろう。


そう、思っていると、案の定、彼からラインの着信音。



“今さぁ、この前の彼女に会いたくて、電話したんだ。でも、会えないって断られた”


なんで?



“理由なんか訊かないよ。あのひとが、俺に会えないって言ったことがすべてだからね”


次は会えるんでしょ?



“わからない…”




そして、その後もわたし達のラインの会話は続いた。


いつもの通りの只の日常会話のライン…。


しかし、どことなく、彼にとって、リアルなわたしに会えない寂しさを、メル友のわたしで、気を紛らわせているかのように、メル友ライン友のわたしは感じていた。



そんなに、あの時の彼女を好きなの?


“いや、彼女のことは何もわからないよ。ただ、身体を知っているだけ”



身体だけに魅かれているの?


“どうかな?だって、何にも話していないし、肌を重ねただけだし…。でも、それだけじゃない気はするんだ”



それを確かめるためにも会いたいよね?


“うん。俺の感性を信じるなら、あの人は俺の本物かもしれない”



ライン友のわたしは、彼のラインを受けて、彼を励ました。



大丈夫!縁があったら、すぐに会えるよ!!


“お前はいいやつだな”



初めて彼の瞳が、メル友のあ

わたしに、優しく向けられている気がした。


そして、彼の信頼を得たわたしは、彼の細かなスケジュールも知るところとなった。



2日後。


この日は、彼が、本業の建築の顧客の接待で、1日中、現場から、離れることが出来ないことを知ったわたしは、朝、現場へ向かう彼に電話する。


『もしもし…。今日は駄目なんだ。仕事で抜けられない。夜なら会えるけど…』


主婦のあたしは、夜は無理だと告げると、彼はまたもや切なそうに電話を切る。


彼から、別の日に電話が来る。


わたしは、また、断る。


彼のスケジュールを知っているわたしは、また、どうしても彼が時間を作れない時に、わざと電話を掛ける。


『なかなか会えないね…』


彼は、自分の都合で断ると、悲しさを隠さなかった。


こんなことが数回続いた。



“全然会えないよ…。縁が無かったのかな?”


彼からの愚痴のライン…。



だって、彼女からも会いたいって電話が来るんでしょ?


“でも、俺が駄目な日に限ってなんだ”



切ないね?


“うん。お前なら、いつでも話せるのにな…。なんか、お前に会いたくなったよ”



あたしは、ただの話相手じゃなかったの?


“そう思っていたんだけど、家庭や仕事の悩みもお前に話すと元気が出てきた。なんでも話せるって、今までの俺には無かったことだよ。俺、こう見えても、本当は、すげぇ人見知りってか、自分の心の中のことはしゃべらない、弱みは見せない、だから、ふざけたこと以外、人に話さない奴だからな


こう見えてもって、あんた、見えてないけど…。


“そうなんだよなぁ。でも、俺は、すっかり、もう、お前には、会っているような気になっている。気持ちの中じゃ会っている女だから、リアルに会いたくなったんだな”



だって、横浜なんでしょ?


あたしは、遠くに住んでいるよ。



“そう言えば、どこに住んでいるんだっけ?”


初めて、彼はわたしの住所を訊いた。



“え??そこって、俺が、あの彼女と出会った街だぜ!もしかしたら、俺たち、どっかですれ違っていたかもな”



すれ違ってなんかいないよ。


(抱き合ったけどね…。)



“でも、あそこは広い街だからな…。まぁ、横浜から、1時間ちょっとで着くからね。会いたきゃ、いつでも会える距離だよ。会いたいな。会ってくれない?”


あたしは、あんたが好きだから、あんたに会ってみたいよ。


でも、あたしと同じ街に、あんたが好きな女がいるうちは、あたしは、その人の代用みたいで、嫌だよ。



そう打ったわたしのラインに、しばらくの時間を置いて、彼から、返事のラインが来た。




“俺、まぢで考えてみた。卑怯かも知れないけど、お前に会ってから、結論を出したい。その街の彼女とは、未だ、心が通じていない身体の関係。だから、気持ちが入っている、お前を選ぶ。彼女には会わなくていい。しかし、俺には、しばらく会っていないが、もうひとりの女がいる。誰を選ぶかは、まだ決められない”


いいよ。


あたしの街のその人より、あたしを選ぶのなら、あたしは、あなたに会えるよ。


あたしたちは、大人だから、男と女で会えばいい。


女の身体より、女の気持ちを選んだあなたなら、あたしはあなたに会ってみたい。




待ち合わせは、やっぱり、同じ、ショッピングセンターの駐車場。


彼の軽トラが駐車しているのを確認して、わたしは、少し離れた場所へ車を停める。


着いたよ。


いまどこ?


あえて、わたしはラインを飛ばす。



“俺も、駐車場にいるよ。入り口の近くの横浜ナンバーの軽トラだよ”


あたしは、ゆっくり彼の軽トラに近づき、寸前のところで電話を掛けた。



『もしもし…翔子。ごめん、もう、君には…』


そう、彼が言っているところで、携帯を耳から外さず、彼の軽トラの窓ガラスを叩く。


そして、通話を切ると、彼に理解るように、そのままラインを打った。


“あたし、翔子”



彼は、驚き、ライン受信の名前とあたしを見比べた。


そして、軽トラから降りてきた彼に、人目を憚らずに、あたしはキスをした。


「えぇ???ずっこいよぅ!!お前は翔子で、こっちも翔子なのかよぅ〜」


彼は、わたしと自分のスマホのライン画面を指差した。


しかし、彼はとびっきりの優しい瞳でわたしを見ていた。



リアルな翔子も、バーチャルな翔子も、欲しかった彼を手に入れた。


だって、今、彼は、わたしの目元のほくろにキスしてる。


そう…わたしの武器の惚れボクロ…。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

惚れボクロ ぐり吉たま吉 @samnokaori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ