あべこべ記者会見 2

高黄森哉

マスク


【前回の粗筋。又吉賞を受賞した作家の里山智は、某総理大臣暗殺の原因が暴力的な創作にあるのではないか、との質問を受けた。それに対し、彼は、それよりももっとマスメディアは暴力的な映像、事件を流していると反論した】


 記者会見は一旦、休憩をはさむことになった。休息を挟むことで、俺のした質問を水に流そうという魂胆だ。俺が水を飲むと、何事もなかったかのように、会見の続きが始まった。


「里山智先生。マスクをお取りになってください」


 俺はマスクをしたまま、彼女の発言を無視した。そもそも、人に頼むのに命令調なのか、という話である。あれだけ、テレビでマナーを問題にしてるくせに、そこで働いている輩はこの調子か。俺なら、お取りしてもらえますか、と勧める。


「里山先生。マスクで、お顔が見えませんよ」


 前列に座るおばさんの記者がそんな風に言った。俺は正直、彼らに顔を見せたくなかった。何を書かれるか分かったものではないし、第一、作家は俳優や役者ではない(注釈:筒井康隆を除く)。


「マスクを取っていただけませんか」


 さすがに、ひつこいなばばあ。勿論、そんなこと口にしないが。無視されているなら、無視されている裏側の理由を推察しろ。


「マスクは取りません。理由はコロナウイルスが蔓延しているからです」


 クスクス、というさざ波のようなざわめきが耳まで届く。そういった、こすい嫌がらせには屈しないぞ。


「では。数秒の間だけでも」

「嫌です。なぜなら、マスコミ、つまりテレビや雑誌の方々が、その様子を悪意的に編集する危険性があるからです」

「いや、しかし、ほんの数秒だけですから」

「だから、数秒でも顔が露出すれば、編集の犠牲になる可能性があるのです」

「ということは、先生は人間不信なのですか」


 俺はすり替えだ、と思った。マスメディアどもを信用しないことは、人間を信用しないことにならない。なぜなら、彼らは、少なくとも俺の基準では、人間ではないからである。


「違う。そう疑うに足りる材料があるから、そういう不信が生まれるのだ」


 元をたどると、お前等が撒いた種じゃないか。一体今までどれだけの印象操作があった。捏造があった。俺は知ってるぞ。ヒアリと偽って、ツムギアリの画像を載せていたことを。


「なるほど、では顔に奇形や、病気を抱えているのですか」


 何が、なるほど、だ。何もわかってないじゃないか。


「あなた方のように、精神に奇形を抱えていたり、心が不自由な人間ではないことは確かです」


 ざわざわと会場がうねり始めた。俺が強い言葉を使ったからだ。現在、そういう言葉は忌避されているのである。これだ、と思った。これを使えば、彼らの放送を無茶苦茶に出来る。


「今回の受賞作について、解説お願いします」


 俺は、記憶の中から、ありったけの放送禁止用語を引っ張り出して来た。どうせ、話を聞いていないのだから、内容は無意味に徹してやる。


「そうですね。めくら社会への警鐘ですかね。人々は都合の悪いことに関してつんぼになってしまっている。それも痴呆症ともとれる姿で。結果、いざりになるしかないのです。するとルマンチサンが惹起する。これは、ひにん的根性、また部落の人間の陰湿さに似ていますね。もう身障正銘きちがいです。キ印マークの文学士がいうのだから、間違いない。そこに対するカウンターマスとしてのナンセンス文学です。ロンパリに焦点が定まった既存小説のリアリスムは、カエルの子はカエルなかたわの混血児。アメ公の翻訳小説然とした文体からの脱却。それは、ぎっちょが普通ぶって文字を書いているようなものでありまして。でなければ、かっぺの川流れと言うべきでしょう。私は、この創作論調に関して、おしのようには黙ってられないのですな。群盲像をなでる。我は健常者、健全な魂が宿るべきなのです。まさしく、せむし、であるわけないのですな」


 俺が話し終えると、なぜか会場は拍手で包まれた。なぜか。

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あべこべ記者会見 2 高黄森哉 @kamikawa2001

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