佳鈴ルート最終回:その先の景色

 ◇◇◇


 いよいよテスト当日。

 自分の席に座っていた佳鈴は――ド緊張状態だった。


「はぁー、はぁー……」


 ガスマスクか酸素ボンベでも使っているのかとツッコミみたくなる程度に呼吸は荒く、徹夜気味の目は栄養ドリンクの効果もあってギンギンだ。最後の足掻きとばかりに要点をまとめたノートと単語帳をめくっては覚え、めくっては覚えと繰り返すことでなんとか平静を保とうとしている他、やる気という名のオーラが全身から立ち昇っている。


 どれだけ決死の覚悟で挑んでいるのか。

 その様子を目撃してした教卓の教師が、ゴクリと喉を鳴らした。


「えー、ではテスト用紙を前から配ります。筆記用具以外は仕舞いなさい」


 前から順番に回ってきた数枚の用紙を佳鈴が受け取る。

 その瞬間緊張度合いがMAXに達して、佳鈴の脳内が真っ白けになった。


(あ、やば……)


 ヤバイ。完全にヤバイ。

 このまま真っ白状態が続いたら、テスト終了と同時に死んでしまう(精神的に)。

 眠気の天使と緊張の悪魔が頭の上で仲良くマイムマイムを踊っている幻覚すら見えてきそうだった。


 だがしかし、悪魔は容赦なく持っていた槍で佳鈴の意識を突き刺した。


『いーい光笠さん。最後の最後に大ポカなんてするんじゃないわよ』

(うっ、し、しないってのそんなん。解答欄が一個ずつズレてるとか、ヤババじゃん)

『あら、そう。ならちゃんとポカらないって証明しないとね?』


 美夜子の顔をした悪魔の大変ムカッとする態度が、白くなった佳鈴の意識を黒く――覚醒状態に持ち上げた。腹が立ったおかげで眠気もマシになる。


 気づけば佳鈴は、ペンを持ってテストに挑んでいた。

 決して楽勝なわけではない。少し前までは絶望的な壁だったのが、少し攻略できるようになっていただけ。


 それでも彼女にとっては立派な成長で、ありがたみが深かった。


(こ、この問題……なんだっけ。確か、えっと……)

『大丈夫ですよ、落ち着いて。佳鈴さんが何度も繰り返して覚えたところです』

 

 今度は空也の顔をした天使が、優しく諭してくれた。

 そのおかげで自然と覚えたての公式を使えばいいと思いだして、正確に問題を解けていく。


『頑張ってください』

『……頑張れ頑張れ』


 親しみ深い声が聞こえるのは幻聴か、妄想か。

 佳鈴にとってはどっちでもよかった。テストが解き進められるのであればなんであっても心強い。


(……よし!)


 怪しいところも多いけれど、佳鈴は答案用紙を可能な限り埋めてみせる。

 最後に一度もまともにやる時間がもなかった見直しを忘れない。

 密集した解答欄を三ヵ所ほど書き間違えていたと気付いた時は、本当に肝が冷えた。ムカッとする悪魔には感謝しなければならない。癪ではあっても。


 大きく息を吐いたタイミングで、終わりのチャイムが鳴り響く。

 担当の教師が「よし、そこまで」と合図をすると、席の後ろの方から答案用紙が集められた。


「…………やっ、たぁ~」


 まだ全てのテストが終了したわけではない。

 それでも、佳鈴の胸には安堵と達成感がこみあげてくる。


 あとは最後のテストが終わる時まで、気持ちを切らさずに挑むだけ。

 以前よりもずっといい手ごたえを感じながら、佳鈴は再びまとめたノートに目を落とす。


 その姿勢は、彼女の知らないところで「光笠は頑張ってるなぁ~」と。一部の教師に好感をもたせたとか、かんとか。


 ◇◇◇


 期末テストが終わったあと。

 佳鈴は空也を自分の家に招待していた。

 美夜子が捕まっていたのなら勉強のお礼だけで終わらせる事もできたのだが、何故か彼女の姿は見当たらなかった。


 そのため、結果的にではあるが付随するお話に決着をつけることになってしまう。 

 適当な世間話をしている内に、なんとなくの流れで、二人の話は例の告白の方へと傾いていったのだ。


「あ、あはは……でもちょっと意外かも」

「どうしてそうなるんですか。僕は恋人がいたことなんてないですよ」

「マ?」

「大まじです。小さい頃はこの髪が理由でよく仲間外れにされてましたし、小学校低学年の時だって基本的には避けられ気味だったと思いますよ。高学年になったらそうでもなかったので、仲良くしてくれる子はいましたけど……それはクラス全体の仲が良かったからです」


(ほんとかなぁ……? クーちんがモテないとか有り得ないと思うんだけどぉ」


 佳鈴の疑念は正しい。さりとて空也が嘘をついているわけではない。

 実際、傍目からすれば空也は表沙汰にならないだけで人気だった。もし空也の母親がこの話を耳にしたら息子の勘違いに笑いを噛み殺していたはずである。


 されど、だからといって空也の恋愛経験値が高いわけでもなく。

 佳鈴の零れ出た想いをどう受け止めればいいかと思い悩んでいる事実は微塵も変わらない。

 佳鈴があと一歩踏み込めば、その悩みもたちどころに解消されるのだが。


(…………こ、心の準備がああああああ~~~~)


 フィニッシャーとなるはずの少女は、現在ヘタレ真っ最中だった。

 テストで赤点塗れを脱却した成長も霞むほどにヘタレていた。


「ちょ、ちょっと喉渇いちゃったから飲み物とってくるね! クーちんはお茶とジュースだったらどっちがいい!?」

「え! あ、じゃあジュースの方で――」

「りょ!!」


 ヘタレなギャルがその場から逃げだした。心を落ち着かせるために。

 熱くなった身体を冷やすために、氷をガンガンにぶちこんだジュースを一気に飲み干すクールダウンも試みた。


 ただ、身体の中心をキンキンに冷えた感覚が通り過ぎても、胸の動悸は収まらず思ったよりも効果は低い。


「……うぅ~」


 それでも、どうすればいいのかはわかっている。

 どうしたいのかは知っている。他ならぬ自分のことだから。


 飲み物を乗せたお盆を運びながら、佳鈴は自室のドアを開けた。

 部屋で待っていた男の子が振り返る。少しは落ち着けたのか、いつもと同じように人懐っこい笑顔を向けてくれる。


 そんな少年が、佳鈴は好きだった。

 中学の時に助けてくれた日から。高校デビューした後に助けられた時から、消えていたはずの気持ちが更に燃え上がって、もっと好きになった。


 打算的かもしれないが、佳鈴が空也と頻繁に接していたのはその気持ちを成就させたかったからに他ならない。

 不意に、ずっ友の親友達が時折口にする言葉が思い出される。


(女は度胸! 悩みや後悔はあとでどうにかすればいい)


 そんな他人からすれば些細なものが、佳鈴にとっては後押しとなる。


 テーブルの反対側に座りながら、空也に飲み物を手渡そうとする。

 受け取ろうとした空也の指が佳鈴の指に触れ、じんわりと熱い。


 その熱さが、彼女はもっと欲しかった。


「クーちん」

「はい?」


「――好き。前から好きだったの。……この想いが迷惑じゃないのなら、あたしと本気のお付き合いをして欲しいな」


 ギャルっとした佳鈴に高校デビュー前の自身が重なり、その両方が育み続けた想いは、今ようやく。


 ――伝えるべき相手に真正面から伝えられたのだった。


 ◇◇◇

 

 その告白から少し時間が経って。


「やっほ」

「……人が本を読んでる最中にかける挨拶として、それはどうなのかしら」


 校庭の片隅にある、人の少ない木陰の下。

 読書にふけっていた美夜子の横に佳鈴は腰かけた。座るのにちょうどよい木の根は、やや座り辛い。


「今日はあんたに伝えないといけないことがあってさー」

「聞きたくないわ」

「なんでよ」

「もう知ってるもの。クゥちゃんに告白して上手くいったんでしょう」


 ズバリ言い当てられて、佳鈴はとてもビックリした。


「なんで知ってるん」

「…………クゥちゃんから聞いたのよ。ああ、誤解しないでちょうだい。クゥちゃんが浮かれて言いふらしてるとかじゃないから」

「そんな誤解は、ないけどさ」


「――ただ、相談されただけ。あんまりにも鈍感無神経だったから思わず言っちゃったのよ。『その気持ちを大事にしてね』って」

「美夜子……あんた」


「同情はいらない。私みたいなのがクゥちゃんの傍に居続けるのは難しいって、わかってたことだもの。それに、どうせ託すなら多少なりとも認められる相手がいいに決まってる」

「…………そっか。そんな風に想って……」


「ちなみに、あなたがポカしたらいつでも奪い取るわよ。努々油断しないようにすることね」

「なんだそれー。悪い魔女だってそんなこと言わんべ」

「大分マイルドにしてるのよ、これでも。本来はもっと汚い言葉だって平気で使うけど、さすがに今は遠慮してるの」


「あんたのそういう根暗なとこ、嫌いじゃないよ」

「私はあなたのそういう明るいところ、好きじゃないわ」


「お互い様だ」

「そうね」


「……じゃ、あたし行くから」

「ええ。精々束の間の幸せをかみしめるといいわ」


 なんじゃそりゃと思いつつも、佳鈴は美夜子の前から去った。

 決定的な仲違いになるかとも思っていたが、美夜子の様子からはそこまでのものは感じられない。むしろすぐにでも佳鈴達に絡んできそうな気さえする。

 

(なんて、都合のいい考えすぎるかもね)


 自分が同じ状況だったらそうするだろうか。

 あるいは少し何かが違っただけで、友達に塩を送って、やりすぎて自爆した可能性もあるか。


 たまたま今回はそうならなかった。

 そういう意味では、勢いに任せてしまったのは佳鈴にとって大正解だったのだ。


 勢いついでに佳鈴は駆け出した。

 会いたい人の下へ。


 ◇◇◇


 愛しき少年の下へ辿りついた時。

 彼は、上級生の女子に囲まれて困っているようだった。


 今更のようにモテオーラを出さなくてもよくない? と思いつつ、佳鈴は日本人離れした容姿が目立つ少年に声をかける。


「クーちんお待たせ! 愛しの佳鈴ちゃんがきましたよーっと♪」

「まったく待ってないので大丈夫ですよ」


 逆ナンをしていたであろう上級生達が「え! 彼女いたの!?」とわかりやすく驚愕の声をあげる。その怯みを見逃さず、佳鈴は空也の小柄な体を後ろからハグしながら女神のような微笑みで牽制した。


「すいませーん、うちの彼氏に何か御用ですか~?」


 ある意味、美夜子と同等レベルの強烈なイケズっぷりに先輩達はたじたじ。別に大した用ではなかったと言い捨てて逃げてしまう。


「ふんだ、一昨日きやがれってのよ」

「あの、佳鈴さん?」

「ちょっとクーちんさ! あたしのいないところで変な女に引っかかったら許さないぞー?」

「す、すいません。中々解放してくれなかったもので……勉強で良い点を取るにはコツはあるのかって」


「ふふっ、いいのいいの。許してあげる。そのコツのおかげで、今回のテストもなんとかなったしねー」

「ほっ」

「さっ、帰ろ♪ どーせなら学校中に見せびらかすよーにさ」

「あははは、佳鈴さんは冗談が好きだなぁ」


 身近な者達の間では既に公認カップルの二人。

 どれだけ赤点まみれだろうが、彼氏の方にお願いすれば頭が良くなるらしい。そんな余計な噂が、たまたまヤマが大きく当たった佳鈴のビックリ点数で広まったりするトラブルもあったが、関係は非常に良好で周りが砂糖を吐きそうになるくらい仲睦まじい小さなヒーローと女神ギャル。


 ある時、女神の方に頭が良くなるコツはなんなのか? と尋ねる者がいた。

 その者に対して、女神は満面の笑みで答えたという。


「ラヴのパワー一択っしょ♪」


 そしてまた、新たな噂が広まるのであったとさ。





おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

噂の《重愛なヤンデレ》&《NTR好きな女神ギャル》がたまたま帰り道が同じな僕に絡んでくるのはラブ故にだった ののあ@各書店で書籍発売中 @noanoa777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ