佳鈴ルート⑤:あなたなら、まだ許せるから
「じゃあ、何から始めましょうか。時間の許す限り暗記でもしてみる? ロクに活動してない脳に詰め込むだけ詰め込めれば、それだけ点数UPに繋がるわよ。まあ、あなたの場合そんな単純ではないのでしょうけど」
「っるさいな~……クーちんがいなくなった途端に嫌味スタートとか、本当に性根がひんまがってる……」
「聞かなかったことにしてあげるから、まずは教科書とノートを開きなさい。それで得意分野から取り掛かりましょう」
「……」
「返事は?」
「はぁーい……美夜子先生」
渋々といった感じで、佳鈴と美夜子とのマンツーマンが始まった。
そして三十分程経っただろうか。
佳鈴は、ハッキリと感じるものがあった。
(美夜子のやつ……マジで勉強できるじゃん! つうか、教えるのうまっ!?)
茅実 美夜子はどの教科のどの箇所であっても大して悩まずにスラスラ解いてしまう。時間がかかったとしても文章を読み解く問題や計算式が必須なものばかりで、それだって佳鈴に比べたら早いし正確だ。
さらに美夜子は佳鈴に教えるのもまったく苦としなかった。強いてあげるとすれば、
「いい? 全然わかっていないあなたのレベルに合わせて噛み砕くと――」
「それさっき教えた公式使えば解けるわよ。もう忘れたの?」
「あなたね……ココはクぅちゃんに教えてもらった場所でしょ。ほら、もう一度覚えなおして次はミスしないように」
教え方には一切の遠慮がない。
答えを間違えれば気兼ねの無さすぎる罵倒の連打が飛んでくる。佳鈴の頭から煙が噴き出しそうになろうが、その煙を力づくで脳内に戻して詰め込むような所業はメンタルが強くなければブレイクしそうなスパルタだ。
「うぅ、でも……教えようとせんことがわかるのよね」
「わかるならさっさと覚えなさい」
「わかってるけど、そんな簡単に覚えたら苦労はないっちゅーの」
「それでも頑張りなさい」
教科書に突っ伏しかけた佳鈴を、ぴしゃりと言い放つ美夜子の声が押しとどめる。
彼女はとても真剣な顔つきで佳鈴に向かい合ってくれていた。そこに妥協や手抜きは見当たらない。
「自分の為に頑張れそうもないなら、誰かのために頑張りなさい。今だけはクゥちゃんのためでいいから」
「……美夜子。あんた、どうしてそこまで――」
「期末テストの結果如何で、クゥちゃんにどう話をつけるかが決まるのでしょう? だったら、こんなところで挫けたら駄目だわ。それに、もしあなたが今までと変わらない点数を取った日には、クゥちゃんにお願いされた私も立つ瀬がないし、クゥちゃんもがっかりするじゃない」
「え、え、え!? ちょ、ちょっとあんたどこまで知ってんのよ」
美夜子は驚いた。
最初の頃に比べれば仲良くなった気がする美夜子ではあったが、告白うんぬんまではさすがに言った覚えはない。美夜子が空也をどう想っているかなんて、佳鈴は前から知っている。
ならばずっ友のあやちーやさーりゃんから漏れたのか? それは可能性が低いだろう。二人はそこまで人でなしではない。佳鈴の恋のライバルに告白の話なんか持ち出すはずもない(大体そこまで仲も良くない)。
美夜子が偶々小耳に挟んだ結果、強引に聞きだした方がまだあり得る程だ。
「さあ? どこまで知ってるかなんて今は関係ないでしょう。強いていうなら、いつあなたを妨害して邪魔してやろうかなんて考えなくもないけれど……」
「おいこら闇が漏れてるんだが?」
「さっきも言ったわね? 私はクゥちゃんに頼まれたの、お願いされたのよ。だから今こうしてる。クゥちゃんの頼みごとだったら、たとえライバルが絡んでいようと達成したいの。それだけよ」
「……そ、そうなんだ」
佳鈴は、直接言われたわけでもないのに、今の会話で少なからず察していた。
きっと告白の話を美夜子が知った出所は空也だったのだと。
そしてその予想は概ね当たっていた。
遠い親戚の葬儀に出ると決まって一人悩んでいた空也に声をかけた美夜子は、その理由を尋ねていた。
話の中心は佳鈴の勉強が見れないことだったが、他にも悩みがあると見ぬいてしまった重愛のヤンデレ様はさらに追及して、相談に乗ろうとした際に知ってしまったのだ。
光笠 佳鈴は空也に気持ちを伝えていた。
美夜子よりも早く。ただ、早く。
それにどう応えるか。そもそも佳鈴がどう想って気持ちを伝えたのか。
空也はとても恥ずかしそうに悩みを打ち明けた。
それはつまり空也にとっての美夜子がそんな相談が可能な程、打ち解けてた相手だったという事で。同時に、そんな大事な話をしてしまう程度には、美夜子が直接伝えてこれなかった感情があると気付いてなかった事を意味する。
陰と陽がない交ぜになった瞬間、美夜子は振り絞るように「そっか」と口にしていた。心の中では「おめでとう」と「残念」が複雑にぶつかりあっていたが、
――最終的には空也の気恥ずかしそうな表情で、一時的にせよ整理はついた。
クゥちゃんのためなら、なんでもしてあげたい。
その気持ちに偽りはなかった。
悲しくない訳ではない。きっといつか、自分は人知れず泣いてしまうだろう。
それでも、ただそれでも……。
どこの馬の骨ともわからないヤツより、光笠 佳鈴の方が納得できたのだった。
きっとクゥちゃんが惚れるなら、彼女のような明るい光のような人だと彼女はひっそり感じていたから。
「美夜子、どかした?」
「……なんでもないわ」
佳鈴の声掛けにわずかな間を置いて、美夜子は首を振った。
これ以上何も聞かないでと、口にしたかのように。
「ほら、時間がないわよ。さっさと小さな脳味噌に精一杯詰め込まないと」
「小さい言うな!? えーーーい、もうわかった! 限界までやってやらあ!!」
「その調子よ。大丈夫よ、根暗が陽気になるよりずっと簡単なはずだから」
「……は? 何の話? まさか、あたしじゃないよね??」
「身に覚えでも?」
「そ、それは……あったり、なかったり……」
「いいから勉強勉強よ。安心して、この勉強会が終わった暁にはあなたは赤点塗れから卒業するわ。私が保証する」
「心強いわぁ……」
「まあ、それでも駄目だった場合は……縁がなかったと思って諦めなさい。私もそこまでのアホじゃないと信じたいわ」
「一言も二言も多いってーの!!」
ガーーと唸りながら佳鈴はノートに覚えるべき要点を書きこんでいく。
空也に教わった勉強法。わからないところは書いて覚えるのが基本。覚えたと思ったら、次は実際に問題を解くのを繰り返す。そうすればいずれは出来るようになる。
その教え方は、美夜子であっても同様だった。
堅実かつ着実に土台を作っていく、地味にみえるがハマれば一番の近道となる。
「頑張れ頑張れ、NTR好きの女神ギャルさん」
「え、なんか言った?」
「別に」
ただのエール。
ライバルからライバルへ送った、おそらく初めてとなる純粋な応援メッセージ。
窓の外に広がる街並みの向こう側に段々と沈んでいく陽を眺めながら、佳鈴本人は気付かぬままに、たくさんの後押しを貰っていた。
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