ご近所付き合い 2.

 今日はお客さんが多いようだ。こんな日も珍しいと思っていればそろそろ昼食の時間になる頃だった。入り口の札を「open」にしたまま店の奥に引っ込む。そのまま二階に上がればそこは居住スペースだ。

 手早く昼食を済ませてまた店に戻るが、誰かが来たような形跡はない。もう少しゆっくりしていてもよかったかなと思いながらもまた店番の続きを始める。さすがに今日はもうお客さんは来ないだろうとタカをくくっていたら、そんな思いとは裏腹に入り口のベルが来客を告げた。

「浅木さんこんにちは!」

 入ってきたのは元気そうな女の子だ。彼女はこの前知り合ったばかりの琉希亜ちゃんだ。近所の大学に通う女子大生で赤の縁眼鏡に赤茶色に染めたボブカットが印象的な子で、今日もボーダーの靴下にクロップドのジーンズを履いている。もう一人は見ない顔だ、琉希亜ちゃんの友達だろうか。少しおっかなびっくりしながら店の中をきょろきょろと見回している。

「こんにちは琉希亜ちゃん。一緒にいる子はお友達?」

「はい、そうなんです。ゆかり、この店の魔女の浅木さんだよ」

 ゆかりと呼ばれたその子はおどおどしながら私の前に出てきた。黒髪のセミロングで前髪を眉毛にかかる辺りでぱっつんと切っている。琉希亜ちゃんと似たような格好をしているけれどこちらはスカートにボーダーのニーハイソックスを履いている。お揃いなのだろうか。

「あ、ゆかりです、よろしく」

 素っ気ない態度で挨拶をするゆかりはまたおどおどしながら琉希亜ちゃんの後ろに隠れてしまう。

「それで、今日はまたお話ししに来てくれたの?」

「はい、浅木さんのこともっと知ってもらおうと思って友達連れて来ちゃいました!」

 そういって琉希亜ちゃんはゆかりちゃんをまた私の前に引き出すととんと背中を押した。

「あの、ゆかりちゃん? 初めまして」

「……どうも」

 できるだけ愛想よく話しかけるもゆかりちゃんは素っ気ない態度で突っぱねてくる。こういう子は少し苦手なのだけれどうまいところことが進んでくれないだろうか。

「ゆかり……? 何か不満なの?」

 琉希亜ちゃんの問いかけにゆかりちゃんは少し眉を顰めて答えた。

「……だって、こんな店だって知らなかったし、なんか古くさいし……汚いし」

 一瞬私を見たゆかりちゃんは眉を顰めたまま琉希亜ちゃんの後ろに隠れてしまう。

「ゆかり! ごめんなさい浅木さん、悪気はないんです!」

「いいよ、慣れてるから」

 琉希亜ちゃんがすぐに謝ってくるが私は構わず手を振った。自分でも少しは自覚している分少し言葉がきつめに刺さる。

「でも……」

「ほら、認めてる」

「ゆかり! 怒るよ!」

 ぼそっと呟いたゆかりちゃんの言葉に琉希亜ちゃんが声を張る。

「待って」

 ここで喧嘩になってしまってはさすがによくないだろう。琉希亜ちゃんを静かに制して私はゆかりちゃんに顔を向けた。

「あなたの言うとおり、ここは古くて汚いところだよ。あなたみたいな若い子は街のショッピングモールの方がずっと似合ってるし、こんな店と関わりあいなんて持たない方がずっと華やかだよ。でもこれだけは言わせて、華やかな人がいる分こんな冴えない人もいるんだって。そういう人のことは悪く言わないで、それだけがお願い。聞いてもらえるかな?」

 ゆかりちゃんは少し時間をおいてからボソっとごめんなさいと言った。

「わかりました……」

「そう、ありがとうね」

「私、帰る」

 ゆかりちゃんは琉希亜ちゃんに一方的に告げると返事も聞かずに店を出て行ってしまった。

「ごめんなさい浅木さん、気分悪くしちゃって」

「いいのよ、実際汚いし古くさいのに変わりはないんだから。そうだ、気分転換に魔法薬作ってみようか?」

「え、ほんとですか? 見たいです!」

 ちょっとした提案は琉希亜ちゃんの心を動かすにはいともたやすい力を持っていたようで、きらきらと目を輝かせながら琉希亜ちゃんはカウンターから身を乗り出してきた。琉希亜ちゃんはこういった不可思議なものが好きな子で、私の店を見つけたときも秘密基地みたいだと言ってくれた。それと、魔法に憧れているということも伝えてくれた。琉希亜ちゃんは魔力を持っていないから余計に魔法を使ったり魔力で魔法薬を作ったりする場面を見つけるとものすごい勢いで食いついてくる。それだけ魔法使いが好きなのだろう。

 琉希亜ちゃんには何を作ればいいだろうか。簡単な即席のものでいいだろうか。気分転換だし失敗してもリスクの少ないような薬にしよう。だとしたらハーブを使った安眠剤ならいいんじゃないだろうか。

「ちょっと待っててね」

 バックヤードからハーブを何種類か持ってくると乳鉢でごりごりとすり潰す。カウンターを作業台代わりにしているから琉希亜ちゃんも覗き込んでいる。すり潰したハーブをフラスコに入れると調合済みの液体を入れて緩くフラスコを回す。それに手をかざして魔力を送り込むとフラスコの中がふわりと白く濁った。それからくるくるとフラスコを回しながらまた魔力を込めていく。すると今度は黒く色を変えタールのような粘りけを持つようになった。失敗したのかと琉希亜ちゃんは心配そうに見つめているが正しい行程を踏んでいるから問題はない。タール状だった黒い液体は手をかざして魔力を送り込む度にさらりとして赤みを帯びていく。

 やがて濃いピンク色になったところで手を止めると琉希亜ちゃんからすごいと声が上がった。実演はほとんどしていないから実際に薬が変化していくのはさぞかし見応えがあっただろう。棚から小瓶を取り出すとフラスコの中身をそれに移し替える。琉希亜ちゃんにあげると言えば眼鏡越しからでもわかるくらい目を見開いてこちらに迫ってきた。

「いいんですか浅木さん?!」

「いいのよ、もらっていって」

「うわあ、綺麗……これって何の薬なんですか?」

「安眠剤だよ。ハーブを元にしてるからわりとオーガニックな薬かな。寝る前に二、三滴口に含めば朝までぐっすりだよ」

 琉希亜ちゃんは薬の入った瓶をあちこちの角度から見ては綺麗とかすごいとか呟いていた。

「ほんとにもらっちゃっていいんですか?」

「いいのいいの。今日だけ特別」

「わあ、ありがとうございます!」

 琉希亜ちゃんはすっかりこの薬が気に入ってしまったようだ。まあ、元から魔法が好きな分当たり前なのかもしれないが。

「じゃあ、また来ますね」

「ええ、いつでも待ってるよ」

 琉希亜ちゃんはそういって店を後にする。見送った後時刻を確認するともうすぐ四時を回るところだった。店の営業時間は五時までだからそれまでまた暇潰しをしよう。それにしても今日はこんなにい人が来るとは思わなかった。

 普段は一日に一人か二人来るかも怪しいのが常なのに、今日はどうしたことかたくさんの人が来た。まさかこんなに人が来るとは思っていなかった。それだけこの街に馴染んできたのだろうか。元々が人から身を隠すような場所に立っている店だから人目に付かないのだが、どこからか情報が漏れて知られることになったのだろう。それか偶然に出会ったからか。正確な理由は知り得もしないけれど、常連さんができたという事実を今は大切にしたかった。

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冴えない魔女の話 小野崎ともえ @onzk-tomoe

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