本当の最終試練
桜崎は黙って聞いていた。そして先程の暖かな表情から一気に冷たい表情に切り替わった。
「どういうこと? 私は偉そうにしたつもりはないし、馬鹿にさせることもない。あなたの言っていることは意味がわからないし、そういうことはあまり言わない方がいいと思うわ。その一言で、今までのあなたのしてくれた大切なものが台無しになるわよ」
桜崎はじっと心山を見つめた。心山も目線を反らさず見つめ返した。それはまるで永遠にも思えた。三浦と達川は額に汗を垂らしながら、その様子を見つめていた。
「ぷはっ」
心山が脱力し、椅子にもたれかかった。
「あー、怖かった。いやいや、おめでとうございます、合格です」
三浦がクラッカーをパン、と鳴らした。
「すみません、驚かせてしまって。これが本当の最終試験です。お見事、しっかりと冷静に答えることができました。これでいいんです、ダメなものはダメ、そうしっかり伝えるためにも、感情的にならずあくまであなたの意思で選択し、行動に移す。合格です」
桜崎は、思わず、笑みがこぼれた。
「何よ、本当にあなたのことが嫌いになることろだったわ」
「いやいや、怖かった。それでは合格の証にこちらを差し上げます」
心山は棚に飾ってあった、2つの白いペガサスの粘土細工を桜崎の前に置いた。
「これを見てください、とても美しいでしょう」
翼の一つ一つ、鍛え抜かれた脚、暖かく、かつ力強い瞳。その全てが細部に渡って美しく構成されていた。
「こちらを手に取ってみてください」
桜崎は手のひらにペガサスを乗せた。
「洗練されているわね、このペガサス」
「ええ、それを思いっきり握りつぶしてください」
桜崎は目を丸くした。
「こんな美しいものを?」
「はい、いいからやってみてください」
怪訝な表情を浮かべながら桜崎は手でぎゅーっと握った。美しいペガサスはその形を崩した。
「痛っ」
その内部から尖った針金が出てきた。
「何よこれ」
「中身はとげとげした金属でできています。そのまま思いっきり握ったら怪我をするでしょう」
「なんでこんなこと」
「人間の心もこれと同じ。生まれつきの形は醜いところもあるかもしれない、誰かに勝手に作られたひどい部分もあるかもしれない。でもその周りにしっかりと厚化粧をしてあげれば、ペガサスにだって、ライオンにだって、太陽にだってなれる。でも時間が経つとまた形は崩れてきます。そうしたらまた作り直せばいい、何度だって。この粘土細工を見たらそのことを思い出してください」
そう言って心山は壊れていない方のペガサスを渡した。桜崎はしばらくそれを眺めてから、それをカバンにいれた。
「ありがと、ここに来てよかったわ。ちゃんと報酬も払ってるから安心して」
「もちろん、そのためですからね、はははは」
桜崎も笑った、三浦も笑っていた。そして自動ドアを抜ける前に一度だけ桜崎が振り返った。
「もし——もっと早くにあなたと出会っていたら、今でも私は政務官やってたかしら」
心山は頷かなかった。
「桜崎さん、過去は変えられません。だからこそいいんです、変えなくていいんです。これからのことだけ考えていればそれでいいんです」
桜崎は笑った。
「それもそうね、じゃまた!」
立ち去る桜崎に遅れまいと、達川もこちらに一礼し、いそいで後を追いかけた。
三浦が心山の横に肩を並べた。
「なんか桜崎さん、すっかりいい笑顔になりましたね。ほんと憑き物が落ちたみたいに」
「……」
「先生?」
「おい、もう行ったか?」
「はい、いきましたけど」
「早く、早く振り込み確認しろ、報酬払ったって言ってたよな?」
「いやそうですけど、なんでそんなに急いで……」
「いいからいいから」
三浦はパソコンを立ち上げ、銀行口座を確認した。
昨日の日付でお金が振り込まれていた。それを確認して、心山はほっとした。
「ふう、よかった。これで柿の種と新しいおばけえび買える」
「その二つってそんなにお金かかんないと思いますけど。それよりもっとお客さん呼びましょうよ、SNSやったり口コミお願いしたりして。じゃないとここの運営……って——えーーーーー!?」
三浦は金額を見直した。何度も見直した。
「ちょ、ちょっと待ってください。先生、この金額、桁が……」
「ん? いや間違ってないと思うぞ。私が請求した金額だ」
「だってこれ、通常の依頼と桁が3つくらい違うじゃないですか。これって私の給料一年分払ってもお釣りが来る……」
「こんな額、あの人たちからしたら大したことないって。それに満足したら払うって言ってただろ? 満足したからいいんだよ」
「で、ですけど、こ、こんな額、どうしたらいいんでしょ」
「まあしばらくお客さんも来ないだろうから、一応取っておいた方がいいかもな」
「いや、とりあえず壁紙、いやソファかな。色々やることありますよ……」
数日後、三浦はテレビを見ていた。中ではあの桜崎がバラエティ番組で脚光を浴びていた。
「お、桜崎さん、頑張ってるじゃん」
「はい、歯に衣着せぬ物言いが人気みたいです。それでいてスタッフへの対応もよく、後輩の面倒見もいいみたいですよ。バラエティの方が向いてるかも、ってこの前言ってました」
ふーん、と言ってから心山は新しく買ったおばけえびの水槽へ向かった。
「あ、そう言えば先生……」
誰もいなくなったロビーのテレビでは桜崎が大声を上げていた。
「あのさ、小金丸君さー、一回カウンセリングとか受けた方がいいよ。あたしもさ、それですっごくよくなったからさ」
「桜崎さんが言うと説得力あるな〜前はひどかったからな」
「そうよねーって、やかましいわ、このハゲ頭ー!」
ぷるるると電話が鳴った。三浦がそれに気づいた。
「はい、あなたの心の悩みなんでも解決します。『
「あの、予約をお願いしたいです。名前は小金丸……」
(つづく……かもしれない)
雨上がりのアルテミア・愚痴外来診療録 木沢 真流 @k1sh
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