最後の敵
その後、桜崎は再び治療を開始し、週一回、
そしていよいよ、最後の日がやってきた。
机の上には一枚の紙が裏返してあり、大きく数字の3が書いてあった。桜崎はそれをじっと見つめた。
「桜崎さん、よくここまでがんばりました。今日はお伝えした通り、最後の日です。これがクリアできたら、あなたは合格です」
桜崎の表情がいつになく険しかった。
「とはいえ言っておきますが、この効果は時間が経つとまた消えます。その都度また同じような言葉を言い続けてください。一生続けてください、いいですね」
桜崎はゆっくり頷いた。
「では心の準備ができたら、その紙をひっくり返し、書いてある言葉を読み上げてください」
桜崎はなんとなく検討がついていた。それは先日、一度桜崎が見ていたものだったからだ。なんとなく頭の中にある記憶と、実際に見る文章では雲泥の差がある。桜崎は意を決して、紙を裏返した。そこに書かれていたのはこうだった。
『桜崎美代子は嵌められて、盗聴されて、それをマスコミに流されてもいい。ありもしない事実を報道されて、職を失ってもいい』
まず目で追いながらも、桜崎の心拍数は一気に上がっていった。指先の感覚がおかしくなるほど冷たくなり、一瞬目眩が生じた。何度も深呼吸をして、目を逸らしては再び目を向ける。それはまるでバンジージャンプをする前のように。
「桜崎さん、今無理してやることはないです、難しければ……」
「大丈夫です。やらせてください」
桜崎は口から、はあ、と息を吐いた。
「桜崎美代子は嵌められて、盗聴されて、それをマスコミに流されてもいい。ありもしない事実を報道されて、職を失ってもいい」
言い終えた後、桜崎はしばらく固まっていた。5秒経ったが、何も起きなかった。そして徐々に理解した、何か大きな壁を超えたことを。
「桜崎さん、言えましたね」
「なんか、ものすごい気分は悪いけど」
「あなたが初めてここにきた時、この文章を見てどうだったか覚えていますか?」
桜崎は恥ずかしそうに、視線を落とした。
「あの時の桜崎さんはこの言葉を口に出すことさえできなかった。それどころか、目に入れただけで自分をコントロールできなくなっていた。それが今はこうして、平静を保てている。ほんとうによく頑張りました」
「そうね、でも完全に克服したとは言えないわ。まだ時々もやっとするから。でも前ほど燃え上がる感じは無くなった。なんかこう……怒るのがばかばかしいというか、面倒くさくなった感じ」
「いいんです、それで。効果が出ている証拠です。それでは本当の最終試験行きますよ、準備はいいですね」
「え、今のが最後じゃなかったの?」
「いやいや、何言ってんのあんた。最後まで結局上から目線で偉そうなやつだな。今まで自分のせいでこうなったってのに、全然反省もしてないし。私含めあんたの部下や、そこらの一般人もみんなあんたを馬鹿にしてるよ」
診察室が氷りついた。
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