第6話 彼女が本気で変われるなら、俺は……

 柚木彩佳ゆずき/あやかはMである。


 それはもはや、前提なのだ。


 彩佳はクラス委員長で真面目。

 言われたことは何でもこなし。

 その上、クラスメイトの皆からも頼りにされているのだ。


 でも、大きな欠点というのが、ドMだということ。


 それさえなければ完璧だと思う。


 だからこそ、七星浩紀ななほし/ひろきはそんな彼女を何とかしたい。

 そんな思いが日に日に加速していた。


 Mな彼女でもいいのだが、さすがに度が超えたM体質は勘弁である。

 無理なものは無理なわけで、それについて頭を悩ませていたわけだが、やっと今、解決できそうであった。


 本当に改善できるかどうかはさて置き。

 そんな彼女を何とかするために、ここにいる。


 植物園的なところ。

 この場所には、色々な植物が植えられている。自然界に近い、空気感などを味わってくれれば、心が癒されるかもしれない。


 彩佳の心は汚れている。

 だから、今一番大事なのは、空気感だと思う。


 彼女はどう思っているか。いや、むしろ、それを確認するために、浩紀は隣にいる彼女の様子を伺う。




「浩紀君は、こういうところは好きなの?」

「いや、好きとかではないけど。君のためになると思って」


 ここの植物園に来たのは、自分の趣味とかではない。


 彼女の性癖を解消できると思ったから、ここに誘ったのである。


「そこまで気にしなくてもいいのに」

「でも……やっぱり、君のことが心配になって」

「なんで?」


 彩佳は首を傾げる。

 Mであることがさもか普通であるかのように振る舞っていた。


「なんでって。何というか、彩佳さんは、どこか無理をしているというか。無理をすることで、ストレスを貯めているような気がするんだ」

「そうかもしれないけど。私は誰かのためにしたいの」

「それはわかるよ」


 浩紀はそんな風に言った。


「そのMみたいなところさ。そういうのはよくないというか。治しておいた方がいいと思うんだけど」


 あまり指摘したくないことだが、やはり、直接言った方がいい。


 言わないといけないと思ったからだ。




「それより、ひとまず、植物園の中に入ろ」


 浩紀は彼女と共に、植物園の中へ移動する。


 園内に入る前には受付があり、そこにいる人との手続きを済ませた。


 園内に入ろうとすると、辺りから植物の匂いが体を包み込む。

 自然の中にいるかのような安らぎがあった。


 辺りを見渡せば、普段は見ることのない植物類がある。

 直接、土に植えられているモノ。

 プランターに植えられたモノ。

 鉄の棒に絡まっている植物など。


 普通に生活しているだけでは感じることのできない光景。


 Mであることが良いとか悪いとか、それ以上に、浩紀は普通の彼女と付き合いたい。

 せっかく彼女から告白されたのだ。


 彩佳は見た目が良く。

 だからこそ、普通なままの彼女と向き合いたい。


 自然らしさを感じて、ストレスを解消してほしいのだが……。


「心配してくれるのは嬉しいんだけど」


 隣にいる彩佳は言う。


「でも、私、そんなに変じゃないと思うし」

「何も知らない人からすればそうかもしれないけど。俺は、少しは変わってほしいというか」


 浩紀は今、彼女と向き合って、思っている自分の感情を口にした。




 植物園には、多種多様な植物が植えられている。

 農家などの土地を購入し、そこに植物園を作ったのかもしれない。

 花とかもあり、自然に近いところ。

 そもそも、空気感がいい。

 心が洗礼されるかのようである。


 普段は学校とか街中とか。

 空気が汚染された場所で生活しているのだ。


 切迫した状態での日々の生活。

 浩紀自身も、自然を身近で感じられる場所に来て、少しだけ心が落ち着き始めていた。


「でも、私、Mな体質を変えられないかも」


 彩佳は消極的な言い方である。


「でも、浩紀君が嫌って言うなら、やめるようにするけど……できるかわからないけどね」


 彩佳は少しだけ勇気を振り絞って、そんな反応を見せている。


 彼女が本当の意味で変われるかはわからない。

 けど、本気で変わろうとしているのなら、どうにかして手伝いたいのだ。


「解消してくれる?」


 浩紀は彼女に優しく問いかけるように言う。


「……うん。まだ、ハッキリとしたことは言えないけど。浩紀君、今の私、好きじゃないみたいだし」


 彩佳は相槌を打つように頷いた。


「彩佳さんが本気なら……俺は応援するよ。できる限りのことはするから」


 浩紀は後押しをした。

 彼女の表情はまだ戸惑っているようだ。


「うん……」


 彩佳はどっちなのかわからない反応を示す。

 彼女は頷いてはいるものの、少々不安な感情を抱いているようだ。


 実のところ、浩紀は彼女の心内がわかるわけじゃない。

 でも、彼女の心のどこかでは、何かしらの変化があったに違いなかった。


 人の心はそう簡単なモノじゃない。

 色々なものと複雑に絡み合っている。


 過去や今などの経験など。

 本当に色々なのだ。


 すぐに変われるなら、誰も苦労はしないと思う。


 浩紀は、グッと彼女の想いを受け入れるように、拳を握り、精神を安定させていた。


「浩紀君」

「なに?」

「私が、Mのような体質が改善されたら正式に付き合ってくれる?」

「うん、約束する」


 浩紀は強く頷いた。


 彼女は安心したように頬を緩めていたのだ。




 浩紀は改善できた彩佳とデートをしたい。

 この前は断ってしまったものの、彼女が変わってくれるなら、ありがたいと思う。


 今まで築き上げてきた状態を一度崩し、新しい概念を体にしみこませるのは、結構大変なことだ。

 難しいというのはわかっている。


「でも、すぐには変われないと思うわ」

「そうだろうね」

「……私、何とか頑張るから……浩紀君が、それを求めてるなら」


 彩佳は勇気を抱いた感じの声。


 彼女なりには、一世一代の決意かもしれない。


 どんな完璧な子にも欠点は付き物である。

 でも、その欠点とは常軌を射しているのだ。


「でも、その前に一つだけやっておきたいことがあるの」

「どんなこと?」

「私を罵ってほしいの?」

「え?」

「だから、私を罵って。そうしてくれたら、本当の意味で決心がつきそうなの。昨日、私が、浩紀君に注文したでしょ。私の悪いところを思いっきり罵ってって」

「……う、うん……」

「お願い。それをしてくれたら、私頑張るから」


 彩佳の眼は光っていた。

 彼女は求めてきているのだ。


 罵倒すれば。

 彼女の求めていることをすれば。

 彩佳は変わってくれるのだろうか?


 そんな不安な心境になりつつも。

 浩紀は本当に生まれ変わった彩佳と付き合うため、彼女と向き合うように、割り切って頷くのだった。

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彼女いない歴年齢の俺が、●●なクラス委員長の美少女と付き合うことになった? 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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