神が食らう物

よっしー

神が食らう物

「ミートテック」

 大豆やジャガイモなどの野菜から肉を製造する技術。「ミートテック」の開発製造販売を一手に担う企業「ジェントル」が、2030年9月から市場に乗り出す。

「神の領域へと踏み出そう!」

「ジェントル」のキャッチコピー。「ジェントル」の社長であるキャロライン・ブッシュが先頭に立ち「同じ哺乳動物を食べるという野蛮な行為から脱却しよう!」とメディアに打ち出すと、欧米を中心に運動が広まり、「ジェントル」は肉に代わって食品マーケットを席巻、超巨大企業へと発展と遂げる。

 2045年、アジア諸国でしぶとく牛肉が食べられ続けている中、高級牛肉と遜色ない味「ミートテック・ザ・グレイト」が発売。2050年には「牛保護法」がアメリカで成立。「牛保護法」を打ち出したのは、第五十四代大統領となっていたキャロライン・ブッシュ。「牛保護法」は全世界的に広まり、翌年には「哺乳類保護法」が成立。人類が哺乳類を食べることは一切なくなった。

「人類は、哺乳動物を食べるという野蛮な行為から脱却し、哺乳動物と和平を結ぶに至りました!我々人類は野蛮な動物から、ようやく神の領域へと一歩踏み出したのです!」

 有名な「ゴッド・マニフェスト」である。

 2055年には鳥類保護法が成立。人類は魚類以外の肉を食べなくなる。「キャロラインこそ神」と人々は崇め、「ミートテック」は完全に食卓の中心となった。

 

 2059年、ホワイトハウス厨房。

 今日からレイ・スミスは、大統領の食事を作るという栄誉を預かった。誰しもがなれる職業ではない。二年間、実習施設で缶詰め状態となり、厳しい実習を乗り越えた結果だ。「ミートテック・ザ・グレイト」を口にするのを厳しく禁じられているのが最初は疑問だったが、実習生に贅沢は禁物なんだろうとレイはさして気にしなかった。

 ホワイトハウス厨房に入った瞬間、レイは思わず涙を流していた。出勤する先輩にバレまいと、急いで涙を拭き挨拶を交わす。なぜか先輩は皆太っていたが、充実感に満ちた優しい笑顔。

 朝礼にて自己紹介。

「おめでとうレイ!今日から君は特別だ!」

 皆から拍手喝采。「特別」という言葉を強く噛みしめ、レイは気を引き締める。

「驚くなよ!レイ!」

 一段と太ったコック長が、冷蔵庫からレイの上半身くらいある大きな塊を銀色の作業台に置いた。レイは何が置かれたか分からず、目を細めて塊を凝視する。十八歳の時から七年間高級レストランで働いて来たが、こんな赤に白い筋が入った塊は見たことがない。

「何か分かるか?」

 これ以上ない笑顔のコック長。

「いや、どうでしょう?マグロでもないようですし、なんなんでしょう?これは?」

 曖昧な笑顔で聞くレイ。未知の塊に対する不気味な印象は拭えない。 

「牛肉だよ牛肉!それもÅ5クラスのグレイトな奴だ!お前は選ばれたんだよ!」

「牛肉!?なんで牛肉がここに!?」

「ここが神の領域だからさ!キャロラインがグレイトな牛肉の味を定期的に確かめないと、『ミートテック・ザ・グレイト』の味を維持できないじゃないか!そのために、まず俺達が試食する。つまりお前は、今日から牛肉を食べれるってわけだ!」

 二時間後、食卓を囲むコック一同。

 美味しそうな肉の匂いが、厨房に充満している。レイは初めての牛肉が焼ける匂いに、溢れる涎を抑えきれない。最初は牛肉を食べるなんて神への道と矛盾してないか?と訝しく思っていたが、今やトキメキが止まらない。

 神への祈りの後、食事が始まる。皆、牛肉を食らっている。食べているじゃなく、食らっているだ。ガツガツと物凄い勢いで牛肉を貪り食っているその様は野生そのもの、皆本当は本物の肉に飢えていたのだ。レイも心臓がバクバクする中、一切れのステーキを口の中に掘り込んだ。肉汁がジュワッと広がり、嚙み締める度に旨味の洪水がレイを襲う。

 人生最良の日だ!

 心の中で叫んだその瞬間、レイは意識を失い、ステーキに顔を突っ込んでいた。

 レイ・スミス死去。

 実は「ミートテック・ザ・グレイト」には、しぶとく肉を食べ続けるアジア人対策として、牛肉を食べると体調が悪くなる化学物質が含まれていた。そこに実習生が「ミートテック・ザ・グレイト」を口にできない理由があったのだ。二年にも及ぶ缶詰め状態の実習期間で、「ミートテック・ザ・グレイト」の化学物質は完全に排除されたはずだったが、牛肉を食べたことのないレイにとって、化学物質は極々少量であったとしても、強力な毒として威力を発揮した。 

 もちろんこの事件は速やかにもみ消された。

 唯一救いがあるとすれば、レイが残した満足気な笑顔だろうか。

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神が食らう物 よっしー @yoshitani

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