暴かれた極意

 ちょっとだけ自慢話です。


 みなさまには、特技はありますか?

 ぼくには一つだけちょっとした特技があります。

 特技というか、職業上必要があって身につけたものなので、技能、職能というべきかもしれません。


 何かというと、それは「レシピの再現」です。


 ▽


 何度か触れましたが、ぼくはかつて、レシピ開発の仕事をしていました。


 レシピ開発といっても、かっこいい独創的なものを開発するわけではなく、外国料理の本場の味を日本人の舌に合うようにするとか、大量生産しやすく材料と工程を整理するなど、それほど面白味のあるものではありません。


 それでも、手に入りづらい材料を一般的なもので代替して、ぱっと見(ぱっと味)それっぽくする作業は、それなりに楽しいものでした。


 そのために必要な技術が、味覚、嗅覚、触覚を用いた解析です。


 などというと、鋭敏な感覚が必要なんでしょう? とか、才能があるんだね、みたいに言われることがあるんですが、実のところそんなことは全くありません。

 分析能力と、感覚の鋭敏さはあまり関係がありません。


 むしろ、自分のバカ舌には自信があります。

 よく「カイエくんはグルメなんでしょ」みたいなことを言われるのですが、まったくもってそんなことはありません。

 ぼくが好んで食べるのはジャンクフードや場末の中華料理、デパートの食堂で見かける洋食などのわかりやすいものばかりです。

 インスタント食品も大好きですし、立ち食いそばをこよなく愛しています。

 こども舌と言ってもいいかもしれません。


 もちろん、仕事で高級な料理を口にすることもありました。

 留学中は星付きのレストランも巡りましたし、香港の国賓に出すレベルの料理を口にしたこともあります。

 全部領収書を切ります。

 さすが、高級料理はどれも当然びっくりするくらい美味しいです。


 でも、ぶっちゃけ自分でお金を払って食べるもんじゃないと感じます。

 おそらく、ぼくが地腹を切って高級料理を食べに行くことは、生涯ないでしょう。


 ……などと言うと、奥さんとのデートのときどうすんだよと思われるかもしれません。

 ぼくも奥さんを喜ばすためなら高級レストランに足を運ぶのもやぶさかではないのですが、うちは裕福なおうちではありませんし、奥さんもそのへんは弁えたもので、「あたし、赤坂で新しく三つ星を獲得したフレンチに行きたいわ」などと言いだしたことは一度もありません。

 かわりに、何かの記念日には「回転寿司に行こうぜ」とか「インド料理が食べたいから作ってよ」とか言われることはありますが、この程度なら庶民のたまの贅沢として認められるのではないでしょうか。


 ▽


 レシピの再現の話に戻ります。


 先に述べた通り、レシピの再現に鋭敏な舌や鼻は必要ありません。

 もちろん知識は大事なので、勉強は必要です。

 世界各国で使われる材料、調味料、香辛料を覚えるのは必須ですし、それらの組み合わせによって生み出される風味(マリアージュ)、調理方法とその効果(化学反応)、調理器具による影響などについて、知識を蓄積するのは大前提となります。

 フードペアリングという科学的なアプローチも必要になります。


 でも、それ以上に必要なのは「先入観を捨てる」ことです。

 先入観を捨てて、味や香りの本質を探るのです。


 これがなかなかに難しいです。

 たとえば、唐揚げを作ったことのある人がお店の唐揚げを再現しようとすると、どうしても自分の経験が邪魔をします。

「唐揚げにはこれを入れるものだ」といった先入観があると、それが判断を曇らせます。


 重要なのは、再現したい料理の「何が美味しいと感じさせているのか」を探ることです。

 実際、本物そっくりのレシピを作ることはそれほど大事ではなく、その料理の何が人を執着させるのか、その根本を探るのです。


 つまり「より美味しいこと」「より似ていること」よりも、たとえ似ていなくとも「より本質に近いこと」のほうが、レシピ開発には重要なのですね。


 だから、ケンタッキーのオリジナルチキンの風味のほとんどが白胡椒とパプリカであることや、吉野家の牛丼が白ワインと生姜と醤油のマリアージュであることにさえ気づくことができれば、仮に似て非なるものであっても「食べたい欲」を満たす料理を作るのに十分な成果です。


 要は「それの何を美味しいと感じているのか」の部分、つまり「本質」さえクリアすれば、ぶっちゃけそんなに似ていなくともいいのです。

 実際仕事では「そっくりさん」を作ったあと、本質を押さえたままどんどんカスタムしていきます。


 そんなわけで、お仕事を通してぼくは「レシピの再現」を得意技にすることができました。


 ぼくが料理業界から足を洗ってからもう20年以上経ちますが、今でも「この料理を再現してほしい」と頼まれることがあります。

 もちろん、もう昔のようにはいきません。

 閉店したたこ焼き屋さんの風味を見つけるために半年以上かかっているようでは、分析のプロとしては全くやっていけません。


 ですが、そうした業界の外に生きる人の目にはすごい能力のように映るようで、やっぱり「カイエの舌と鼻はすごい」と誤解されてしまいます。


 本当はカップ麺と煙草が大好きなバカ舌の持ち主なのに。


 ▽


 ところで、料理人はたいてい何かを口にする時、無意識にそれを鼻に運び、かじるか分解し、断面を観察し、咀嚼し、香りを鼻に通す癖があったりします。

 だから料理人は同業者を見ればすぐわかります。

 ぼくも、今だにその癖が抜けません。


 これは、他のジャンルでも同じことが言えます。

 たとえば楽器を触るようになると音楽を分析しながら聴くようになってしまったり、自分で小説を書くようになると文章のテクニックを意識してしまうようになってしまったり、というのはよく聞く話です。


 これは作品を享受する側としては、あまり良い癖とは言えません。

 料理でいえば、それを純粋に楽しむのではなく、どこかで「この料理のおいしさの本質はなにか」「どうすれば再現できるか」みたいなことを考えているわけです。

 ケーキを食べる時など、気づいたら断面を観察していたりして、一緒にいる人たちに「研究すな」と注意されたりします。


 確かに、それではおいしさを純粋に味わっているとは言えないでしょう。

 作り手にも失礼な気がします。

 自分でも、あまり良いことではないなあと思いますが、もう体に染み付いていてどうしようもありません。

 条件反射みたいなものです。


 最近では諦めがついてきました。


 ▽


 10年ほど前の話になります。

 仲間うちで、荒木飛呂彦先生の「ジョジョの奇妙な冒険」の話で盛り上がりまして、「自分のスタンド能力は何か」という話題になりました。あるあるですね。


 もちろん、実際の自分の性質や特技に沿うものでなければいけません。

 そんな中、ぼくの能力は満場一致で「食べた料理を再現できる力」に決まりました。

 

 そうなると、ではスタンド名は何にしようか、という話になります。


 そこで友人がつけてくれたぼくのスタンド名が、「暴かれた極意」と書いて「インナーモスト・インサイト」でした。


 こんな他愛のない話題で決まっただけの能力名にも関わらず、今でもぼくのスタンド名は「暴かれた極意インナーモスト・インサイト」で定着しています。


 家族と食事に行ったりすると、「パパ、これインナーモストしてよ」などと頼まれますし、美味しくて無意識に分析していると「インナーモスト中?」と訊かれたりします。

 ぼくも調子に乗って、ジョジョっぽくポーズをつけて「暴かれた極意インナーモスト・インサイトッツ!!!(ズキューーン!)」と叫んだりします(もちろん家で、です)。


 どうせならもっとかっこいい能力がよかったとも思いますが、まぁ、ぼく程度の凡人には十分な能力と言えるでしょう。


 実はちょっと気に入っています。


 ▽


 最近、マクドナルドのチキンマックナゲットの味(質感)が変わったように感じました。

 調べたら実際にレシピが変わったそうで、それがきっかけで、ここしばらくはずっとナゲットの再現に努めています。


 人気の再現レシピはあらかた試しましたが、どうにも納得がいかず、久しぶりにガチ目の分析を行いました。


暴かれた極意インナーモスト・インサイト」の結果、ナゲットの本質は中身ではなく衣であること、あの独特な香りはスパイスではなく砂糖入りの小麦粉の生地の香り(いわばホットケーキミックスで作ったドーナツの甘い香り)であること、塩味より甘味が重要であるところまでは追跡できました。


 あとは、どこまで単純化できるかです。

 ぶっちゃけ、鶏肉をミンチにせずとも胸肉を叩いてカットして作っても、衣さえ条件を満たせば「全然本家と違うけど、めっちゃナゲットっぽい」ものが作れるはずです。

 片手間にナゲットを量産できるようになる日が楽しみです。


 ですが、たぶんそれが完成するころには、家族全員一生ナゲットを食べたくなくなっていることでしょう。

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庭にはいつも、ちよろずの落ち葉 カイエ @cahier

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