第22話 銀色のリンゴ

 アテナは魔王直属の部下ブロウを倒し、勇者として世間に認知された。それと同時に勇者転生を拒否したテミスの役目は終わりを迎える。


《おつかれテミス。全てのバグは整ったわ》


(それで、私はこれからどうすればいい? たしか、アテナの補助役だったよね? 一緒に魔王を倒しにいけばいいの?)


《あ~それね。もう大丈夫みたい》


(大丈夫って、何が?)


《補助輪はもういらないから、天界に戻って来いだってさ。私の上司が》


(これで私の役目は終わり!?)


《明日、テミスを天界に呼び戻せって言われてるから、今日中に皆にお別れを言っときな》


(そんなッ……だって、ようやくアテナと仲直りできたし、メアートやジーク、それにジーちゃんだって!)


《急で申し訳ないんだけど、私に決定権はないからさ》


(……そう)


《午前零時までは大丈夫だから! それにテミスなら今日中におじいさんに会えるでしょ? ぱーっと行ってくればいいじゃん》


(うん)


《きっと、また逢えるから!》


(本当?)


《うんうん! 約束する! 私が上司にガツンと言ってやるわ!》


(絶対絶対絶対、約束だからね! 嘘ついたら針千本、眼球に突き刺すから!)


《やめてよ~! イケメンが見れなくなっちゃうよ~》


(よしッ、ゆびきった)


 テミスは校舎の階段を降りて、アテナたちの元へ行った。ブロウに吹き飛ばされていた教師や上級生は戻って来るなり、庭園で負傷している生徒の手当を始めた。校舎の裏口に避難していた客には帰宅してもらった。廃墟のように崩れ落ちた校舎は、教室が丸見えになり、生徒たちの文化祭の出し物が散乱している。


 アテナの周りには賞賛を浴びせる人々でいっぱいだったが、教師たちが戻って来るとすぐに救助と復旧作業へと移っていく。テミスが庭園まで来ると、アテナは気が抜けたように立ち尽くしていた。テミスはアテナの肩を叩く。


「やったね! アテナ」


「テミス!? あなたはいつもそうです」


「ん? 何が??」


「ズルいですよ」


 満面の笑みをしたテミスにアテナは文句を言う気になれなくなった。


「アテナに1つだけ、お願いしてもいい?」


「お願い? 別にいいですけど」


「今日だけは、ずっと一緒にいよ」


「?? それだけですか? 別にそれくらいは構いませんが」


「やった」


 テミスの些細な願いにアテナは小首を傾げた。その日、テミスは一生分の会話をアテナと楽しんだ。ジークやメアートも共に勝利を祝い、豪華な料理と尽きることのない談笑にテミスの幸福は満たされた。楽しい時間は流れるように過ぎ、テミスの願いはあと少しで終わっていく。


 大きい満月が夜空に浮かび、アテナとテミスはそれを見あげる。


「私ね、実はこの世界の住人じゃないんだ」


「えっ?? 何を言って……」


 テミスは困惑するアテナにさらに語る。


「私の前の名前は東条正義。男だったんだ。でも、この世界に来てから女の子になっちゃった。ここは前いた世界より文化がずっと未発達だったけど、この世界はすごく楽しかった。魔法が使えるって、私たちの世界ではありえないことなんだよ? 魔物だっていないし、勇者や魔王もいない。本当は、私がこの世界の勇者として生れる予定だったんだ」


「テミスが勇者に?」


「うん。でも、絶対にやりたくないって言ったの。そしたら、この世界の異物として生れ落ちて、人間離れした能力が身に付いた」


「それがテミスの秘密ですか……」


「でも、私の役目はもう終わり」


「それって―――」


「ごめんね。私の旅はここで終わりなの」


「どこへいくんですか? 行くあてはあるのですか? なんで、なんで急に……」


「行くあてはあるよ。この世界じゃないけど」


「また、テミスに逢えますか?」


「いつか必ずね」


 テミスはアテナに別れを告げた。アテナの頬から涙が落ちて、テミスは箒に跨る。


「テミス? その箒は?」


「やっぱり、魔法使いと言ったら箒でしょ? アテナのお蔭で夢が実現するよ」


 テミスは風属性の魔法を箒へと流し込んだ。すると、箒から風が巻き起こりテミスが空中に浮かぶ。


「この魔法の使い方はアテナの真似だよ」


「そんな応用もあるんですね、テミスには最後まで驚かされます」


 テミスは月を見ながらアテナに言った。


「私が男だったら、アテナに惚れてたかも」


「なッ!?」


「えへへ、冗談だよ。アテナ、またね!」


 テミスは月へ向かって飛んで行った。アテナは月明りに照らされた。ほのかに紅潮された頬は誰にも気づかれず月夜に消えていく。


 テミスは西の森にある実家へと帰って来た。午前零時になる少し前、テミスの祖父は部屋で読書をしていた。


「ジーちゃん、ただいま」


「テミス!? こんな時間に帰って来たのか?」


「うん。でも、すぐ行かなきゃ」


「……そうか」


 テミスの祖父は目を床に落した。テミスは椅子に座って、祖父の出した紅茶をすする。


「テミスよ、お主に言っておきたいことがある」


「なに? ジーちゃん?」


「いままでありがとう。感謝する」


「なんでジーちゃんが感謝すんの?」


「ふむ、なぜじゃろうな。ふと今、言わねばと思ったのじゃよ」


「私こそ、今までありがとう」


 テミスは自分が乗って来た箒を祖父へと渡した。箒の柄の部分には銀色の装飾がされていてリンゴの部分は赤くなっている。


「これ、ジーちゃんに返すね」


「もういいのか?」


「うん」


 箒を祖父へと手渡すと、ちょうど午前零時の鐘が鳴る。置時計が鐘の音を響かせている間に、箒の柄のリンゴの部分が赤色から銀色へと変わっていった。そして、テミスはこの世界から消えていった。


                                   おわり

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勇者転生を拒否したら、バグ扱いされた。 白鳥真逸 @yaen

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