第21話 文化祭 勇者
「私が相手をします!」
再びアテナはブロウの前に出た。ブロウは血が流れる腹部を自分の服で縛った。橙色の服はじわじわと血で染められる。
「テミスはどこだ? さっきの攻撃はテミスしかありえねー」
「テミスの攻撃? あれは校長と教頭の魔法では?」
「おまえ馬鹿なのか? 力量の差も分からないとは、間抜けな勇者だな」
アテナはテミスを運んだ街路樹の下を見た。
「たしかに、そうかもしれませんが……それなら、なぜテミスはあなたにやられたのでしょうか?」
「お前、本当に気づいてないのか?」
「何を?」
「お前がテミスのお荷物だってことだよ」
アテナは剣を強く握りしめた。自分のせいでテミスはブロウに手を出さなかった。テミスの行動に怒りさえ感じていた。アテナはメアートに訊いた。
「テミスは今どこに?」
「テミスちゃんなら回復魔法で治した後、どっかいっちゃった」
アテナは状況を整理した。優先するべきなのは、目の前にいる敵をどうにかすること。テミスのことは一旦頭から追い出した。ブロウの視線はまだ定まっていない。
「おい、俺はテミスに復讐するために今日まで待っていたんだ。テミスと勝負させろ」
「それは出来ません」
「なぜだ? 親友のお前が助けを呼んだら、奴は来るだろ」
「私がテミスを売ると思いますか」
「そりゃそうだな。なら遊びは終わりだ、お前を殺してテミスを引きずり出す!」
急にブロウはアテナを殴った。本気を出したブロウの攻撃を防御できる訳もなくアテナは吹っ飛び仰向けに倒れた。
「てめぇ!」
怒りに呑まれたジークは大剣を振る。ブロウの鋼鉄のような体毛は剣を弾く。ジークはブロウの傷口付近の腹部に剣を突く。
「いい判断だ。敵に情けをかけないのは勝利の鉄則、だが……相手が悪かったな」
ブロウはジークの剣を拳で砕いた。そのままジークを殴り飛ばした。
手負いのアテナに回復魔法をかけているメアートの元へゆっくり近づいていくブロウ。アテナの傷が塞がらない内にメアートを蹴り飛ばした。その場を支配する独裁者のようにブロウは残った生徒も蹂躙していく。
「テミス! 出てこいッ! 出て来ないならこいつら全員殺す!」
屋上にいるテミスは躊躇していた。
(女神! このまま奴の頭を撃ってもいい!?)
《それは絶対にダメ! アテナにもさっきの攻撃がテミスだってバレてる。勇者がテミスの力に頼ったら均衡が崩れる。今はただ見守るのが正解よ。アテナから成長の機会を奪わないで!》
(でもッ! このままじゃ犠牲者がッ)
テミスは混乱した。目の前で次々とブロウに殴り飛ばされる生徒たち。今のブロウを止められる者は誰もいない。テミスは圧縮版カグツチをブロウの頭にロックオンしている。刻々と過ぎていく暴力ショーにテミスの指は震えた。
(もう、耐えられない! ごめん、女神ッ)
ビュン―――。
「ウィンドサイクロン!」
誰かが叫んだ。それと同時にブロウの身体が竜巻で宙に浮く。テミスの放った魔法はブロウに当たらず地面にめり込んだ。風属性の上級魔法を放った生徒が窮地を救った。
「ブル、コリー! アテナたちを助けろ!」
マリウスはお付きの二人に素早く指示を出す。
「エリー行くぞ!」
「はい! マリウス様」
マリウスとエリーはブロウに向かっていく。空中で態勢が整わないブロウにエリーは剣撃し、マリウスは風魔法を放つ。ブルとコリーは地面に倒れているアテナとジークとメアートを回復していく。ブルはアテナに回復薬を投与し、コリーは残りの2人に回復魔法をかける。アテナたちの傷が回復した。
「もう動けます」
「時間がない。俺たちもマリウス様を助けに行くぞ」
5人はすぐにブロウのもとに向った。
(ナイス! マリウス)
テミスは心の中でガッツポーズした。そして再びブロウへ指を向ける。
(今度はバレないように援護しなきゃ)
テミスはマリウスと同じ風属性の魔法を圧縮させた。
(マリウスは上級まで使えるから……圧縮版ウィンドサイクロン)
ビュン!
「ちッ」
足元への狙撃はブロウの重心を崩れさた。防御を遅らせ攻撃を鈍らせる。ブロウの移動速度をダウンさせ味方に攻撃のチャンスを与えた。アテナとジークとエリーの剣撃、マリウスの風属性魔法とブルの土属性魔法の魔法攻撃。メアートとコリーの素早い回復魔法。そして、テミスの属性を合せた圧縮版のステルス狙撃。さすがのブロウもこの多重攻撃に思うように動けない。徐々に攻撃が蓄積されていく。
「クソッ、こんな奴らに俺が負けるかよ!」
ブロウは半円状のドームを広げた。しかし―――。
ビュン!
ブロウの右目をテミスが土属性の魔法で狙撃した。ブルの土属性魔法を放ったリズムに合せた狙撃は誰にも気づかれない神技だった。高速の石がブロウの目にヒットした瞬間、半円状のドームはパンと破裂した。ブロウは視界を片方奪われ右目を手で覆った。
「よくやったぞ、ブル!」
「はい!」
右目を失ったブロウはアテナたちの剣捌きを避けきれなくなった。アテナはふと校長と教頭の合成魔法が頭によぎった。
「さっき、校長は杖に魔法を流し込んでいました」
ぽつりと呟いたアテナは同じように剣に魔法を流し込んだ。光属性の魔法とアテナの剣は呼応するように光輝く。金色の炎プロミネンスが剣の内側から溢れ出す。アテナはその剣をブロウに振る。
「くそッ!」
鋼鉄の体毛をバターのように切り刻む。アテナは戦闘の中で始めて笑った。強くなる喜びをひしひしと剣から感じ取っている。狂気ともいえるアテナの表情はブロウを震撼させた。
「お前もテミスと同じだな」
ブロウは操り人形のように血を噴き出しながら躍る。アテナの剣に斬られた傷口から炎があがる。斬られるたびブロウに激痛が走る。
「なるほど。剣に魔法を流し込むと剣の速さと威力が数倍に膨れ上がるようですね」
アテナと剣が魔力回路で繋がり、より身体になじみ、思ったように剣が振れる。それは今まで誰も成しえなかった新たな攻撃方法だった。
「全ての光魔法を剣に乗せたら、一体どんな威力になるのでしょうか」
アテナは自分の使える光魔法を全て剣に込めた。すると剣から太陽のような光輪が発生した。アテナが剣を掲げると神聖な光に全てがかき消されていくような感覚になった。強力な光は辺りを雪のように白くする。
「何も見えない。ブライネスよ、盲目とは思ったより不便なもんだな……」
「終わりです」
アテナは剣を振り下げた。血だらけのブロウは抵抗しなかった。最後にブロウは友を想う。復讐を果たせなかった無念と友と過ごした日々に涙を流す。アテナの剣がブロウの肉体に入り込むと、ブロウは気体のように溶けていく。ブロウは消滅した。アテナは剣を鞘に納めた。
「やった! やったぞー! 勇者アテナが倒したぞ!」
生徒たちは一斉に勝ちどきを上げた。アテナは深く息を吐いた。
「……やりましたよ、テミス」
屋上からその様子を見守っていたテミスは透明マントを脱いだ。木枯らしが吹くとテミスはくしゃみをした。身震いしたテミスは急いで校舎の中へ入っていった。
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